第48話 捕まるの…
静けさが戻った訓練場で、三人はようやく現実に戻った。
「どうすんの?どうすんの?アリシア!」
キスティーは、目の前の凄惨な光景を見て、泣きそうな声で訴えた。
「めちゃくちゃになっちゃったよ!宿の壁のレベルじゃないよ!」
「ヤバいって!アリシア!」
ギルも、今にもおかしくなりそうなほど焦っていた。
「船の穴…宿の壁も……いや、これはさすがにないだろ…俺たち、絶対捕まるって!」
二人に責められ、アリシアは少し頬を膨らませて反論した。
「んー、もう!仕方ないじゃない!あいつがキスティーを叩いたのよ!怒って当たり前でしょ!」
「いや…そうだけどよ!限度ってもんが…!」
いつものように言い合いになりながら、アリシアは少しずつ冷静さを取り戻していく。その時、キスティーがアリシアの服の裾をそっと引っ張り、小さな声で言った。
「…アリシア…怒ってくれて、ありがとう…」
その言葉に、アリシアはふっと微笑んだ。
「もう…仕方ない子ね…」
ギルも、二人のやり取りを見て、ふっと笑みをこぼした。
「全く、仕方ねえな…」
その様子を見ていたレイエスと、慌てて駆け寄ってきた騎士団長は、信じられないものを見るかのように呆然と立ち尽くしていた。そして、彼らの騒ぎが収まったのを見て、レイエスは三人に深々と頭を下げた。
「すまない…本当に…嫌な思いをさせてしまって、すまない。」
騎士団長も、レイエスに続いて頭を下げた。
「誠に申し訳ございません!」
三人は、自分たちの行動がとんでもない結果を招いたにもかかわらず、謝罪されるという状況に困惑し、ただ何も言えずに立ち尽くしていた。この旅はは、彼らが今まで生きてきた世界とは、全く違うものだ。これから、一体何が起こるのだろうか。彼らの心は、不安と、そしてほんの少しの期待に満ちていた。
めちゃくちゃになった訓練場を後にし、三人はレイエスに連れられて、王城の別棟にある客間へと向かった。ほこりまみれになった正装を脱ぎ、新たな服に着替えるためだ。
部屋の扉が開くと、そこにはまるで、おとぎ話に出てくるような美しい衣装が並んでいた。キスティーとアリシアのために用意されていたのは、淡いピンク色のフリルとレースが何層にもあしらわれた、可愛らしいドレスだ。胸元には白いリボンが飾られ、スカートはふんわりと広がる。
「わあ!これ、わたしが着るの!?」
キスティーは目を輝かせ、ドレスに飛びついた。アリシアもまた、そのドレスの繊細な美しさに目を奪われていた。
「すごい…こんなに可愛らしい服、初めて…」
アリシアはそう呟きながら、キスティーがドレスに着替えるのを手伝ってやる。慣れないドレスに悪戦苦闘しながらも、二人はまるで夢を見ているかのような気持ちで、新しい服を身につけていった。
一方、ギルの部屋には、深みのある青色のベルベットのジャケットと、それに合わせたズボンが用意されていた。生地は滑らかで、触れるだけでその上質さがわかる。
「お、おい…これ、本当に俺が着んのか…?」
ギルは、自分の武骨な手に馴染まないその服をまじまじと見つめた。しかし、着てみると、鏡の中には見慣れない自分がいた。いつも着ている粗末な服とは違い、その服は彼の少年らしい精悍さを際立たせている。
「うお…すっげえ…」
ギルは思わず声が漏れた。その服は、彼をまるで本物の王子様のように見せていた。
着替えを終えた三人は、レイエスに連れられて、廊下を歩いていた。
「ねえ、アリシア、このドレス、どうかな?」
キスティーは、スカートを広げてくるくると回ってみせる。アリシアは微笑みながら、優しく答えた。
「とても似合ってるわ、キスティー。お姫様みたいよ。」
「えへへ!アリシアもだよ!」
三人は、豪華な内装の廊下を歩きながら、先ほどまでいた訓練場のことを思い出していた。
「でもさ、まさかあんなことになっちゃうなんてな…」
ギルが、少し引いた声で呟く。
「…私のせいだけど…まさかあんなに…訓練場、めちゃくちゃになっちゃうなんて思わないじゃない…」
アリシアも、まだその光景が脳裏に焼き付いているようだった。
「アリシア、怒ってたね…すごく怖かった…」
キスティーが、アリシアのドレスの裾をぎゅっと握る。
「…ごめんね、キスティー。怖がらせてしまって…でも、あいつがキスティーを叩いたから…」
「ううん…でも、ありがと。アリシアが怒ってくれて、嬉しかったよ。」
キスティーは、にこりと微笑んだ。その言葉に、アリシアはもう一度、キスティーを抱きしめた。
「なあ、これ…どうなるんだ?俺たち、本当に捕まるのか…?」
ギルは、再び不安そうな顔で尋ねた。
その時、彼らの背後から、聞いたことのある咳払いが聞こえてきた。
「おほん!」
振り返ると、そこには心労で顔色をさらに悪くし、やつれた騎士団長が立っていた。三人は反射的に背筋を伸ばし、直立不動の姿勢を取る。
レイエスは、そんな三人の様子を見て、穏やかな声で言った。
「さあ、行こうか。」
レイエスの言葉に、三人はさらに不安になった。
(ん?え…行くって、どこに…?)
(まさか…この後、王様と食事するの…?)
(いやいやいや!無理だろ!あの後で!?)
彼らの頭の中は、パニックでいっぱいだった。
「食事の前に、捕まるんじゃ…?」
キスティーが、震える声でギルに尋ねる。
「やだよー!お城のお菓子、まだ食べてないのに!捕まりたくない!」
「バカ!そんなこと言ってる場合じゃねえだろ!もう無理だ!逃げるか!?」
「バカはあなたよ!無理よ!騎士団長が後ろにいるじゃない!」
三人は、小声で言い争いながらも、レイエスに促されるままに、ゆっくりと歩き出した。彼らの心臓は、この世の終わりのように激しく鼓動していた。王城の廊下は、どこまでも続くように感じられた。
(どうなるの…?これから、一体…どうなるの…?)
彼らの未来は、まるで霧の中のようだ。不安と恐怖に満ちた遠足は、まだ終わりそうになかった。




