第57話 隣のおじさん!
ギルの奮闘をよそに、キスティーとアリシアは粘土遊びに夢中だった。洞窟の薄暗い光の中、二人は地面に腰を下ろし、真剣な顔で粘土をこねている。
「できたー!」
最初に歓声を上げたのはキスティーだった。彼女が誇らしげに掲げたのは、粘土を丸めて作った、お腹がぽっこりと出た太ったおじさんの人形だ。
「これ、誰がモデルなの?」
アリシアが、笑いながら尋ねた。
「隣の畑のおじさん!いつも畑仕事が終わったら、お酒を飲んで、美味しいものいっぱい食べてるから、お腹がこんなに出てるの!」
キスティーは、そう言って自分の人形のお腹を指差した。アリシアは、その無邪気な発想に、堪えきれずにくすくすと笑った。
「もう、キスティーったら…。」
その言葉に、キスティーは得意げに胸を張る。
「じゃあ、次はアリシアだね!早く見せてよ!」
キスティーに促され、アリシアも完成した人形を掲げた。それは、まるで今、目の前でギルと戦っているゴーレムをそのまま小さくしたかのような、岩の質感がリアルに表現された人形だった。
「わあ!アリシア、すごく上手いね!本物みたい!芸術作品だよ!」
キスティーは、目をキラキラと輝かせて称賛した。
「もう、そんなに褒めすぎよ。」
アリシアはそう言いながらも、どこか嬉しそうに微笑んだ。
そんな二人の様子を、レイエス、リリアナ、そして騎士団長は、ただただ呆然と見つめていた。彼らの心には、一つの共通した疑問が浮かび上がっていた。
(あの人形…まさか、あれを動かす気か…!?)
彼らがその考えに至った時、二人の子供たちは、その予想を遥かに超えた行動に出た。
キスティーは、粘土で作ったおじさん人形の頭を優しく撫で、不思議な光を放つ魔力を込めた。すると、人形はピクッと小さく動いた。
キスティーは、おじさん人形を地面に置くと、楽しそうに自分の右腕を上げた。すると、なんと、粘土のおじさんも、それに合わせて右腕を上げたのだ。
「よし!出来上がり!これで、おじさん人形は私と同じ動きをするよ!あとは、私と同じくらいに大きくするだけ!」
キスティーは、満面の笑みでそう言った。
その光景に、レイエス、リリアナ、そして騎士団長は、驚愕に目を見開いた。
「な、なんだと…!?」
レイエスは、思わず声を上げた。騎士団長は、恐怖に震えながら、一歩、後ろに下がった。
(ゴーレムを…!?しかも、工作用粘土で…!?)
彼らが知るゴーレムは、古代の魔術師が莫大な魔力と時間、そして特殊な鉱石を使って、ようやく一体作り出せるかどうかの、伝説級の存在だ。しかし、目の前の少女は、遊びのように、ただの工作用粘土で、しかも自分の動きをトレースするミニチュアのゴーレムを創り出してしまった。
「すごいわね!」
アリシアが、キスティーの技術を称賛した。
「じゃあ、私は…。」
アリシアは、そう言って、自分の作ったゴーレムの人形を手に取ると、そこに優しくキスをした。すると、人形はまるで命を吹き込まれたかのように、地面に降り立ち、一人でに動き始めた。その動きは、最初はぎこちなく、しかし明確な意思を持っていた。
「わあ!アリシア、すごーい!」
キスティーは、アリシアの作ったミニゴーレムが動き出したことに、大喜びではしゃいだ。
「お前ら!何作ってんだよ!」
その頃、ギルは、ゴーレムを押し出しながら、二人に叫んだ。彼は、二人の作ったミニゴーレムを横目で見て、また何かやってるくらいにしか思っていなかった。。
レイエス、リリアナ、騎士団長は、もう何が起きているのか、全く理解が追いつかなかった。
(ゴーレムを…?人造ゴーレムは、伝説級の魔術師が作り出すものだぞ…!?しかも、今目の前で戦っているのは、古代の魔術師が作り、手が付けられないから封印までされたものだ…!それと同じものを…工作用粘土でだと…?)
彼らの頭の中では、常識が音を立てて崩れ去っていく。彼らが知る魔法や魔術の概念は、目の前の子供たちの「遊び」によって、跡形もなく消え去っていた。
キスティーとアリシアにしてみれば、小さな頃からしてるただの「お人形遊び」に過ぎなかった。しかし、その遊びが、彼らが知る世界の理を、根本から覆そうとしていた。
ギルは、相変わらずゴーレムと力比べの真っ最中だ。彼の額には汗が滲み、荒い息を吐きながら、必死にゴーレムを押し出そうと奮闘していた。
「くっそ…!重いぜ…!」
ギルがそう呟いた時、キスティーが応援の声をかけた。
「ギル、頑張ってー!私たちも応援してるよー!」
キスティーは、そう言って、自分の作ったおじさんゴーレムを、ギルとゴーレムのいる方に向け、自分の体を動かした。すると、おじさんゴーレムも、それに合わせて踊るように動き出し、ギルの周りをぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「そうよ、ギル!あと少しよ!」
アリシアは、自分の作ったミニゴーレムを、まるで小さな犬を散歩させるかのように、ギルの足元に寄らせ、応援するように見つめていた。
「おい!下うろちょろしてると踏み潰すぞ!?邪魔すんなよ!」
ギルは、二人の作った人形の動きに慌てながらも、再びゴーレムをつかむ手に力を込めた。
リリアナは、レイエスに顔を埋めたまま、二人の無邪気な声援と、その手から生み出されたミニチュアのゴーレムを見て、身を震わせた。彼女の心には、恐怖と嫉妬が複雑に絡み合い、もはや、自分が何を恐れているのかさえ分からなくなっていた。
「な、なんなのよ…もう…!この子たち…本当にに…レイちゃんあんなのが好きになったの?趣味悪すぎよ…!」
彼女は、そう呟くと、再びレイエスの胸に強く顔を埋めた。
レイエスは、そんなリリアナを抱きかかえながら、ただただ、三人の「遊び」を見守るしかなかった。彼の脳裏には、父である国王の言葉が蘇っていた。
(彼らは、希望の光だ。その光を、大人の都合で曇らせてはならぬ。)
レイエスは、その言葉の意味を、今、この瞬間、改めて深く理解していた。彼らは、希望であり、同時に、この世界の常識を破壊する、規格外の存在なのだと。
騎士団長は、その場で腰を抜かし、へたり込んでいた。彼の眼前では、一人の少年が伝説の人造ゴーレムと力比べをし、二人の少女が、遊びのように工作用粘土でゴーレムを作り出し、それを応援に使っている。彼の心労は、もはや言葉では表現できないレベルに達していた。
(もう…無理だ…!もう…私は…何も考えられない…!)
騎士団長は、遠い目で、ひたすら虚空を見つめるのだった。




