第55話 お宝だ!
リリアナは、レイエスの言葉に満足げに頷くと、馬車に戻っていった。そして、少しして戻ってきたリリアナは、軽装のドレスに着替えていた。しかし、そのドレスも、銀の刺繍が施された豪華なもので、とても洞窟探検に適しているとは思えなかった。
「さあ、行きましょう、レイちゃん!あなたたちも、準備はいいかしら?」
リリアナは、アリシアを鋭く睨みつけ、挑発するように言った。
アリシアは、その視線にどう応えていいのかわからず、困り果ててギルとキスティーに顔を向けた。
「ねえ、なになに、あの人。なんか、すごく睨んでるんだけど…」
「いや、…なんか、あの人、アリシアのこと、ライバルみたいに思ってるんじゃねえか?」
「どうしろっていうのよ…!」
三人は、また小声で騒ぎ始めた。彼らの新たな「遊び」は、思わぬ方向に進み始めていた。
レイエスに続いて洞窟の中に足を踏み入れた途端、外の生温い空気とは一変し、肌を刺すような冷たい空気が三人を包み込んだ。ゾクッと背筋が凍りつく。
「わあ!なんか探検っぽくなってきたね!ワクワクする!」
キスティーは、ひんやりとした空気に興奮した様子で目を輝かせた。
「そうね…でも、ジメジメしてて、なんだか気味が悪いわ。こんな薄暗い場所、幽霊なんか出ないかしら…」
アリシアは、周囲の岩肌から滴り落ちる水滴を見て、少し不安そうに呟いた。
「幽霊かぁ…どうせなら、幽霊と力比べしたいけどな…幽霊じゃ、掴めないよな…殴れねぇな…」
ギルは、いつものように力比べのことばかり考えていた。
三人が口々に話していると、レイエスが静かに呪文を唱えた。
「――光よ。」
その瞬間、レイエスの手のひらから、柔らかな光の玉が生まれ、洞窟の中を明るく照らした。闇に包まれていた周囲の景色が、一瞬にして浮かび上がる。足元には、滑らかな石畳が続き、天井からは巨大な鍾乳石がいくつも垂れ下がっていた。壁には、不思議な模様が刻まれている。
「すごーい!魔法だ!」
「さすが王子様だぜ!」
三人は、レイエスの魔法に目を丸くし、感嘆の声を上げた。レイエスは、そんな三人の反応を見て微笑んだ。
(君たちは、これよりもっとすごいことをやってのけるというのに…)
レイエスは心の中で呟いた。彼の目には、昨日、訓練場をめちゃくちゃにしたアリシアの姿が焼き付いている。
三人が、明るくなった洞窟の中をワクワクしながら進んでいくと、後ろから悲鳴のような声が聞こえてきた。
「キャーッ!な、なにこれ…怖すぎるわ…ちゃんと守りなさいよ!」
リリアナが、騎士団長を小突きながら、半泣きで洞窟の中の様子を訴えている。足元に広がる湿った石畳と、天井から滴る水滴に、彼女は恐怖を覚えていた。
「レイちゃん!待ちなさいよ!勝手に先に行かないで!」
リリアナは、三人がどんどん先へ進んでいくのを見て、怒鳴りながら走って追いついてきた。そして、レイエスの隣で楽しそうに歩いていたアリシアの姿を見ると、嫉妬に顔を歪めた。
「ちょっと!なんで銀髪女狐がレイちゃんの隣にいるのよ!私を差し置いて、ちゃっかりと…!」
リリアナは、アリシアを押し退けるようにして、レイエスの腕にしがみついた。アリシアは、あまりの身勝手さに、どう応じていいかわからず、苦笑いを浮かべた。
「もう!レイちゃん、私のことちゃんと見ててよ!それともやっぱりあの性悪女の方がいいの?こんな怖い場所で、私を一人にするなんて信じられない!」
リリアナは、レイエスの腕にしがみついたまま、ぶつぶつと文句を言い始めた。アリシアは、そんな二人を横目に、ギルとキスティーに顔を向けた。
「ねえ、アリシア。あの人、レイエス王子とどういう関係なの?」
キスティーが、不思議そうに尋ねた。
「さっき、婚約者って言ってたわ…」
アリシアが答えると、ギルは興味なさそうに言った。
「へー、婚約者か。どうでもいいな。それより、この奥に何があるか、楽しみじゃねえか!」
