第54話 誰…?
三人が洞窟の闇へと足を踏み入れようとした、その時だった。
「ちょっと待ちなさい!!」
甲高く、しかしよく響く声が、背後から聞こえてきた。三人は驚いて振り返った。レイエスも聞き覚えのある声に、嫌な予感を覚えて振り返る。その声の主を見た騎士団長は、顔を真っ青にして目を見開いた。
そこにいたのは、騎士団長だけでなく、そしてレイエスにとっても、全くの想定外の人物だった。
光り輝く金色の巻き髪に、空の色を映したような薄いブルーのドレス。銀色の糸で繊細な刺繍が施されたそのきらびやかな衣装を纏い、彼女はまるで絵画から抜け出してきたかのように、そこに立っていた。
「だ、誰…?」
キスティーが首をかしげた。
「知らねえな…」
ギルは呟いた。アリシアも、その場違いな豪華さに、ただただ戸惑うばかりだ。
レイエスは、彼女の姿を認めると、慌てて駆け寄った。
「リリアナ!なぜここにいるんだ!?」
レイエスの婚約者、侯爵令嬢リリアナは、レイエスを一瞥すると、怒りに顔を真っ赤にしてまくし立て始めた。
「なぜって?白々しい!レイちゃんがなんか最近一人でこそこそしてるって聞いてて、怪しくてつけてきたのよ!そしたら何?こんな森の奥まで来て、女の子二人も連れてるじゃない!どういうことよ!?」
リリアナは、三人を指差してまくし立てる。その視線は、まるで汚いものでも見るかのようだった。
「《《あれ》》!新しい女なの?まだ子供じゃない!どういう趣味よ!信じられない!」
リリアナの言葉に、三人はますます困惑した。新しい女?どういうことだろう。
レイエスは、タジタジになりながら、リリアナをなだめようとする。
「いや、違うんだ!これは…」
「うるさいわね!言い訳なんか聞きたくない!とにかく、この子たちとはどういう関係なの!?まさか…私のことを差し置いて、こんな子供たちとあんなことや、こんなことして遊んでたって言うんじゃないでしょうね?!」
リリアナの勢いに、レイエスは言葉に詰まってしまった。
その様子を見ていた騎士団長が、おずおずと口を挟んだ。
「リリアナ様、レイエス殿下には、お考えが…」
しかし、騎士団長の言葉は、リリアナによって一蹴された。
「うるさい!黙ってて!あんたもグルなの!?だいたい、何でこんな怪しい場所にいるのよ!レイちゃんをそそのかしたの、あんたたちでしょう!?」
リリアナは、騎士団長にも矛先を向け、彼を責め立てた。騎士団長は、ただただ肩をすくめ、小さくなっているしかなかった。
三人は、自分たちの目の前で繰り広げられる、見たこともない光景に何もできず、呆然と立ち尽くしていた。
(なに?この人…すごく怒ってるわ…)
(なんだか、すごく面倒なことになっちゃったね…)
(これが…お城の偉い人同士の、ケンカか…?)
三人の心は、これから始まるであろう、新たな「遊び」に、不安と好奇心を持ちつつ、目の前の状況に困惑していた。
リリアナの勢いは止まらなかった。彼女は怒りにまかせて、次々とレイエスを責め立てる。
「何よ!あの銀髪の女の子!綺麗な髪ね!あれが好みなの?それとも、隣のあどけない、おっきなリュックの子が本命なの!?なんなのよ、もう!」
リリアナは嫉妬に燃える瞳で、三人を睨みつける。彼女の視線は、アリシアの銀色の髪、キスティーの大きなリュックサック、そして関係ないギルの武骨な体つきを交互に行ったり来たりしていた。
「まさか、隠れるように、こそこそこんな所にまで連れ出して…レイちゃん、いくらなんでもひどすぎるわ!私というものがありながら…!」
リリアナは、今にも泣き出しそうな顔でレイエスに詰め寄る。そのまくし立てる勢いに、レイエスはなすすべなく、タジタジになるしかなかった。
リリアナが一通りまくし立てた後、レイエスはようやく口を開いた。
「リリアナ、落ち着いてくれ。この子たちは…」
レイエスは、昨日訓練場で起こった出来事を、簡単に話し始めた。トビアが子供たちをからかったこと。その結果、訓練場がめちゃくちゃになったこと。そして、トビアが泣きながら逃げ出したこと…。
その話を聞いたリリアナは、驚きに目を見開いた。
