第44話 ついちゃった…
宿の玄関先まで出ると、そこには昨日のものよりもさらに豪華な馬車が止まっていた。車体には金色の装飾が施され、窓ガラスは磨き上げられてキラキラと輝いている。馬車の前には、騎士団長が心労で顔色をさらに悪くさせながら、馬の横で待機していた。
三人はその馬車を前に、思わず立ちすくんだ。
「うわぁ!また違う馬車だ!すごーい!」
キスティーは、昨夜までの不安などどこへ行ったのか、目を輝かせて馬車に駆け寄った。馬車に乗り込むための小さな階段を、ぴょんぴょんと飛び跳ねるように駆け上がっていく。
「おい、待てって、キスティー!」
ギルもその興奮に釣られ、キスティーに続いて馬車に乗り込んだ。
「もう…本当に、懲りないんだから…」
アリシアは呆れたようにため息をつきながらも、二人に遅れてゆっくりと馬車に乗り込んだ。彼女の心には、昨夜からの不安がまだ燻っている。
三人が乗り込むと、レイエスも優雅な動作で馬車に乗り込み、向かいの席に腰を下ろした。
「さあ、出発だ。」
レイエスが短く命じると、御者は手綱を握り直し、馬車は静かに動き出した。
馬車が動き出すと、キスティーはさっそく窓に顔をくっつけ、王都の街並みを眺め始めた。
「ねーねー、王子様!今日の朝ごはんも美味しかったよ!昨日壊しちゃった壁のことは、怒られないの?」
屈託のないキスティーの質問に、レイエスは微笑んだ。
「ああ、もちろん。君たちがそんなことをするはずがないだろう。」
その言葉に、アリシアはぎょっとして、ギルは顔を引きつらせた。
「そ、そんな…!だって…」
アリシアが慌てて否定しようとすると、レイエスは穏やかに言葉を続けた。
「私が戻った後、宿の支配人から報告を受けた。どうやら、壁の老朽化によるものだったそうだ。ちょうど修理の予定が入っていたらしい。」
「え…?」
三人は顔を見合わせて、信じられないといった表情を浮かべた。壁の老朽化?自分たちが開けた穴が?
(そんなわけ…)
アリシアはそう思ったが、レイエスの言葉には嘘をついている様子はなかった。彼は、あくまでも真剣な顔でそう語っている。
「それに、壁に開いた穴から、これまで見つかっていなかった隙間風の原因が特定できたそうだ。君たちのおかげで、宿はより快適になったと、支配人は感謝していたよ。」
レイエスはそう言って、にこやかに微笑んだ。三人は、その言葉にただ茫然と立ち尽くすしかなかった。
「…まじかよ…」
ギルが震える声で呟くと、キスティーは声を上げて笑った。
「あはは!よかったー!」
(本当に、この王子様は…何を考えているのかしら…?)
アリシアは、レイエスが自分たちを咎めるどころか、まるでこの出来事を都合の良い話に仕立て上げていることに、得体の知れない恐ろしさを感じていた。
馬車は、王都の賑やかな大通りを抜け、静かな官庁街へと入っていく。三人は窓の外の景色がどんどん変わっていくことに、再び目を輝かせ始めた。
「わあ…!すごく立派な建物ばっかりだね!」
キスティーが感嘆の声を上げる。並んでいる建物はどれも重厚な石造りで、窓にはステンドグラスがはめ込まれているものもある。
「ここが、この国の中枢だ。ここにいる人々が、この国の法律を作り、未来を決めるのだ。」
レイエスがそう説明すると、アリシアは真剣な顔で窓の外を見つめた。
「すごい…本当に…たくさんの人が、この国を支えているのね…」
アリシアは、この街の美しさ、そしてその裏にある人々の営みに、改めて心を打たれていた。
一方、ギルは、そんな真面目な話には全く興味がないようで、別のものに夢中になっていた。
「おい、あれ見ろよ!」
ギルが指差す先には、数人の騎士が隊列を組んで歩いている。彼らが身につけているのは、銀色に輝く精巧な鎧だ。
「あれ、すげえな!俺の親父でも作れねえぞ!」
ギルは興奮したように目を輝かせた。レイエスは、そんなギルを見て、小さく笑った。
「彼らは、王都の守護を担う王城近衛騎士団だ。国の精鋭たちが集められている。」
「へえ…強そうだな…俺、あいつらと力比べしてぇ!」
ギルはそう言って、力こぶを作った。
「ふむ…機会があれば、是非とも試してみるといい。」
レイエスは意味深な笑みを浮かべた。その言葉に、ギルはにやりと笑い、アリシアは嫌な予感を覚えて眉をひそめた。
馬車は、いよいよ王城へと続く大通りに入った。その道は、これまで通ってきたどの道よりも広く、清掃が行き届いている。道の両側には、色とりどりの花が咲き誇り、まるで王城への道筋を祝福しているかのようだった。
そして、三人の目の前に、ついに王城が姿を現した。
「…うわぁ…!」
三人は、言葉を失った。
王城は、白く輝く大理石で造られており、いくつもの塔が天に向かってそびえ立っている。黄金色の屋根は太陽の光を反射して眩いばかりに輝き、城壁には精巧な彫刻が施されている。その姿は、まるで天から降りてきた城のようだ。
「本当に…お城だ…」
キスティーが呆然と呟いた。
「おい…あれ…」
ギルが、震える声で指をさす。城門の上には、巨大な騎士の像が両側に立っている。その像は、威厳に満ちた表情で、王城を見守っているかのようだ。
「あれが、我が国の礎を築いた初代国王陛下と、その側近の像だ。」
レイエスがそう説明すると、三人はただただ、その威容に圧倒されていた。
馬車は、静かに城門をくぐり、王城の中へと入っていく。
「ふ…」
レイエスは、満足そうに笑みをこぼした。彼の「遊び」は、ついにこの国の中心へとたどり着いたのだ。
その頃、馬車のすぐ横で馬を走らせている騎士団長は、疲労困憊の表情で城門を見上げていた。彼の顔色は、常に蒼白だった。
(ついに…着いてしまった…)
彼の脳裏には、今日の朝、宿の支配人から聞いた「壁の老朽化」という言葉が蘇っていた。
(あの穴が…老朽化…?そんなわけがあるか!レイエス殿下、何を根回しされたのだ…!)
騎士団長は、ただの「遠足」が、二頭の凶悪な魔獣を倒したことを、未だに受け入れられずにいた。
(王城だぞ…?王城で、もし彼らが何かをすれば…!)
騎士団長は、自分の首どころか、この国の存亡が危機に瀕するのではないか、という途方もない不安に襲われた。
(まさか…国王陛下の御前で、何か…?いや、そんなことはありえない…はずだ…!)
騎士団長は、必死に自分に言い聞かせる。しかし、彼らが起こしてきた奇跡のような出来事を思い出すと、その可能性を完全に否定することはできなかった。
彼の心労は、まだまだ終わりそうになかった。




