第50話 大好き!
和やかな雰囲気の中、豪華な食事会は終わり、三人は再び馬車に乗って王都の宿へと戻ってきた。馬車に揺られ、眠りこける二人をアリシアが起こし、部屋にたどり着いた。
部屋に戻ると、キスティーはベッドに飛び込み、大きく伸びをした。
「疲れたー!なんか色々ありすぎたね、でも、夢みたいな一日だったね、お城なんて、アリシア!」
「ええ、本当に。どうなることかとひやひやしていたけど、私が一番壊して…でも、まさか国王陛下が頭を下げるなんて…」
アリシアはそう言って、胸をなでおろした。今日一日で起こった出来事は、あまりにも現実離れしていて、まるで長い夢の中にいたかのようだ。
「お風呂入ろ!お姫様のお風呂だー!」
キスティーは元気いっぱいに叫ぶと、アリシアの手をぐいと引っ張った。
「もう、キスティーったら…」
アリシアは呆れながらも、その手から伝わる温かさに微笑んだ。昨夜と同じく、部屋の奥には、大理石でできた大きな浴槽が光っている。湯気からは、甘いバラの香りがふわりと漂っていた。
「わーい!早く早く!」
キスティーは服を脱ぎ捨て、小走りで浴槽へと向かった。アリシアも服をたたみ、慣れた手つきでキスティーの脱ぎ捨てた服もたたみ、ゆっくりと浴槽に足を入れた。温かいお湯が、一日の疲れをじんわりと癒してくれる。
二人は湯船に肩まで浸かり、ゆったりと今日の出来事を振り返った。
「ねえ、アリシア。国王様、優しかったね。あんなに怒らない人、初めて見たよ。」
キスティーが、湯船の中で足をパシャパシャと動かしながら尋ねる。
「ええ、本当に。私が訓練場をめちゃくちゃにしてしまったのに…」
「そうだね。騎士団長さん、顔が真っ青だったよ!でも、国王様はなんか笑ってたよね?」
「そうね。きっと、ああいう人、珍しいんでしょうね…」
アリシアはそう言って、キスティーの背中を泡立てたタオルで優しく洗ってやる。
「アリシアって、怒るとやっぱり怖いんだね…」
「もう!怖がらせてごめんってば。でも…キスティーが痛い思いをするのは、嫌なの。私が守ってあげなくちゃいけないんだから。」
アリシアの言葉に、キスティーは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう、アリシア。わたしも、アリシアのこと守ってあげるからね!」
キスティーはそう言って、アリシアの髪にシャンプーの泡をつけてあげる。
「もう、キスティーったら。私の髪はいいから、自分の頭を洗いなさい。ほら、ちゃんとゴシゴシしないと…」
二人の賑やかな笑い声が、浴室いっぱいに響き渡る。
「ねぇ、アリシア。明日も美味しいご飯、食べられるかな?」
「どうかしら。でも、もしまた何かあったら、私たちはどうなるのかしら…」
アリシアの不安げな声に、キスティーはにこりと笑った。
「大丈夫だよ!だって、レイエス王子様が言ってたもん!それに、アリシアもギルもいるし!きっと、なんとかなるよ!」
その屈託のない笑顔と、楽観的な言葉に、アリシアは心の底から安堵した。
「そうね…そうかもね。」
温かい湯船に浸かりながら、二人は明日のことを想像した。
湯船から上がり、アリシアは自分の体を拭きながら、まだ湯船の縁に座りって足をバシャバシャしているキスティーに声をかけた。
「もう、キスティー。そんなに長湯して、のぼせたらどうするの。早く出なさいってば。」
「だって、お風呂さん、わたしを離してくれないんだもん!」
キスティーはそう言って、湯船から出ようとしない。アリシアは呆れたように笑いながら、用意されていたふわふわのバスタオルを手に取った。
「はいはい、わがまま言わないの。ほら、捕まえたわよ。」
アリシアは、そっとキスティーの小さな体をタオルでくるむ。まるで生まれたての小鳥を包むかのように優しく拭き、まだ濡れている髪もタオルで水気を取る。
「アリシアの手、魔法みたいだね。みるみる髪が乾いてく!」