ギルは、好奇心に満ちた目で、洞窟の奥へと続く暗闇を見つめていた。三人の、新たな「遊び」は、まだ始まったばかりだった。
レイエスとリリアナのやり取りをよそに、三人は光の魔法が届く範囲をどんどん進んでいった。洞窟の内部は、外から見た想像以上に広大で、道はいくつにも枝分かれしている。天井からは、何百年もかけて成長したであろう巨大な鍾乳石がいくつも垂れ下がり、その姿はまるで怪物の牙のようだった。足元は水が溜まり、苔が生えた岩は滑りやすくなっている。
そんな道をしばらく進むと、洞窟の奥から、不気味な音が響いてきた。
「…ゴゴゴゴゴゴゴ……」
その音は、まるで地鳴りのように低く、重い。三人は顔を見合わせて、ドキリとした。
「ねえ、アリシア。この音、何だろう…?」
キスティーが少し不安そうに尋ねた。しかし、その不安はすぐに好奇心へと変わる。
「…なんだか、岩が動いてるみたい…!」
アリシアが、目を凝らして洞窟の奥を指差した。彼女の指差す先では、巨大な岩の塊が、ゆっくりと、しかし確実に形を変えながら動いている。その様子は、まるで生きているかのようだ。
その光景を見た三人は、一瞬にして恐怖を忘れ、目を輝かせた。
「お宝だ!」
「間違いねえ!お宝が、俺たちを呼んでるぜ!」
ギルが興奮して叫んだ。
「すごい!すごい!お宝が動いてるんだ!」
キスティーは、無邪気な笑顔でぴょんぴょんと飛び跳ねた。
三人は、もう誰にも止められない。お宝への期待に胸を膨らませ、動く岩へと駆け寄っていった。リリアナは、そんな三人の様子を、相変わらずレイエスにべったりとくっついたまま、呆然と見つめている。彼女の心には、お宝探しという言葉に沸き立つ感情も、この子供たちへの嫉妬も、今はなかった。ただ、目の前で起こっている、信じられない光景に、恐怖と困惑が入り混じっていた。
三人が興奮して駆け寄る中、レイエスは冷静に動く岩を見つめていた。その形状、動き、そして低く響く轟音。すべてが、彼が書物で読んだある存在に酷似していた。
「これは…ゴーレムの一種か…?」
レイエスは静かに呟いた。その言葉に、騎士団長は悲痛な顔で頷いた。
「はっ…その通りでございます、レイエス殿下。この洞窟は、古代の魔術師が作り出した手に負えないとても稀な人造のゴーレムが、眠りについている場所と伝えられております…」
騎士団長は、震える声で告げた。その表情には、恐怖と、そしてこの状況を止められなかった自分への悔恨が滲んでいた。
ゴーレム…その言葉に、三人の顔は一瞬にして輝きを増した。
「ゴーレムか!本物か!ヤバいな!」
ギルは目を輝かせ、拳を握りしめた。
「すごーい!お宝の守り主かな!?」
キスティーは、無邪気な笑顔でゴーレムに駆け寄ろうとする。
「待って、キスティー!抜け駆けはダメよ!それにいきなりは危ないわ!」
アリシアは慌ててキスティーの腕を掴んだ。彼女の直感は、この動く岩が、ただの「お宝」ではないことを告げていた。
「大丈夫だって!アリシア心配しすぎだ!」
ギルはそう言って、ゴーレムの周りを回り始めた。その様子は、まるで獲物を前にした狩人のようだった。
一方、リリアナは、ゴーレムという言葉に顔を真っ青にして、さらに強くレイエスにしがみついた。
「ゴーレムって…あの、絵本なんかに出てくる伝説の…!?怖い!レイちゃん、帰ろうよ!私、もう我慢の限界よ!なんでこんな所に来たのよ!もしかして、あの女がそそのかしたの?レイちゃん、まさかあの銀髪女狐にお宝おねだりされたんじゃないでしょうね!?」
彼女は、恐怖のあまりレイエスの腕に顔を埋め、この状況を全てアリシアへの敵意に変え、文句をを言い始めた。
しかし、三人は、そんなリリアナの言葉には耳を貸さない。彼らの目は、ゴーレムという新たな「遊び相手」に、釘付けになっていた。




