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第5話 遊び場到着!

 コレットの町に、朝焼けが再び訪れる。キスティーはいつものように、おばあちゃんと共に裏の畑で土をいじっていた。焼きたてのパンの香りが漂い、鳥のさえずりが聞こえる。昨日の一件がまるで夢だったかのように、すべてが平穏に見えた。


 畑仕事が終わり、朝食を済ませると、キスティーはいつものようにアリシアとギルを誘いに家を出た。町の広場での一件があったにもかかわらず、彼女の足取りは軽やかだ。


 アリシアの家の戸を叩くと、すぐに銀色の髪を揺らして彼女が現れた。その完璧な美しさは今日も変わらない。


「キスティー、おはよう。今日も町に行くの?」


「うん!行こ行こ!」


 キスティーが元気よく答えると、アリシアはふわりと微笑んだ後、すぐに真剣な表情になった。


「あのね、キスティー。今日はもう、絶対に変な騒ぎを起こさないでね。昨日みたいに空を飛ぶとか、本当にやめてよ?」


 アリシアの釘を刺すような言葉に、キスティーは不満そうに口を尖らせた。


「えー、分かってるってばぁ。だって、つまんないもん、普通にしてたら。」


「それが一番心配なのよ!」


 アリシアがため息をつくと、ちょうどそこへギルバートがぶっきらぼうな足音を立てて現れた。彼の大きな体が、朝日に影を落とす。


「やれやれだぜ。お前らが昨日みたいに騒ぐんじゃねーぞ。特にキスティー、お前は絶対だ。」


 ギルも呆れたように言い放つ。キスティーはすぐに反論した。


「ギルだって昨日、全然支えてくれなかったじゃん!私が落ちそうになったらどうすんのよ!」


「俺のせいかよ!お前が勝手に飛んだんだろ!」


 三人の間で、朝からいつもの言い争いが始まった。アリシアが呆れたように二人の間に割って入り、「もう、やめなさいよ!」と諭す。騒がしくも仲の良い彼らの光景は、コレットの町では見慣れたものだった。


 しかし、町へと足を踏み入れると、昨日とは明らかに違う異様な光景が広がっていた。至るところに、王都の紋章を付けた兵士たちが配置され、行き交う人々に厳重な視線を送っている。昨日の騒ぎでレイエス王子の身分が明らかになったため、警備が強化されたのだ。


「うわ…兵士さんたちがいっぱいだね。」


 キスティーが興味深そうに兵士たちを見上げる。アリシアは不安げにギルの腕を掴んだ。


「なんだか、物々しいわね…。」


 ギルはうんざりした顔でため息をつく。


「当然だろ。お前らが王子様の前でやらかしたせいで、こんなことになってんだからな。」


「私たちだけのせいじゃないもーん!」


 三人はまたもや言い争いながらも、どこか緊張した面持ちで町を歩いた。


 その頃、レイエス王子は宿舎の一室で、コレットの町の地図を広げていた。彼の隣には、不満そうな顔をした騎士団長が立っている。


「殿下、町の視察はすでに終えられました。これ以上、コレットに留まる必要は…。」


 騎士団長が口を開くが、レイエスは聞く耳を持たない。彼の指は、町の郊外、地図上で「魔獣生息地」と記された森のエリアをなぞっていた。


「いや、まだだ。このコレットの町には、何かがある。昨日の少女の能力気になる…」


 レイエスは静かに言った。彼の瞳には、まだ見ぬ未知への強い探求心が宿っている。


「まさか…あの民間人の娘が気になると?」


 騎士団長は信じられないといった顔をするが、レイエスは彼の言葉を遮った。


「それだけではない。この町の平穏さ、そしてその裏に隠された何か…それが俺には感じられるのだ。」


 彼は椅子から立ち上がり、窓の外の遠くに見える森の方向を見つめた。


「町の中だけでは分からない。郊外、特に魔獣が生息するとされる森…そこにこそ、この町の、いや、この王国の真実を解き明かす鍵があるのかもしれない。」


「しかし殿下!郊外は危険です!魔獣だけでなく、不穏な動きを見せる者たちがいる可能性も…!」


 騎士団長は必死に止めようとするが、レイエスの決意は固い。


「だからこそ行くのだ。俺は王宮の机の上で、報告書を読むためだけにここに来たのではない。自分の目で見て、自分の足で踏みしめ、この国の本当の姿を知るために来たのだ。」


