第45話 帰りたいよー
馬車は、王城の広大な中庭を進み、やがて本館の前に静かに止まった。
「さあ、着いたぞ。」
レイエスの声に、三人は馬車から降りた。彼らの前に広がるのは、見渡す限り続く、手入れの行き届いた庭園だ。色とりどりの花が咲き乱れ、中央には天使の像が立つ噴水が清らかな水を湛えている。
三人は、まるで絵画の中に入り込んだかのような、その幻想的な光景に目を奪われていた。
「……ここが、お城…」
アリシアが、夢でも見ているかのように呟く。
「すごーい!」
キスティーは、噴水に駆け寄り、はしゃいでいる。
「おい、あっち!騎士だ!」
ギルが指さす先には、数人の近衛騎士が警備のために立っている。彼らは一糸乱れぬ動きで、静かに職務を遂行していた。
「さあ、案内しよう。国王陛下がお待ちだ。」
レイエスがそう言うと、三人は緊張した面持ちでレイエスの後を追った。彼らが足を踏み入れたのは、大理石でできた広大なホールだった。
天井まで届くほど高い窓からは、陽光が差し込み、ホール全体を明るく照らしている。床には、複雑な模様が描かれた絨毯が敷き詰められ、壁には歴代国王の肖像画が飾られている。そのすべてが、三人の知るコレットの町の常識を遥かに超えていた。
「ひゃあ…!」
キスティーが、その荘厳な雰囲気に思わず声を上げた。ギルは、無言で周りを見回し、その威圧感に圧倒されている。
「緊張する必要はない。君たちは客人なのだから。」
レイエスがそう言うと、アリシアは不安そうにレイエスの顔を見上げた。
「客人…ですか…?」
その言葉に、アリシアは居心地の悪さを感じていた。
(私たち…こんな場所にいて、本当にいいのかしら…?)
アリシアの胸には、不安と、そして一抹の罪悪感が去来していた。
レイエスが、三人を連れてホールを進む。やがて、一番奥にある、一回り大きな扉の前にたどり着いた。
「この先が謁見の間だ。国王陛下がお待ちだ。」
レイエスの言葉に、三人はごくりと唾を飲み込んだ。扉の両側には、威厳ある騎士が控えている。彼らの視線は、三人に注がれていた。
レイエスが騎士に合図を送ると、騎士は恭しく扉を開けた。
「さあ、どうぞ。」
レイエスに促され、三人は一歩、その扉の中へと足を踏み入れた。
その瞬間、三人の目の前に、王国の中心、謁見の間が姿を現した。
レイエスに促され、三人は一歩、謁見の間の中へと足を踏み入れた。
彼らの目の前に広がっていたのは、まさに「王」と呼ぶにふさわしい、荘厳で広大な空間だった。天井は遥か高く、窓からはまばゆい光が降り注いでいる。床には赤と金色の分厚い絨毯が敷き詰められ、その両脇には、一糸乱れぬ姿勢で近衛騎士たちがずらりと並んでいた。彼らが身につけた鎧は光を反射してきらめき、その威圧感は三人の呼吸を止めるほどだった。
三人は、その圧倒的な雰囲気に完全に気圧され、入口で立ち尽くしたまま動けなくなった。
「すごい…」
キスティーが震える声で呟くと、アリシアも頷いた。
「ここは…本当に、私たちがいていい場所じゃないわ…」
彼女の胸中は不安でいっぱいだった。自分たちがしたことは、ただの「遊び」だった。それが、なぜ、こんなにも神聖な場所へと繋がっているのか。
「だめだ…ここは絶対、俺たちみたいな奴が来ちゃいけねえ場所だ…」
ギルも青ざめた顔でそう呟き、後ずさりする。
「うう…帰りたい…」
キスティーは、今にも泣き出しそうな顔で、アリシアの服の袖をぎゅっと握りしめた。
三人は顔を見合わせ、言葉を交わす代わりに、不安と恐怖が入り混じった無言の視線を送り合った。
彼らの目の前には、一段高くなった玉座があった。その玉座には、穏やかな顔立ちの男が座っている。レイエスの父、この国の国王だ。国王の顔には、三人の子供たちを見る優しい眼差しが浮かんでいた。
玉座の横には、もう一人の人物が立っている。レイエスの兄、第一王子トビアだ。トビアは、宝石がちりばめられた豪華な衣装を身につけ、その顔には冷たい笑みが浮かんでいた。その視線は、三人の子供たちを連れてきたレイエスを、まるでつまらないものを見るかのように見下している。
(まさか…父上は本当に、あのような野蛮な子供たちを謁見させるつもりか…?)
トビアは、レイエスが王位継承権を固めるために子供たちの力を利用していることに気づいていた。しかし、それがかえって、父である国王の心象を悪くすると踏んでいた。トビアにとって、今回の出来事は、レイエスの失態を嘲笑うための絶好の機会だ。
三人の子供たちがざわついていると、後ろに控えていた騎士団長が、わざとらしい咳払いを一つした。
「おほんっ!」
その音に、三人はビクッと肩を震わせ、ピタリと黙り込んだ。そして、逃げることもできず、そのまま固まった。
レイエスは、そんな三人を気遣うように振り返ると、優しい声で言った。
「心配ない。そのまま、私についてきてくれ。」
レイエスは、三人を先導して玉座の前に進むと、片膝をついて深々と頭を下げた。
「父上、ただいま戻りました。」
「うむ、よく戻った、レイエス。」
国王は穏やかに頷くと、その視線を三人の子供たちへと向けた。
「そなたたちが、アズール港の危機を救い、この国に多大な功績をもたらした者たちか。」
国王の優しい声に、三人はますます緊張でさらに固まってしまった。
「ああ、なんて可愛らしい子供たちだ。特にそこの女の子は、まるで天使のようだね!」
国王は、キスティーを指差して、にこやかに微笑んだ。その言葉に、キスティーは顔を真っ赤にして、アリシアの後ろに隠れてしまった。
「おほんっ!」
騎士団長が、再び咳払いをして、三人に礼をするよう促す。しかし、三人はどうしていいか分からず、ただ固まるばかりだ。
その様子を、トビアは冷たい笑みを浮かべて見つめている。
(ふ、野蛮な田舎者が、王の前に出て、一体何ができるというのだ…)
トビアは、心の中でレイエスを嘲笑した。この三人が、王家の威厳を傷つけるような真似をすれば、レイエスの立場は地に落ちる。トビアは、その瞬間を待ち望んでいた。
国王は、そんな三人の様子を見て、少しも不機嫌になることなく、楽しそうに笑った。
「おやおや、挨拶の仕方が分からないようだね。大丈夫、無理をする必要はない。私の前にひざまずくことなど、君たちにはまだ早いだろう。」
国王はそう言って、三人を気遣った。国王は子供好きなのだ。
「レイエス。彼らに、そなたが話してくれた力について、見せてもらうことはできるか?」
国王の言葉に、レイエスは三人に視線を送る。
(まさか…ここで、あの力を…?)
アリシアは、その言葉に困惑した。ここがどんな場所か、彼女は理解している。
(え?ここで何しろと言うの…?)
三人の顔から、一気に血の気が引いていった。彼らの新たな「遊び」は、今、王国の中心で始まろうとしていた。




