第43話 お城へ…
翌朝、柔らかな朝日が窓から差し込み、アリシアの顔を優しく照らした。
鳥のさえずりと、遠くから聞こえる教会の鐘の音に、アリシアはゆっくりと目を覚ました。隣を見ると、キスティーがアリシアの腕を枕にして、幸せそうな寝息を立てている。口元には、昨夜の夕食の夢でも見ているのか、少しよだれが垂れていた。
アリシアは、そんな無防備な寝顔に微笑むと、ベッドサイドに置いているハンカチをそっとを取り、優しく口元を拭いてやった。
「もう、寝相が悪いんだから…」
小声でそう呟き、キスティーを起こさないように静かにベッドから抜け出した。
アリシアは窓辺まで行くと、重厚なカーテンをそっと開けた。
その瞬間、目の前に広がる光景に、アリシアは思わず息をのんだ。朝の光を浴びた王都の街並みが、宝石のようにきらきらと輝いている。遠くに見える王城は、朝日を浴びて神々しいほどに荘厳な姿を見せていた。
街路には、早朝からパンを売る店員の声や、商品を積んだ荷馬車の車輪の音、そして市場の活気あふれるざわめきが響いている。焼き立てのパンの香ばしい匂いが、風に乗って部屋まで届き、アリシアの鼻をくすぐった。
アリシアは、ただその光景をじっと見つめていた。故郷のコレットとは全く違う、この活気に満ちた、壮大な街。ここが、レイエス王子が言う「この国の未来」なのだろうか。
「…綺麗…」
アリシアは、胸いっぱいに感動を抱きながら、静かにそう呟いた。この旅が、自分たちに何をもたらすのか。まだ何も分からない。しかし、この街の美しさ、そしてそこに暮らす人々の営みが、アリシアの心に、小さな希望の光を灯したのだった。
しばらくの間、朝の王都の景色を堪能していたアリシアは、やがてベッドに戻り、まだぐっすりと眠っているキスティーを起こすことにした。
「キスティー、起きて。もう朝よ。」
アリシアが優しく肩を揺らすが、キスティーは「んーん…」と小さくうめくだけで、起きる気配がない。
「もう…朝ごはんの時間になってしまうわ。早く起きないと…」
「んー…まって…まだ食べてる途中なの…」
キスティーは寝言でそう呟き、さらにベッドの奥へと潜り込んでしまった。
「もう…仕方ないわね…」
アリシアは呆れたようにため息をつくと、いつものようにキスティーのパジャマの襟元を掴んだ。
「ひゃっ!」
突然の衝撃に、キスティーは悲鳴を上げて飛び起きた。アリシアに引きずり出され、ベッドから床に転がり落ちてしまったのだ。
「もう!アリシアったら乱暴だよ!」
キスティーは、床に座り込んだまま口を尖らせて、ぶつぶつと文句を言う。
「いつまでも寝ているあなたが悪いのよ。早く着替えないと、ギルが一人で朝ごはんを食べに行ってしまうわよ。」
アリシアがそう言うと、キスティーは
「えー!ずるいー!」
と叫び、慌てて立ち上がった。
二人の賑やかな声は、王都で迎える初めての朝を、明るく彩っていた。
ベッドから引きずり出されたキスティーは、ふかふかの絨毯の上に座り込んだまま、ぶつぶつと文句を言っている。
「もう…アリシアったら、乱暴なんだもん…」
「早く着替えなさい。でないと本当に置いていくわよ。」
アリシアがそう言うと、キスティーは不貞腐れた顔でゆっくりと立ち上がり、用意された服を手に取った。しかし、初めて見る王都の子供服は、ボタンや紐が複雑で、キスティー一人ではなかなか着ることができない。
「うーん…このボタン、どうやるの…?」
キスティーが困った顔で服を見つめていると、アリシアは呆れたように笑い、キスティーのそばにしゃがみ込んだ。
「仕方ないわね。ほら、貸しなさい。」