 レイエスの言葉には、王子の威厳がにじみ出ていた。騎士団長は、これ以上反対しても無駄だと悟り、深くため息をついた。


「…御意。しかし、厳重な護衛をつけさせていただきます。」


 レイエスは満足そうに頷いた。彼の心は、すでに未知なる森の奥深くへと向かっていた。


 町中の物々しい雰囲気に、キスティーはうんざりした顔をした。兵士たちの視線が、どこか落ち着かない。


「ねー、アリシア、ギル。なんか今日の町、つまんないね。」


 キスティーが、あからさまに不満そうに言う。アリシアも、不安げに周囲を見回しながら頷いた。


「そうね…。昨日もあんなことになっちゃったし、今日はあまり騒がない方がいいのかも。」


 ギルは腕を組み、ため息をつく。


「当たり前だろ。俺らのせいで兵士が増えてんだからな。大人しくしてた方が賢明だぜ。」


「えー、やだー!じゃあ、いつもの場所に行こうよ!」


 キスティーがぱっと顔を輝かせ、提案した。その言葉に、ギルは一瞬顔をしかめたが、アリシアはすぐにその意図を理解したようだった。


「いつもの場所…森の泉?」


「そうそう!あそこなら誰もいないし、兵士さんたちも来ないでしょ!」


 キスティーは、もうその場にいないかのように小走りで町の外れへと向かい始める。アリシアは苦笑いしながらも、その後に続く。


「おいおい、待てって!」


と、ギルは叫びながら、慌てて二人の後を追った。


 三人が向かうのは、コレットの町から少し離れた場所にある森。町の地図には「魔獣の森」と大きく記載され、誰もが近づかない危険な場所とされていた。しかし、キスティーたちにとっては、そこは幼い頃からの「いつもの遊び場」だった。


 森の入り口には、古びた立て札が立っている。「これより先、魔獣の危険あり。立ち入り禁止」と書かれているが、三人はそんなものには目もくれず、慣れた足取りで奥へと進んでいく。


 木々の間を縫うように進むと、すぐに鬱蒼とした森の中へと吸い込まれていく。涼やかな風が吹き抜け、鳥のさえずりが聞こえる。しかし、それは平和な音ばかりではない。遠くから、獣の唸り声のようなものが聞こえてくる。


「ねー、今日はおおきなカブトムシいるかなー?」


 キスティーが楽しそうに、周りの木々を見上げながら言った。ギルは呆れたように返す。


「カブトムシじゃねぇよ、魔獣だ魔獣。今日こそは、お前が全部倒せよな。」


「えー!ずるい!ギルもアリシアも手伝ってよ!」


 その時、ガサガサと茂みが大きく揺れ、唸り声と共に、体毛が硬い針のようになったニードルベアが飛び出してきた。牙を剥き出しにして、三人に向かって突進してくる。


「あ、早速だ!じゃーんけーん、ぽん!」


 キスティーが突如、魔獣に向かってじゃんけんを仕掛けた。ギルとアリシアは、その突拍子のない行動に顔を見合わせる。


「キスティー!何やってんだお前は!」


 ギルが叫ぶが、ニードルベアは容赦なく迫ってくる。


「はぁ!私が負けた!じゃあ、ギルね!」


 そう言い放つと、キスティーはとっさに身を翻し、ギルの背中に隠れた。


「おいっ!」


 ニードルボアの突進を前に、ギルは舌打ちをしながらも、その頑丈な体で真正面から受け止めた。ズシン!と重い衝撃音が響くが、ギルはびくともしない。その強靭な肉体は、魔獣の攻撃を全く寄せ付けないほどだ。


「アリシア!援護!」


 ギルが叫ぶと、アリシアはすでに手をかざしていた。杖も詠唱もない。ただ彼女の意思に従い、水が凝縮された槍がニードルベアの弱点である眼を正確に貫いた。


 無詠唱の魔法だ。その威力はキスティーほどではないが、アリシアの魔法は制御が非常に精密で、狙った獲物を決して逃さない。ニードルベアは呻き声を上げ、その場に倒れ込んだ。


「よし!今日もバッチリだね!」


 キスティーがひょっこりギルの背中から顔を出し、楽しそうに笑う。


「お前は何もしてねーだろ!」


「大丈夫だった?ギル。」


 アリシアが心配そうにギルに声をかける。


「ああ、別に。こんなのいつものことだろ。」


 ギルは肩をすくめ、倒れたニードルベアを一瞥する。彼らにとって、魔獣との戦闘は、まさに「日常」の一部だった。森の奥に進めば進むほど、彼らがどれほどこの森に慣れ親しんでいるかが分かる。泉で泳いだり、木の実を採ったり、かくれんぼをしたり…そうした遊びの合間に、現れる魔獣を当然のように討伐していく。


 キスティーの全属性魔法を使いこなす圧倒的な力。アリシアの無詠唱かつ精密な魔法。そしてギルバートの魔法も剣も通さない強靭な体。


 それぞれが異なる強みを持ち、騒がしくも互いを補い合うバランスの取れた三人は、今日も魔獣の森で、平和な「日常」を過ごしていた。

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