第53話 どうか、ご再考を…
三人はそれぞれ自分の部屋に戻り、支度を始めた。さっきまで着ていた正装を脱ぎ、故郷から持ってきた、いつもの見慣れた服に着替える。
「やっぱり、ドレスよりこっちのほうがいいね!動きやすいし!」
キスティーは、着慣れた動きやすいパンツスタイルでボーズを取りながら、アリシアに声をかけた。
「そうね。でも、ドレスもとても可愛かったわよ。似合ってた。」
アリシアがそう言うと、キスティーは少し照れたように顔を赤らめた。
「えへへ…アリシアも可愛かったよ!」
キスティーはそう言って、アリシアを抱きしめた。アリシアも微笑みながら、キスティーを優しく抱きしめ返した。
アリシアも着替えを終えると、昨日のようにキスティーがバタバタと身支度をする様子を見ていた。キスティーは、コレット村から持ってきた大きなリュックサックを引っ張り出してくると、その中にごそごそと何かを詰め込み始めた。
「もう、キスティー。そんなに荷物が多くて、どうするの?」
アリシアが覗き込むと、リュックの中には、コレット村の子供たちが大好きなお菓子や、手作りの木のおもちゃ、そして昨日レイエスからもらっていたお菓子などがぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。
「だって、お宝探しだもん!お腹が空いたら困るし、おもちゃは遊びには必要でしょ?洞窟に誰かいたら、お宝とお菓子交換してくれるかもしれないし!」
「そんなわけないでしょ!まったく、何を考えてるのかしら…」
アリシアは呆れたようにため息をついた。
その時、扉の外からギルの声が聞こえてきた。
「おい、アリシア!キスティー!準備できたか!?」
「はいはーい!今行くー!」
キスティーは元気いっぱいに返事をすると、パンパンになったリュックを背負った。
アリシアが扉を開けると、そこにはすでに準備を終えたギルが立っていた。ギルは、キスティーのパンパンに膨らんだリュックを見て、目を丸くした。
「うわっ!お前、何入れたんだよ、そのリュック!?岩でも入ってるのか!?」
「失礼な!お宝と交換する大事な物だよ!」
「もう…二人とも、行くわよ。」
アリシアは呆れ顔で二人を促した。
三人が広間に戻ると、レイエスがすでに豪華な馬車を前に待っていた。彼の隣には、疲れ切った顔をした騎士団長が立っている。
「さあ、行こうか。今日は僕が御者台に乗るから、みんなは後ろでゆっくりしてくれ。」
レイエスがそう言うと、騎士団長は悲鳴のような声を上げた。
「レイエス殿下!それはなりませぬ!せめて、せめて私が…!」
「大丈夫だ。君は馬で並走してくれ。さあ、みんな乗り込んで。」
レイエスの言葉に、三人は我先にと、馬車に乗り込んだ。
馬車に乗り込むと、三人はワクワクしながら窓の外を眺めた。
「ねえ、本当に宝物ってあるのかな?」
キスティーがワクワクした声で尋ねた。
「あるに決まってるだろ!王子様がそう言ったんだからな!」
ギルも得意げに胸を張る。アリシアは、そんな二人の様子を微笑ましく見つめていた。
「でも…この馬車、昨日よりもすごく速いわね…」
アリシアがそう呟くと、馬車は王都の賑やかな通りをあっという間に駆け抜けていった。御者台に乗ったレイエスは、まるで子供のように楽しげに手綱を操っている。
その馬車のすぐ隣を、心労でげっそりと痩せた騎士団長が馬で並走している。
(まさか…『呪われた洞窟』に…!しかも、あの子供たちを連れて…!レイエス殿下、いったい何を考えていらっしゃるのだ…!)
