第42話 不安だよ…
豪華な夕食を心ゆくまで堪能した三人は、満腹のままそれぞれの部屋へと戻った。
部屋に戻ったアリシアとキスティーは、部屋の奥にある扉を見て再び目を丸くした。そこには、大理石でできた、見たこともないほど大きなお風呂があった。きらびやかな蛇口からは、温かい湯がとうとうと流れ込んでいる。
「わー!すごい!おっきいお風呂!」
キスティーは、はしゃいで服を脱ぎ始めた。アリシアも微笑みながら、ゆっくりと支度を整える。
二人は湯船に浸かり、全身を温かい湯に包まれた。バラの香りがふわりと立ち込め、一日の疲れがゆっくりと溶けていくようだ。
「気持ちいいね、アリシア。」
キスティーが湯船の中で、足をパシャパシャと揺らしながら言う。
「ええ、本当に。こんなに大きくて、綺麗なお風呂は初めてだわ。」
アリシアはそう言いながら、湯船の縁に頭をもたれかけた。
しばらくの静寂の後、キスティーが不安そうな声で尋ねた。
「ねえ、アリシア。明日、本当にお城に行くんだよね…?」
「ええ。そうよ。でも、どうしたの?」
「やっぱり、私たちが壁を壊したこと、怒られるかなぁ…?」
キスティーの言葉に、アリシアは表情を曇らせた。
「…そうね。あの後、支配人さんは大丈夫って言ってくれたけど…本当にそうかしら。王族の宿の壁を壊したんだもの。普通なら、ただじゃ済まないわよね…」
アリシアは、今日の出来事を思い出して、不安が胸の中に広がっていくのを感じていた。
「もし、お説教されたらどうしよう…いっぱい怒られちゃうのかな…」
キスティーは、両手で顔を覆い、想像して怯えた。
「もしかしたら…捕まっちゃう、とか…?」
「ひゃあああああ!」
アリシアが呟くと、キスティーは悲鳴を上げた。
「やだやだ!わたし捕まりたくない!美味しいお菓子も食べられなくなっちゃう!」
「もう…捕まったりしないわよ、きっと…」
そう言ってはみたものの、アリシア自身も自信はなかった。レイエス王子の真意が掴めないことが、一番の不安だった。
二人は湯船に浸かりながら、明日のことについて、ひそひそと話し続けた。豪華で温かい湯船の心地よさとは裏腹に、二人の心の中には、お城での「お説教」や「お仕置き」という、暗い影がちらついていた。
温かいお湯から上がり、アリシアは自分の体を拭くと、続いて湯船の縁に座り込んでいるキスティーの体を、優しく拭いてやり始めた。
「もう、湯冷めするわよ。早く出なさいって言ったでしょう。」
「だって、気持ちよかったんだもん…アリシア、ありがとう。」
キスティーは、アリシアに体を拭かれながら、心地よさそうに微笑んだ。
用意されていたふかふかのパジャマに着替えると、二人は部屋の中央にあるベッドへと向かった。キスティーは、アリシアが止める間もなく、勢いよくベッドにダイブした。
「わーい!ふわっふわー!」
「もう、キスティーったら。せっかく綺麗にしたのに、また髪ぐちゃぐちゃになっちゃうじゃない。」
アリシアはそう言って、優しくキスティーをたしなめたが、その表情はどこか嬉しそうだ。アリシアも自分のベッドへ向かおうとした、その時。
「ねえ、アリシア。このベッド、すごく大きいね。」
キスティーは、満面の笑みでアリシアを見つめて言った。
「アリシアも一緒に寝よっか!」
アリシアは少し考えた後、ふっと微笑んだ。
「もう、仕方ないわね…」
そう言って、アリシアはキスティーのいるベッドにもぐり込んだ。大きなベッドは、二人で寝てもまだ余裕がある。
「へへ!アリシア、ありがと!」
キスティーはアリシアに抱きつき、幸せそうに笑った。
その時、壁の向こうから、ドンドンと壁を叩く音が聞こえてきた。
「キスティー!アリシア!聞こえるかー!」
ギルの声だ。
「聞こえるよー!ギル!」
キスティーが大きな声で返事をした。
「おやすみー!二人とも!」
「おやすみ、ギル!」
アリシアも返事をすると、ギルの声は聞こえなくなった。静かになった部屋で、アリシアはキスティーの髪を優しく撫でた。
「おやすみ、キスティー。明日はきっと、大丈夫よ。」
「うん…おやすみ、アリシア。」
二人は、不安と期待が入り混じった気持ちを抱えながら、王都での初めての夜を、温かいベッドの中で静かに迎えた。




