第46話 ヤなやつ……
三人はどうしていいか分からず、不安な顔でこっそりと話し合っていた。
「ね、ねぇ、アリシア、どうするの?怖いよ?逃げる?」
キスティーが震える声で尋ね、キスティーはアリシアの腕にしがみついた。
「うん…すごく怖い…でも、逃げられるの…?ここはお城の中よ…」
「バカ!こんな場所で逃げられるわけねえだろ!」
ギルが小声で怒鳴るが、その声も震えていた。ギルはアリシアに視線を送り、助けを求めるように尋ねる。
「おい、アリシア。どうするよ…」
「知らないわよ!ほんとにもう、逃げたいわよ…!」
アリシアは、普段の冷静さを失い、内心で叫びたかった。彼らが小声で騒いでいる間も、謁見の間の張り詰めた空気は変わらない。
そんな三人を横目に、レイエスは国王に深々と頭を下げた。
「父上、恐れながら、この場では彼らの力を披露することは危険かと存じます。彼らの力は…私自身も、未だに全容を把握できておりませんので…」
レイエスは、あの規格外の力が、この荘厳な空間で暴発することを恐れていた。
その言葉を聞いたトビアは、待っていましたとばかりに冷たい笑みを浮かべた。
「ほう?やはり見せられないか、レイエス。この場でたった一度、少し力を披露することすらできないとは…やはり、お前の言ったことは嘘だったのではないか?」
トビアは、嘲笑うような口調でレイエスを侮辱した。
「所詮は、お前が自分の立場を固めるためにでっち上げた、くだらない戯言だったというわけか。なれなれしく父上の前になど連れてきて、恥知らずめ!」
その言葉に、三人の顔に怒りの色が浮かんだ。
(な、なんなんだ、あの人…!)
(王子様のこと、バカにしてるの…!)
(言ってること、よくわかんないけど…なんかムカつく…!)
自分たちの遠足に同行し、美味しいものを食べさせてくれたり、自分たちがやらかした不祥事を笑い飛ばしてくれたりしたレイエス王子を、トビアが冷たく見下すのを見て、三人は胸の奥から湧き上がってくる怒りを感じていた。レイエスの真意はわからない。それでも、自分たちにとって優しいレイエスを馬鹿にするトビアの態度が、たまらなく気に食わなかった。
「嘘ではない!」
レイエスは、トビアの嘲笑に堪えかねて、顔を上げた。
トビアは、そんなレイエスを一瞥すると、国王に向かって優雅に言葉を続けた。
「父上、これではどうでしょう?この謁見の間を離れ、場所を訓練場に移してはいかがでしょうか。私が、彼らの実力とやらをこの目で確かめましょう。」
トビアは、レイエスを貶め、さらに自分が優れていることを証明する絶好の機会だと確信していた。国王は、面白そうに頷く。
「うむ、良い考えだ、トビア。では、そうしよう。」
国王は玉座から立ち上がった。
三人は、そのやり取りを固唾を飲んで見つめていた。彼らは、これから自分たちに何が起きるかなど知る由もなかった。
王城の訓練場は、広い石畳の広場だった。周囲を高い壁で囲まれ、その上からは、国王と数人の近衛騎士が、これから始まる「実力証明」を見守っている。レイエスは、三人の子供たちを連れて訓練場の中央に立ち、その反対側には、トビアが冷ややかな笑みを浮かべて立っていた。
言われるがまま、レイエスは三人を連れて訓練場へ移動した。
三人は、不安で押しつぶされそうになっていた。
「ねぇ、アリシア…私たち、何させられるの…?」
キスティーは、今にも涙がこぼれそうな瞳でアリシアにしがみついた。見たこともない、重厚な剣や鎧が並べられた訓練場は、彼女の心を恐怖で満たしていた。
「わからないわ…」
アリシアはそう答えるのが精いっぱいだった。彼女は、震えるキスティーをそっと抱きしめた。この場所で、何をさせられるのか、想像するだけで頭がおかしくなりそうだった。
そんな二人の前に、ギルがそっと立った。
「大丈夫だ…俺がついてる…」
彼の声も少し震えていたが、その背中からは、二人の女の子を守ろうとする強い意志が感じられた。ギル自身も、何が起こるのか分からず不安でいっぱいだったが、ここで怖がってはいられないと自分に言い聞かせた。
レイエスは、そんな三人の様子に心を痛め、彼らに向かって深く頭を下げた。
「すまない…本当にすまない…こんなことになるはずじゃなかったんだ。」
レイエスの声は、ひどく悔やんでいるようだった。
「ただ父上と食事をして、君たちの功績を称えてもらうだけのつもりだったんだ。楽しく食事をと…兄様がいるとは思わなかった…」
レイエスは、自分の甘い考えを後悔していた。まさか、トビアが謁見の間にいるとは。すべては自分の責任だ。
「もういい。逃げてもらって構わない。ここから逃げて、コレットに戻ってくれ。あとは何とかするから。これは、すべて私の責任だ。」
レイエスは、自分が責任を取る覚悟を決め、三人に逃げるよう促した。
三人は、レイエスの言葉に困惑した。逃げていい?でも、どうやって?ここはお城の中。逃げられるはずがない。
その様子を、トビアは冷たい笑みを浮かべて見ていた。
「おいおい、何を話し込んでいるんだ?レイエス。準備はいいか?」
トビアの声に、三人はびくりと体を震わせた。
「もちろん、兄様。」
レイエスは顔を上げると、トビアをまっすぐに見つめ、声を張り上げた。
「ですが、一つだけ宣言していただきたいことがあります。」
「なんだ?」
「兄様に何があろうと、この三人に咎はないと。万が一、彼らの力が暴発し、兄様が傷つくことがあったとしても、彼らを罪人として裁くことはしないと、国王陛下の御前で誓ってください!」
レイエスは、三人を守るために、言葉を選んでトビアを挑発した。この挑発に乗ってくれれば、たとえトビアが傷ついたとしても、三人を無事にコレットへ帰すことができる。
トビアは、レイエスの言葉に鼻で笑った。
「ふん!面白い。よかろう。誓おう。どうせ、この田舎者どもが私を傷つけることなど、ありえないだろうからな。死んでも文句は言わんよ。」
トビアは、完全にレイエスの挑発に乗った。彼にとって、レイエスを出し抜いて、国王に自分の優秀さを証明する機会だ。この子供たちが何かしでかすことなど、微塵も考えていなかった。
(よし…)
レイエスは、心の中で小さく安堵した。これで、たとえ何があっても、彼らを無事にコレットに帰してやれる。自分の身がどうなろうと、この純粋な三人を、この王国の権力争いに巻き込むわけにはいかない。
国王が、上から見守っていた。
「では、始めよ。」
国王の声が訓練場に響き渡った。
トビアは、三人に冷たい視線を向け、ゆっくりと剣を構えた。
「さあ、見せてみろ。お前たちの、くだらない力とやらをな。」