「え…?トビアお兄様が、べそかいて逃げていったって…?そのお話、本当だったの…!?」
リリアナは、今朝お父様からその噂を聞いていたが、まさか本当だとは思っていなかった。
「その子たちが…この子たちなの…?」
リリアナは、信じられないといった表情で三人をまじまじと見つめた。そして、レイエスに問いかけた。
「じゃ、じゃあ…あの子たち、あなたの女じゃないのね?特にその銀髪のいかにも自分は可愛いわって感じの子…!」
リリアナは、そう言いながら、アリシアを鋭く睨みつけた。その視線に、アリシアは「ひゃっ!」と小さく声を上げると、思わずギルの後ろに隠れてしまった。キスティーも、何が起こっているのか分からずに、一緒になってギルの後ろに隠れた。
「もう…なんなのよ?どういうことなの?」
「あの人、アリシアのこと、女って言ったよね?」
「女って…まさか、王子様の彼女扱いされてんのか…!?」
三人は小声でひそひそと話していた。
「違う!彼女たちは、コレットで出会った、大切な旅の仲間だ!」
レイエスは、リリアナの言葉を強く否定した。しかし、リリアナはレイエスの言葉を信用しようとはしなかった。
「嘘だわ!そんなこと、信用できるわけないじゃない!それに…」
リリアナは、隠れているアリシアに、ライバル心をむき出しにして声をかけた。
「あなた!そんなところに隠れてないで、出てきなさいよ!まさか…私のレイちゃんを、横取りしようとしてるんじゃないでしょうね!」
リリアナは、アリシアを警戒し、挑発するように睨みつけた。
「もう…違います!」
アリシアは、ギルの後ろから必死に声を上げる。
「やれやれ…」
レイエスは、二人のやり取りを見て、疲れたようにため息をついた。
(一体、どうしてこんなことに…)
騎士団長は、二人の間に入って仲裁しようと試みるが、リリアナの勢いを前に、ただただ立ち尽くすしかなかった。彼の心労は、洞窟前にもう限界に達しそうだった。
レイエスは、リリアナの誤解を解くため、昨日の出来事を繰り返し説明し、必死に説得を試みた。しかし、リリアナの疑いの目は晴れない。
「嘘よ!私のレイちゃんが、わざわざこんな子供たちと遊ぶなんてありえないわ!特に、その銀髪の生意気そうな子!レイちゃんは渡さないんだから!」
リリアナは、アリシアに向かって指を差し、宣戦布告するように言い放った。アリシアは、その言葉に答えようもなく困惑するばかりだ。
「リリアナ、いい加減にしてくれ。ここは危険な場所だ。君は馬車に戻って、王都に帰りなさい。」
レイエスがそう言うと、リリアナは首を横に振った。
「嫌よ!信用できない!また知らないうちに、その子たちとイチャイチャするんでしょう!?私は…私はついていくわ!」
「なっ…!」
レイエスが言葉を詰まらせた、その時だった。
「リリアナ様!どうかご再考を!この洞窟は、貴方様のようなお方が足を踏み入れるべき場所ではございません!」
騎士団長が、必死の形相でリリアナの前に立ちはだかった。
「うるさい!黙ってて!どきなさいよ!」
リリアナは、騎士団長を鬱陶しそうにまたも一蹴した。騎士団長は、よろめきながらも、再びリリアナに懇願しようとする。
(このままでは…この国の未来の王妃が、この呪われた洞窟で…!私は、この国を、国王陛下をお守りせねば…!)
騎士団長の脳裏には、彼に課せられた、王家を守るという重い使命が蘇っていた。
レイエスは、リリアナの頑なな態度に、なすすべがなかった。彼女を無理やり馬車に乗せるわけにもいかず、かといって、このまま危険な場所に置いていくわけにもいかない。
「わかった…わかったから、一緒に来ていい…、ただし…無茶はするな。いいか、リリアナ。危ない時は、この騎士団長が、君を守ってくれる。…なあ、頼りにしているよ。」
レイエスは、そう言って、騎士団長に助けを求めるような視線を送った。
「レイエス殿下…」
騎士団長は、その言葉に、絶望的な表情を浮かべた。
(私に…死ねと…?この国の未来の王妃を守るためなら、死をも厭わぬ…だが…なぜ、このような場所で、そのような覚悟を決めねばならぬのだ…!?)
彼の心労は、もう限界を遥かに超えていた。




