第62話 つまんないよね?
レイエスは、意識を失ったリリアナを抱きかかえ、身をかがめた。彼の心臓は、恐怖で激しく高鳴っていた。騎士団長は、震える足に力を込め、レイエスとリリアナを守るように、二人の前に立ち、剣を構えた。彼の顔は、絶望に満ちていた。
「殿下…!すぐに…!」
騎士団長が、何かを叫ぼうとした、その時だった。
骸骨たちが、まるで操られているかのように、ゆっくりと、しかし確実に、立ち上がろうとしていた。その数は、数十、いや、数百はいるだろうか…?彼らの目には、虚ろな光が灯り、手に持った錆びた剣や盾が、不気味な音を立てていた。
レイエスはその異様な光景を、呆然と見つめるしかなかった。
骸骨たちが、全員立ち上がった時、その一番後ろに、ひときわ異様な雰囲気を放つ骸骨が佇んでいるのが見えた。その骸骨は、ボロボロだが、金色の刺繍が施された、高貴なローブを纏っていた。
「あれは…!」
騎士団長は、そのローブを見て、驚愕に目を見開いた。
「あのローブは…!伝説の魔術師サイオンのもの…!ということは…あのゴーレムを作り出したのも…このお方…!」
騎士団長は、震える声で呟いた。彼の脳裏には、伝説の魔術師サイオンについての文献が蘇っていた。そのローブは、彼のシンボルだった。
(やはり…!この場所は、伝説の魔術師が眠る場所だったのか…!そして、この魔術師が、この場所で、ゴーレムや、この骸骨たちを作り出し…!)
騎士団長は、この状況の元凶が、目の前のローブを纏った骸骨であると確信した。
しかし、その時、子供たちの無邪気な声が響いた。
「ねえ、見て!あれ、お宝だよね!」
キスティーが、そう言って、伝説の魔術師の骸骨の後ろを指差した。その指差す先には、ボロボロになった宝箱が、骸骨の山に埋もれるようにして置かれている。そして、その宝箱の隙間から、何かの光が、キラキラと輝いているのが見えた。
「うわあ!すごい!光ってる!」
ギルも、興奮したように叫んだ。
「きっと、中には、たくさんの宝物が入ってるわ!」
アリシアは、目を輝かせながら、宝箱を見つめていた。
三人の子供たちは、目の前の骸骨兵など、全く気にも留めていなかった。彼らの目は、その骸骨兵の後ろにある宝箱に釘付けだった。
「絶対欲しい!」
キスティーが、そう言って、指さした。
「おう!俺たちが一番に手に入れてやるぜ!」
ギルも、ダイヤモンドゴーレムに勝った時のように、力こぶを作った。
「そうね!あれは、私たちのお宝よ!」
アリシアも楽しそうに微笑んだ。
三人は、宝箱に向かって、駆け出そうとした。
「ま…待ちなさい!君たち!危ない!」
レイエスは、焦って子供たちに声をかけた。彼の目の前には、無数の骸骨兵が、武器を構えて、こちらに向かってくるのが見えていた。
「ぐっ…!」
騎士団長は、その光景に、絶望の表情を浮かべた。彼は、レイエスとリリアナ、そして子供たちを、どうやってこの状況から守ればいいのか、わからなかった。
「殿下…!どうします…!?数が多すぎます…!このままでは…!撤退のご指示を!」
騎士団長は、レイエスに助けを求めた。
レイエスも、その言葉に、どう答えていいかわからなかった。彼は、この国の王子として、この状況を打開する知恵を、持ち合わせていなかった。
(一体…どうすれば…!このままでは…みんな…!)
