第41話 伺ってるって…何を?
廊下の壁に大きな穴を開けてしまった三人。その場に立ち尽くし、青ざめた顔で固まっていると、背後から複数の足音が近づいてきた。
「何か、物音がしましたが…?」
声をかけてきたのは、宿の支配人らしき、恰幅の良い中年男性だった。その隣には、数人の宿のスタッフも控えている。三人は、ついに見つかってしまったと悟り、顔を青ざめさせた。
「あ…あの…ごめんなさい…!」
キスティーが今にも泣きそうな声で謝る。
「わ、わざとじゃねえんだ!ほんの、ほんの少し力が…!」
ギルも、顔を真っ赤にして弁解する。
「本当に…大変申し訳ございません…!」
アリシアも、深々と頭を下げた。
支配人は、壁に開いた大きな穴と、その前で必死に謝る子どもたちを交互に見る。そして、ふっと笑みをこぼした。
「ああ、大丈夫ですよ、お客様方。お気になさらないでください。」
支配人の意外な言葉に、三人は顔を見合わせて首を傾げた。
「え…?大丈夫…ですか…?」
キスティーが恐る恐る尋ねる。
「はい、もちろんでございます。これくらいのことは、よくあることでして…」
支配人はそう言って、にこやかに笑う。しかし、壁に開いた穴は、どう見ても「よくあること」とは思えない大きさだった。三人は、狐につままれたような顔をしている。
「レイエス様より、事前に伺っておりますので。」
支配人がそう付け加えると、三人は再び顔を見合わせた。
(え…?何を…?)
三人の心の中には、同じ疑問が浮かんでいた。レイエス王子は、いったい何をこの支配人に話していたのだろうか。宿の壁を壊すかもしれない、とでも言っていたのだろうか。
「何か、ご不便はございませんか?夕食の準備も整っておりますので、ごゆっくりとお召し上がりください。」
支配人はそう言うと、三人を食事室へと促した。三人は、腑に落ちない気持ちを抱えながらも、ひとまずは事なきを得たことに安堵し、食事室へと向かった。
「何を…何を伺っているっていうのよ…?」
アリシアは不安な表情を浮かべながら、隣を歩くギルに小声で尋ねる。
「さあな…でも、怒られなかったんだから、いっか!」
ギルは、いつものように楽観的だ。
「うん!お腹空いたね!」
キスティーも、すでに壁の穴のことなど忘れて、夕食のことで頭がいっぱいだった。
三人の新たな旅は、王城にたどり着く前から、すでに波乱に満ちていた。
支配人に案内された三人は、豪華な調度品で飾られた廊下を進み、やがて大きな扉の前に立った。扉が開くと、そこには息をのむほど壮麗な食事室が広がっていた。
天井からはきらびやかなシャンデリアが下がり、壁には見事なタペストリーがかけられている。部屋の中央には、見たこともないほど長いテーブルが置かれ、その上には所狭しと豪華な料理が並んでいた。
「わあ…!」
「うわあああ!」
「すっげえ…!」
三人は、その光景に感嘆の声を上げた。テーブルには、食欲をそそる香りを漂わせる料理の数々が並んでいる。黄金色に焼かれた大きな鳥の丸焼き、色鮮やかな野菜が添えられた魚のグリル、赤ワインソースがたっぷりかかった柔らかな牛肉のステーキ。そして、三人の視線を釘付けにしたのは、テーブルの端に並べられたデザートの山だった。
何層にも重ねられた甘い香りのクリームケーキ、フルーツが宝石のように飾られたタルト、ガラスの器に入ったひんやりとしたゼリー、そして、見たこともない形をしたチョコレート菓子。それらはまるで、おとぎ話に登場するご馳走のようだった。
「わー!ケーキだ!いっぱいあるー!」
キスティーは目をキラキラさせ、まるで獲物を見つけたかのように、一番近くの席に駆け寄って座った。ギルとアリシアも、呆れたように笑いながら、それぞれの席に着く。
宿のスタッフが、「どうぞごゆっくり」と声をかけると、三人は待ちきれないとばかりに、
「「「いただきます!」」」
と、声をそろえて言った。
「まずは、やっぱりこれだ!」
ギルは、大きな鳥の丸焼きに勢いよく手を伸ばし、豪快にかぶりついた。
「んんん!うめえ!お昼の肉も美味かったけど、こっちも負けてねえぜ!」
「もう、ギル!お昼の肉とは、全く別物じゃない!」
アリシアはそう言いながらも、魚のグリルを一口食べ、その繊細な味に目を丸くした。
「本当に…美味しいわ。この味付け…食べたことがないわ。」
キスティーは、すでに一番大きなチョコレートケーキを皿に取り、大きな口を開けて頬張っている。
「んー!美味しいー!甘いー!」
彼女は、口の周りをクリームだらけにしながら、幸せそうに微笑んだ。
三人は、それぞれのペースで豪華な料理を食べ進めていく。コレットの町では決して味わうことのできない、見たこともない料理の数々に、彼らは終始興奮しっぱなしだった。デザートの山を前に、次はどれを食べようかと相談するキスティーとギルを、アリシアは穏やかな笑顔で見守っていた。
彼らにとって、この夜は、ただの豪華な食事ではなく、遠足の思い出に残る、特別なご馳走となった。