「もう、そんなこと言ってないで、早く着替えるわよ。」
キスティーは、身支度を整えてくれるアリシアに、心から感謝の気持ちを伝えた。その言葉に、アリシアはただ微笑むだけだった。
用意されていた新しいパジャマは、上質なコットンの肌触りが心地よい。二人は、その柔らかなパジャマに着替えると、大きなベッドへと向かった。
キスティーは、アリシアの注意はどこへやら、その大きなベッドに勢いよく飛び込んだ。
「やったー!雲の上みたいだよ!」
「もう、キスティーったら。お布団の上で跳ねないの。」
アリシアはそう言って、キスティーの隣のベッドに腰を掛けた。
「ねえ、アリシア。やっぱりこのベッド、すごく大きいね。一人じゃもったいないよ?」
キスティーは、小さな声でそう言って、ニコニコしながらアリシアを手招きした。
「まったく…、仕方ない子ね…」
アリシアは微笑みながらキスティーのベッドに潜り込んだ。
「へへ…アリシア、大好き!」
キスティーはアリシアに抱きつき、幸せそうに笑った。その温かさに、アリシアは深い安堵を感じた。
「おやすみ、キスティー。明日はきっと、いい日になるわよ。」
「うん…おやすみ、アリシア。」
大騒動の1日がやっと幕を下ろした。
王城の広間は、三人の子供たちを送り出した後、静寂に包まれていた。国王は玉座に戻り、レイエスは謁見の間の真ん中まで進み出て、片膝をついて頭を下げた。
「すごい力だな…」
国王は、先ほど訓練場で起こった出来事を思い返しながら、静かに呟いた。その声には、驚きと、そして少しの恐怖が混じっていた。
「はい、父上。悪用されれば、この国は…いえ、世界は壊滅するでしょう。」
レイエスは、あの時、アリシアの背後から感じた底知れない魔力の奔流を思い出し、身震いした。彼らが無邪気に振るう力は、あまりにも規格外だ。
「それはならんな…」
国王は、深く息を吐き、考え込むように目を閉じた。訓練場に開いた巨大な亀裂、粉々になった石柱。それでも誰も傷ついていないという事実に、国王は彼らの力が持つ二面性を理解していた。
「では、どうする…?彼らの力を、我が国の力として取り込むべきか…?いや、それでは彼らを戦の道具としか見ていないことになる…」
レイエスは、国王の苦悩を察し、迷うことなく答えた。
「今まで通りでよろしいかと存じます。彼らはあくまで、私にとって『旅の仲間』。そして、彼らがこの国にもたらすものは、脅威ではなく、希望だと信じております。」
レイエスは、アリシアがキスティーを優しく抱きしめた姿を思い出し、確信した。
「彼らには、私がついております。私が、彼らの力を正しく導いてみせます。」
レイエスの強い眼差しに、国王は玉座から身を乗り出した。
「…任せて良いのだな?そなたが彼らを守り、導き、そしてこの国に脅威とならぬよう、全責任を負うと誓えるか?」
その言葉は、レイエスにとって、王位継承者としての最後の試練だった。彼は迷うことなく、はっきりと答えた。
「はい、お父様!」
国王は、その力強い返事に満足げに頷いた。そして、穏やかな、しかしどこか寂しさを帯びた声で続けた。
「…そうだな。まだ、まだまだ可愛らしい子どもたちだ…彼らを国の思惑に縛りつけるのは、あまりに不憫だ。」
国王は、目を閉じ、遠い昔の出来事を思い出すかのように、優しい口調で語り続けた。
「彼らが世界を旅し、たくさんの遊びをして、楽しい思い出を作るのがよい。子どもを兵器として扱ってはならぬ。レイエス、よいな。」
その言葉は、レイエスの胸に深く突き刺さった。
「彼らは、希望の光だ。その光を、大人の都合で曇らせてはならぬ。」
「しかと、心に刻みました。」
レイエスは、国王の言葉を胸に刻み、改めて決意を固めた。彼は、この国の未来を、そして三人の子供たちの未来を、守り抜くと誓った。
その日、王都の中心で下された決断は、この国の、そして三人の子供たちの運命を、大きく変えることになった。彼らの新たな旅は、ここから本当の意味で始まるのだ。




