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第6話 ゲーム開始

 その頃、レイエス王子と護衛騎士たちは、疲弊しきっていた。森の奥に進むにつれて魔獣はさらに強力になり、騎士たちは満身創痍だった。


「殿下、これ以上は本当に危険かと。我々の体力も限界です。」


 騎士団長が、額の汗を拭いながら進言した。すでに数名の騎士が軽傷を負っている。レイエスも、騎士たちの様子を見て、さすがに引き返す潮時だと悟っていた。


「…そうだな。一度、引き返そう。」


 レイエスがそう決断したその時だった。風に乗って、何とも言えない香ばしい匂いが漂ってきたのだ。それは、獣の焼ける匂い…しかし、単なる獣のそれではない。食欲をそそる、絶妙な焦げ目と脂の焼ける、なんとも美味しそうな香りだ。


 疲労困憊の騎士たちの間からも、ゴクリと唾を飲む音が聞こえる。


「な、なんだ、この匂いは…?」


 騎士団長が、ふと顔を上げた。この森の奥で、こんなに美味しそうな匂いがするはずがない。


 レイエスもまた、その匂いに惹きつけられたかのように、鼻をひくつかせた。王宮では決して味わえない、野趣あふれる、しかし洗練されたかのようなその香りに、彼の好奇心が再び刺激される。


「…この匂いの元を辿るぞ。」


 レイエスは、引き返すという言葉を撤回し、匂いのする方へと歩き始めた。騎士団長は驚きと疲労で顔を歪ませたが、王子の命令に背くことはできない。彼らは、不思議な香りに誘われるように、さらに森の奥へと進んでいくのだった。


 泉のほとりで、三人は魔獣の肉を焼いて食べながら、独自の「的当てゲーム」を始めた。的は、少し離れた木にチョークで描いた円。そこにバーベキューの串を刺した人が勝ち、というシンプルなルールだ。負けた人には、この魔獣の森の洞窟になっている、ひどくまずい木の実を食べる罰ゲームが待っている。


「よし、じゃあ俺からな!」


 ギルが最初に串を構える。彼の肉体は強靭だが、精密なコントロールが必要な的当ては得意な方だ。ギルが投げた串は、風を切り裂き、円の

 中心近くに「ブスッ!」と音を立てて突き刺さった。


「おっし!完璧!」


 ギルは満足げに腕を組む。キスティーは悔しそうに口を尖らせた。


「えー、ずるいー!ギルはいつも上手なんだから!」


 次にアリシアの番だ。彼女は力にはあまり自信がないため、少し不安げな表情を浮かべる。


「届くかしら…。」


 アリシアが放った串は、華麗な弧を描いて飛んだ。狙い通り、的の円には届いたものの、中心からは少し外れた位置に刺さる。


「んー…惜しい…!」


 アリシアは悔しそうに唇を噛む。


 そして、最後にキスティーの番だ。彼女はニヤリと笑うと、串を構え、こっそりと風の魔法を串にかけた。


「フフーン、楽勝楽勝!」


 しかし、魔法の制御がお粗末なキスティーのこと。串は勢いよく飛んだものの、風の魔力に乗りすぎて、的とはあさっての方向へと消えていった。


「あ…。」


 キスティーは呆然と立ち尽くす。


「ブハハハハ!見たか!ざまぁみろ、ズルするからそうなるんだ!」


 ギルは大爆笑し、腹を抱えて喜んでいる。アリシアも、呆れたようにクスッと笑った。


「あらあら、キスティー。やっぱりね。結果は最初から見えてたわよ。」


「もうー!ギルもアリシアも笑うなんてひどーい!私、負けたじゃない!」


 キスティーはぷくっと頬を膨らませ、悔しそうに地面を蹴る。


「約束は約束だぞ?あの洞窟のまずい実、ちゃんと食えよな!」


「やだー!絶対やだー!」


 三人は楽しそうに言い争いながら、残りのバーベキューを頬張る。この騒がしさが、彼らにとっての、いつもの変わらない日常だった。


 その頃、レイエス王子と護衛騎士たちは、香ばしい匂いを辿って森の奥深くへと進んでいた。疲弊はピークに達し、全員の足取りが重い。


「殿下、もう限界です!これ以上は進めません!」


 騎士団長が、息も絶え絶えに訴える。レイエスも、騎士たちの顔色を見て、さすがに焦りの色を浮かべ始めた。


「くそっ…もう少しで匂いの元まで辿り着けそうだが…。」


 その時だった。


 突如、大地が揺れ、木々が大きく傾ぐほどの咆哮が森に響き渡った。レイエスたちの目の前に、見る者を圧倒するほどの巨体を持つアースゴーレムが現れたのだ。全身が岩と土でできており、その目は赤く不気味に光っている。


「ば、馬鹿な…、これほどの凶悪な魔獣が…!」


 騎士団長の声が震える。アースゴーレムは、まるで怒りを表すかのように、巨大な腕を振り上げ、騎士たちに迫る。疲弊しきった騎士団には、もはやそれを防ぐ力は残っていなかった。


「もう…無理だ…!」


 一人の騎士が絶望に満ちた声を上げる。レイエスも、自身に魔法の力があるとはいえ、この状況でそれを使える保証はなかった。万事休すかと思われた、その時。


 ヒュッ、と風を切る鋭い音が響いた。


 レイエスたちが呆然と見上げる中、飛んできたのは、一本の焦げ付いた棒だった。


 その棒は、まるで意志を持っているかのように正確に、アースゴーレムの額のわずかな隙間の核に、「ブスッ!」と音を立てて深々と突き刺さった。


 アースゴーレムは、苦しげに体を震わせ、そのまま巨大な音を立てて崩れ落ちた。土煙が舞い上がり、森の中に静寂が訪れる。


 レイエスと護衛の騎士たちは、目の前で起きた出来事を理解できず、呆然と立ち尽くしていた。何が、どうして、起きたのか。ただ、一人の王子が、倒れたアースゴーレムの額に突き刺さった、一本のバーベキューの串を見つめているだけだった。


 アースゴーレムが倒れ、森に静寂が訪れる中、レイエス王子は呆然とする騎士たちを置き去りにし、串が飛んできた方向へ向かって走り出した。


「殿下!お待ちください!」


 騎士団長が慌てて叫ぶが、レイエスの耳にはもう届かない。彼の心は、先ほどの一撃を放った謎の存在への興味で満ちていた。あの強力な魔獣を一撃で倒すほどの力、そして、それがただのバーベキューの串だという信じられない事実。この森に、尋常ならざる存在がいることは明白だった。


 疲弊しきっていたはずの体から、どこにそんな力が残っていたのか。レイエスは、まるで獲物を追う獣のように、匂いと、そして微かに聞こえる楽しげな声のする方へと駆けていく。

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