レイエスは、絶望的な気持ちで、目の前の骸骨兵を見つめた。
しかし、子供たちは、そんな大人たちの焦りなど知る由もない。彼らは、もうすでに、伝説の魔術師が操る骸骨兵たちとの「遊び」を始めることに夢中だった。
キスティーは、アリシアとギルに向かって、楽しそうに言った。
「ねえ、ただ宝物を取りに行くだけじゃつまんないよね?」
その言葉に、アリシアとギルは顔を見合わせた。
「そうだな…!骨相手じゃ楽勝すぎるもんな!」
ギルが、余裕とばかりにニヤリと笑った。
「そうね。何か面白い方法を考えなきゃ。」
アリシアも、考え込む素振りを見せた。
「じゃあ…みんなで、あれしようよ!あの…なんだっけ?最近流行ってるやつ。何本か棒立てて、ボール転がして倒すの。この間おばあちゃんと隣の畑のおじさんとやったの。」
キスティーは、そう言って、手を叩いた。その言葉に、アリシアとギルは、再び顔を見合わせ、そして、にっこりと微笑んだ。
「面白いわね!それ、やりましょう!」
アリシアは、そう言って、笑顔を浮かべた。
「おう!やろうぜ!あれだろ?あの…えーと…たしか…この前来た旅芸人さん達に教えてもらった…あれだ…あ…そう!ボーリング!」
ギルも、興奮したように、拳を突き上げた。
その言葉に、レイエスは、頭に疑問符を浮かべた。
「ボーリング…?いったい、何を言っているんだ…?」
レイエスは、意識を失ったリリアナを抱えたまま、困惑した表情で騎士団長に尋ねた。
騎士団長も、その言葉に、全く理解が追いついていなかった。
「はっ…殿下…ボーリングとは、いったい…?聞いたことのない魔術でございますが…」
彼の知る魔術や戦術の知識の中には、「ボーリング」という言葉は存在しなかった。彼らは、目の前の骸骨兵の群れをどうやって突破するか、という現実的な問題に頭を悩ませているのに、子供たちは、まるで別の世界にいるかのように、楽しそうな会話を繰り広げている。そのギャップが、二人をさらに困惑させていた。
レイエスたちが庶民の娯楽など知る由もなかった。
そんな大人たちの困惑をよそに、子供たちの「遊び」は、着々と準備が進められていた。
「でも、ボーリングの球はどうしましょう?」
アリシアが、そう言って、考え込んだ。持っていた袋の中には、代わりになりそうな物がない。。
「うーん…私のリュックにも、入ってないね…」
キスティーもおもちゃの中から使えそうなものを探したものの見つからず、しょんぼりと肩を落とした。
ギルは、そんな二人の様子を見て、周囲をぐるりと見渡した。彼の目は、無数の骸骨の山を通り過ぎ、ある一点で止まった。
「お!これいいんじゃないか?」
ギルは、そう言って、地面に転がっている骸骨の頭を、一つ持ち上げた。
「なっ…!?」
レイエスは、その光景に、思わず声を上げた。リリアナは、意識を失ったままだが、もし起きていたら、卒倒していただろう。
「指も入るし、投げやすいぞ!」
ギルは、そう言って、骸骨の頭の眼窩に、自分の指を入れてみせた。その姿は、まるで昔からそうしてきたかのように、あまりにも自然だった。
アリシアとキスティーは、ギルのその発想に、目を丸くした。
「すごーい!ギル、天才!」
キスティーは、心底感心したように、そう言った。
「なんか趣味悪いけど…まあ、面白いわね!それにしましょ!」
アリシアも、そう言って、楽しそうに微笑んだ。
二人は、ギルに続いて、地面に転がっている骸骨の頭を、それぞれ手に取った。
「レイちゃん…!あの子たちは…いったい…!?」
かすかに意識を取り戻したリリアナは再び秒で卒倒し、レイエスは、再び彼女を抱きかかえ、その光景に、恐怖と、そしてわずかな希望を感じていた。彼らがいる限り、この絶望的な状況も、もしかしたら、乗り越えられるのかもしれない。
騎士団長は、骸骨の山を見つめ、その場で固まっていた。彼の脳裏には、骸骨の頭を「遊び」の道具にする、という、彼の常識では考えられない光景が焼き付いていた。
「はっ…もう…私は…どうすれば…」
彼は、現実逃避したくなってきた。ここは地獄の入り口とさえ思えてきて、もう生きている心地がしなかった。




