第56話 これで遊ぼ!
レイエスは、リリアナのしがみつく腕を振りほどくこともできず、ただ三人の様子を呆然と見守ることしかできなかった。彼の隣に立つ騎士団長も、恐怖に顔を蒼白にさせながら、しかし職務を全うするべく、前に出て剣を構えた。
「で、殿下!リリアナ様!ここは、私が引き受けます!殿下はリリアナ様を連れて、お早くこの場を…!」
騎士団長が震える声で告げると、ギルはそんな騎士団長を一瞥し、不満そうに口を尖らせた。
「なんだよ、騎士のおっさん!危ないからって、そこに立ってたらおっさんも危ないぞ!」
ギルはそう言って、ゴーレムに向かって走り出そうとした。
「だめー!」
その瞬間、キスティーが叫んで、ギルの腕をぎゅっと掴んだ。
「ダメだよ、ギル!まだルールを決めてないでしょ!」
「ルール…?」
ギルは不思議そうに首を傾げた。
「そうだよ!せっかくのお宝探しなんだから、ただ力比べするだけじゃつまんないもん!」
キスティーは、無邪気な笑顔でそう言うと、地面に生えた苔を指でなぞり、ゴーレムとギルの対峙している周りに大きな円を描いた。
「この線から出たら負けね!ギルは、ゴーレムさんを壊すんじゃなくて、この円の外に押し出すの!」
キスティーはそう言って、にこりと笑った。
アリシアもその案に同意するように頷いた。
「いいわね、キスティー。そうしましょう。力比べは、騎士団の人とできなかったから…」
アリシアは、チラリと騎士団長に視線を送った。騎士団長は、その言葉に、冷や汗を流しながら、剣を構えたまま固まっていた。
「へっ!おもしれえじゃねえか!」
ギルは、アリシアとキスティーの提案に、にやりと笑った。彼の顔には、もう不安の色は一切なく、ただただ純粋な闘争心だけが燃え盛っていた。
「じゃあ、いくぞ!ゴーレムさん!」
ギルはゴーレムに向かって駆け出そうとした。
「待った!」
キスティーが再び声をかけた。ギルは、足を止めて不満そうに振り返る。
「なんだよ、キスティー!?」
「ギルが負けたらどうするの?次は誰が遊ぶ?」
キスティーはそう言って、アリシアに目を向けた。
「そうね…。力比べはギルに譲るわ。だから…ギルが負けたら次キスティーよ。それでいいわよね?」
アリシアが言うと、キスティーは、パンパンに膨らんだリュックサックを下ろしながら言った。
「うん!ギルが負けたら、次は私ね!」
キスティーは、そう言ってリュックサックを地面に置くと、チャックを開けて中のものを探し始めた。アリシアは、そんなキスティーの様子を、不思議そうに見つめていた。
「おいおい、キスティー。何探してんだよ…」
ギルが呆れたように言うと、キスティーはリュックの中から、大量の工作用粘土を取り出した。ギルは、その粘土を見て、目を丸くした。
「おい!お前、何持ってきてるんだよ!」
「アリシア、見て!これで遊ぼ!」
キスティーは、粘土をアリシアに差し出した。アリシアも、その粘土を見て、ふっと微笑んだ。
「面白そうね。ゴーレムさんと同じようなの、作ってみる?」
「うん!そうだよ!お人形さん作って遊んでたら、ゴーレムさんも仲間だって思ってくれるかもしれないし!」
キスティーは、無邪気な笑顔でそう言った。
その様子を、レイエスは、リリアナに抱きつかれたまま、ただただ呆然と見つめていた。
「な、なんなのよ…ゴーレムよ!?伝説のゴーレムが目の前にいるのよ!?どうしてそんなに楽しそうに…!」
リリアナは、三人の理解できない行動に、恐怖を通り越して困惑し始めていた。
「レイちゃん…この子たち、本当に普通の子なの…?」
リリアナは、レイエスに縋るように尋ねる。しかし、レイエスもその答えを知らなかった。彼にとって、この三人は、常に彼の想像を遥かに超えていた。
(…もう、わからない…)
レイエスは、そう心の中で呟くと、三人の様子をただ静かに見守ることにした。
騎士団長は、剣を構えたまま、恐怖に震えていた。人造ゴーレム…伝説にしか出てこないような存在を前にして、彼はどうしていいか分からなかった。彼の脳裏には、ゴーレムに踏み潰される自分の姿が浮かんでいた。
(私は…私はここで死ぬのか…?いや…死ぬわけにはいかぬ!殿下と…そしてこの国の未来の王妃をお守りせねば…!)
騎士団長は、震える足に力を込め、二人の前に立ちはだかった。
そんな大人たちの葛藤をよそに、三人の子供たちは、もうすでにそれぞれの「遊び」に夢中になっていた。
「よし!あらためて、いくぞ!ゴーレムさん!」
ギルが、ゴーレムに向かって走り出した。ゴーレムは、ギルが近づくのを不審に思ったのか、その巨体をゆっくりと揺らし、ギルに向かって大きな岩の腕を振り上げた。
「うわあああ!」
リリアナが悲鳴を上げ、レイエスにしがみつく。騎士団長は、ゴーレムの攻撃を目の前にして、覚悟を決めた。
(来い…!この身を盾にしてでも…!)
しかし、ギルは、ゴーレムの攻撃を、まるで予測していたかのように、軽々と避けた。その動きは、まるで熟練の剣士のようだった。ギルは、ゴーレムの足元に滑り込むと、その巨体を持ち上げようと、力いっぱいに押し始めた。
「うおおおお!」
ギルの小さな体からは、想像もつかないほどの力が溢れ出していた。ゴーレムは、ギルの力に押され、よろめきながら後ろに数歩下がった。
「な、なんだ…この力は…!」
レイエスは、その光景に驚愕に目を見開いた。
「すごーい!ギル、頑張れー!」
キスティーが、粘土を丸めながら応援する。
「ギル、頑張って!ラインの外まで押し出すのよ!」
アリシアも、キスティーの隣で、粘土で小さなゴーレムを作りながら、ギルを応援した。
ギルは、ゴーレムの巨体を押しながら、円の外へと押し出そうと奮闘していた。ゴーレムも、自分の縄張りに侵入してきた小さな人間に怒り、岩の腕を振り回してギルを追い払おうとする。その度に、巨大な轟音が洞窟全体に響き渡った。
(な、なんだ…あの子は…!あのゴーレムを…一人で…!)
騎士団長は、自分の剣を構えたまま、呆然と立ち尽くしていた。彼の脳裏には、ゴーレムに挑み、命を落とした英雄たちの姿が蘇っていた。彼らは、何人もの精鋭を揃え、大掛かりな魔導兵器を準備して挑んだにもかかわらず、ゴーレムの力には遠く及ばなかった。それを、たった一人の子供が…しかも、遊びとして…
「…ああ…」
騎士団長は、その光景を信じられず、呆然と口を開けていた。
リリアナは、レイエスにしがみつきながら、ギルの信じられない力を見て、恐怖と混乱で震えていた。彼女の脳裏には、彼女が知る、常識というものが、音を立てて崩れ去っていく音が聞こえていた。
「な、なんなのよ…あの子供…もう…私の理解を超えてるじゃない…!」
彼女は、そう呟くと、恐怖に耐えかねて、レイエスの胸に顔を埋めた。
そんな大人たちの様子をよそに、三人の「遊び」は、まだ始まったばかりだった。