アリシアは慣れた手つきで、キスティーの服を着せていく。複雑なボタンを留め、リボンを結び、あっという間に着替えは終わった。
「わあ!アリシア、すごい!」
「はい、おしまい。もう、あなたは本当に手がかかるんだから。」
アリシアはそう言いながら、キスティーの髪を優しく整えてやった。
二人が食事室に着くと、ギルはすでに席についていた。テーブルの上には、焼きたてのパンや、色とりどりのフルーツ、温かいミルク、そして見たこともない形の卵料理が並んでいる。
「遅いぞ、お前ら!」
ギルは、大きなパンを一口食べながら、口の周りに粉をつけ、二人をからかった。
「だってなかなか洋服が着られなかったんだもん!」
キスティーは口を尖らせて反論する。アリシアは、そんな二人を見て、やれやれと肩をすくめた。
「はいはい、キスティー、早く席について。」
アリシアがキスティーに呼びかけ、席に着くと、ギルはにやりと笑って言った。
「お前が寝坊したのが悪いんだろ、キスティー。」
「なっ…!」
キスティーが怒り出す前に、アリシアはパンをキスティーの皿に乗せてやった。
「さあ、いただきます。冷めないうちに食べましょう。」
「「「いただきます!」」」
アリシアの言葉に、一斉に声をそろえて言い、豪華な朝食を食べ始めた。
「んー!このパン、すごく甘くて美味しいー!」
「フルーツも野菜も、コレットの街で見たことないやつばっかりだぜ!」
「この卵、どうやって焼いているのかしら…」
三人は、目を輝かせながら、それぞれの料理を楽しんだ。彼らの賑やかな声と、幸せそうな笑顔は、王都での二日目の朝を、明るく彩っていた。
豪華な朝食を終えた三人は、食事室から部屋へと戻った。
アリシアとキスティーは、朝、アリシアが着せてあげたフリルとレースがあしらわれた、淡い色のワンピースを2人とも身につけて、ギルは、少し大きめの、しかし上質な生地でできた、青いジャケットとズボンを身につけていた。いずれも彼らが今まで着たことのない正装だ。
部屋で食事の余韻に浸っていると、控えめなノックの音が響いた。扉が開くと、そこには昨日と同じく、騎士団長と従者を引き連れたレイエスが立っていた。
「おはよう、みんな。朝食は美味しかったか?」
レイエスは、優しい声で尋ねた。
「はい!すごく美味しかったです!」
キスティーが元気いっぱいに返事をすると、レイエスは満足そうに微笑んだ。
「それは良かった。さあ、そろそろ行こうか。」
レイエスの言葉に、三人の顔から笑顔が消え、緊張した表情に変わった。
「…本当に、行くんだよな…」
ギルが、ごくりと唾を飲み込んで呟く。
「ええ。私たちは、国王陛下に招かれたのだから。」
アリシアも、どこか緊張した面持ちで答えた。
「怒られないかな…?」
キスティーが、不安そうにアリシアの袖をぎゅっと握る。
「大丈夫よ。きっと…」
アリシアはそう言いながらも、その声は少し震えていた。三人は顔を見合わせ、不安げな表情を浮かべる。昨夜の壁の穴のことが、まだ頭から離れないようだった。
「あの…実は…」
アリシアが気まずそうに、壁穴事件を伝えようとしたとき、レイエスは、そんな三人の様子を察したのか、言葉を聞く前に安心させようとした。
「心配ない。何も問題はなかったと聞いている。」
しかし、その言葉が、かえって三人の不安を煽ってしまう。
(何を…何を聞いているっていうのよ…?)
アリシアは、心の中で再びその疑問を繰り返した。
レイエスは、三人の緊張した面持ちを見て、静かに微笑むと、先を歩き始めた。
「さあ、行こう。国王陛下がお待ちだ。」
三人は、まるで未知の冒険に挑むかのように、緊張と不安を胸に、レイエスの後を追って歩き出した。王都の二日目が、今、始まろうとしていた。