騎士団長の顔色は、もはや真っ白だ。彼の脳裏には、洞窟の入り口に刻まれた、不気味な警告の文字が蘇っていた。
(あの洞窟に、足を踏み入れた者は、二度と戻れない…!だから封印したのだろう…)
騎士団長は、自分の首どころか、この国の未来まで、今、この子供たちの「遊び」によって危機に瀕しているのではないかと、途方もない不安に襲われていた。
(ああ、神よ…どうか…どうか、彼らに災いが降りかかりませんように…!)
騎士団長の祈りは、レイエスの耳には届かなかった。馬車は、静かな王家の墓地へと続く道を、軽快に走り続けていた。
馬車は、王都を抜け、静かな森の奥へと続く道を走り続けた。やがて、馬車が止まると、三人の目の前に、古びた石碑がいくつも並ぶ、厳かな場所が現れた。王家の墓地だ。その一角に、巨大な岩に覆い隠されたように、不気味な口を開けた洞窟の入り口があった。
「レイエス殿下!どうか、ご再考を…!」
馬から降りた騎士団長は、震える声でレイエスに最後の嘆願をした。彼の顔には、もう絶望の色しか浮かんでいない。
「大丈夫だ、心配ない。危ない時は、君が僕たちを守ってくれるんだろう?頼りにしているよ。」
レイエスは、そう言って騎士団長の肩を軽く叩き、その胸をポンと叩いた。しかし、騎士団長は悲痛な面持ちで、その場に立ち尽くすしかなかった。
(そう言われても…ここは、誰も手がつけられず、封印せざるを得なかった場所…いったい、何が起こるか…)
騎士団長の脳裏には、過去の悲劇が蘇っていた。この洞窟に挑み、二度と戻らなかった英雄たちの顔。そして、彼らが残した、おびただしい数の武器の残骸。彼は、ただただ、この恐ろしい「遊び」が終わることを願うばかりだった。
そんな騎士団長の不安をよそに、三人は歓声を上げて馬車から飛び出した。
「うわぁ!ここがお宝の洞窟?すごーい!」
キスティーは、洞窟の入り口を見上げて目を輝かせた。
「すげえ…!本格的じゃねえか…!」
ギルは、洞窟の周囲に生い茂る不気味な植物や、苔むした岩を見て、興奮したように声を上げた。その様子は、まるで初めての宝探しの冒険に出る少年のようだった。
「本当に…まるで、物語に出てくるみたいね…」
アリシアも、その荘厳な雰囲気に、不安よりも好奇心が勝っているようだった。彼女の心は、これから始まる未知の冒険に、わくわくと高揚していた。
三人のワクワクした様子に、レイエスは満足そうに微笑んだ。彼は、洞窟の入り口を塞いでいた巨大な岩に貼り付けられた、古い封印の札に手を伸ばした。その札には、不気味な模様が描かれており、見るからに強力な魔法が施されているのがわかる。
レイエスがその札をゆっくりと剥がすと、途端に洞窟の入り口を塞いでいた岩が、まるで命を吹き込まれたかのように、鈍い音を立てて内側へと動き出した。そして、ゆっくりと、洞窟の闇が姿を現した。
その光景を見て、騎士団長は思わず息をのんだ。目の前で起こった、にわかには信じがたい出来事に、ただただ呆然と立ち尽くすしかなかった。彼の心の中には、まだ、この恐ろしい光景が終わらないことへの、途方もない絶望が渦巻いていた。
「よし、行こう!」
レイエスは、三人にそう言うと、洞窟へと手招きした。
「やったー!お宝、見つけるぞー!」
キスティーが元気いっぱいに叫んだ。
「おう!俺が一番すごいの見つけてやる!負けるかよ!」
ギルが力こぶを作り対抗心を燃やした。
二人はレイエスのもとに急いで行った。アリシアも、二人の後を追うように、洞窟の入り口へと向かった。
騎士団長は、ただその光景を呆然と見つめることしかできなかったが、すぐに自分の職務は殿下をお守りすることと、我に返り急いで殿下のもとへと向かった。




