第40話 これ…やばい?
馬車は、王都の賑やかな通りを抜け、やがて荘厳な建物が立ち並ぶ一角でゆっくりと止まった。
「さあ、着いたぞ。」
レイエスがそう声をかけると、三人は弾かれたように馬車を降りた。彼らの目の前に立ちはだかるのは、城壁に引けを取らないほど壮麗な石造りの建物だった。白く輝く壁には精緻な彫刻が施され、高くそびえる塔の先端は夕日に照らされて金色にきらめいている。
「わあ…!すごーい!宮殿みたい!」
キスティーは、建物のあまりの美しさに目を丸くした。
「本当に…すごい装飾だわ。こんなに美しい建築物は見たことがないわ。」
アリシアも感嘆の声を漏らす。窓枠一つとっても、繊細な模様が彫られており、芸術品のようだ。
「でけーな、おい!これ、ほんとに俺たち泊まんのか!?」
ギルは、建物の巨大さに圧倒され、思わず大声を出した。
そこは、王族が賓客をもてなすための特別な宿だった。レイエスは、そんな三人の様子を微笑ましく見つめ、静かに言葉を続けた。
「今日は、ここでゆっくり休みなさい。美味しい夕食を用意させている。明日の朝、また迎えに来る。王城へは明日だ。」
レイエスの言葉に、三人は一斉に彼の方を向き直り、元気に返事をした。
「ありがとうございます!」
「やったー!美味しいご飯だー!」
「おう!明日楽しみにしてるぜ!」
宿のスタッフが恭しく三人を迎え入れ、豪華な内装が施された部屋へと案内していく。三人の楽しそうな声は、廊下の奥へと響いていった。
その様子を、横で見守っていた騎士団長は、不安いっぱいな顔で馬の首を撫でていた。
(明日…王城へ…)
彼の脳裏には、三人が王城で何をしでかすかという、最悪のシナリオが次々と浮かんでくる。王国の中心で、彼らの規格外の力が暴発すれば、取り返しのつかない事態になるかもしれない。
(この子たちを王城に連れていくなんて…正気の沙汰ではない…)
騎士団長は、明日への不安に押しつぶされそうになりながら、深々とため息をついた。彼の心労は、まだまだ続きそうだった。
宿のスタッフに案内され、キスティーとアリシアは一つの部屋に、ギルはその隣の部屋へと通された。
部屋の扉が開いた瞬間、二人は思わず息をのんだ。床にはふかふかの絨毯が敷き詰められ、壁には美しい絵画が飾られている。大きな窓からは王都の夜景が一望でき、部屋の中央には、見たこともないほど大きなベッドが二つ並んでいた。
「わあ…!すごい!お姫様のお部屋みたい!」
キスティーは目を輝かせ、くるくると部屋の中を回り始める。
「見てアリシア!このベッド、お菓子みたいにふわふわだよ!」
そう言うと、キスティーは勢いよくベッドに飛び込んだ。予想以上の柔らかさに、キスティーの体はベッドの中にすっぽりと埋もれてしまった。
「もう、キスティーったら。はしゃぎすぎよ。」
アリシアは呆れ顔で、そんなキスティーの様子を眺めている。しかし、アリシアもまた、部屋の豪華さに心を弾ませていた。
「でも、本当にすごいわね。こんなに広い部屋、私のお家よりもずっと広いわ。」
アリシアはそう呟きながら、窓の外の夜景を眺めていた。
その時、壁の向こうからドンドンと大きな音が響いてきた。
「おい!聞こえるか、キスティー!アリシア!」
ギルの声だ。どうやら、隣の部屋から壁を叩いているらしい。
「聞こえるよー!ギルのお部屋もすごかったー?」
キスティーがベッドの中から叫ぶと、ギルも負けじと大きな声で返事をした。
「おう!すっげえでかいベッドが一個あったぜ!一人で寝るにはもったいねえな!」
「一人で寝るの、ギルは寂しくないのかしら…」
アリシアは微笑みながら、そんなギルに話しかけた。
「ばーか!寂しくねえよ!でも、なんか隣の部屋の音が聞こえすぎるな…これ、壁薄いんじゃねえか?」
ギルの言葉に、キスティーとアリシアは顔を見合わせ、楽しそうに笑った。
「それって、内緒話とか全部聞こえちゃうってこと!?」
「うふふ、そうみたいね。」
「よーし!じゃあ、お前たちの内緒話が他に聞こえないように、俺が変な音出してやるぜ!」
「やだー!そんなことしたら、怒られちゃうよ!」
三人の楽しそうな声と笑い声が、豪華な賓客用の宿に響き渡っていた。彼らにとって、この非日常の豪華な体験は、すべてが新しい「遊び」の始まりのように感じられた。
三人が豪華な部屋で騒いでいると、控えめなノックの音が響いた。
「お客様、夕食の準備が整いました。食事室にご案内いたします。」
宿のスタッフが恭しく扉を開け、そう告げた。その言葉を聞いた瞬間、キスティーの目がキラキラと輝く。
「わーい!ご飯だー!」
キスティーは、ベッドから飛び降りると、アリシアに振り返ってニカッと笑った。
廊下に出ると、隣からギルも出てきた。
「ねーねー、ギル!食事室まで競争しよっ!」
「おう、望むところだ!お前なんかに負けるかよ!」
ギルも、お腹を空かせていたのか、すぐにその誘いに乗った。アリシアは、そんな二人の様子に、やれやれと肩をすくめる。
「もう、二人とも。ご飯は逃げないわよ。」
アリシアが呆れたように言うのも聞かず、二人は同時に部屋を飛び出した。廊下を走り出すギルの背中を追いかけながら、キスティーは、ふとピクニックの時のことを思い出した。アリシアが自分にかけてくれた、風の魔法。
「えいっ!」
自分の足を速くして、ギルを驚かせてやろう。そう思ったキスティーは、人差し指を自分の足に向けて、魔法を放った。しかし、そこは制御が下手なキスティーだ。ほんの少しのつもりが、大量の魔力が、自分ではなく、少し前に走り出していたギルの足に流れ込んでしまった。
「わ、わ、わ、わ、なんだ!?」
ギルの足が、予想もしない速さで加速する。彼の体は前につんのめるようにして、廊下を猛スピードで突き進んでいった。
「ぎゃあああああ!」
ギルは、止まることができずに悲鳴を上げる。そして、廊下の突き当たりにある壁に、勢いよく激突した。
ドォォォンッ!
鈍い音と共に、壁にギルの体の形をした大きな穴が開いた。ギルは、突っ込んだまま、ピクリとも動かない。
「あはは!ギル、すごい!壁に突っ込んでるー!」
キスティーは、お腹を抱えて笑い転げた。
「てめえ!何しやがるんだ、キスティー!」
ギルが、壁の中から顔だけを出し、怒りの形相で叫んだ。
「ごめんってば!自分にかけようとしただけなのに!」
キスティーは口を尖らせて言った。
「自分にかけようとしたら、俺にかかるわけねえだろ!」
二人がいつものように言い争いを始めると、少し遅れて部屋から出てきたアリシアは、その光景に目を見開いた。
「ギル!?キスティー!?一体、何があったの!?」
アリシアが駆け寄ってくると、ギルは壁から体を抜き出し、埃を払いながら怒りを露わにする。
「こいつが変な魔法を俺にかけて、壁にぶつかっちまったんだ!」
「違うもん!わざとじゃないもん!」
「いい加減にしなさい。」
アリシアが二人の間に割って入り、いつものように冷静になだめた。
「もう、二人とも。いい加減にしなさい。せっかくの夕食が台無しになるわよ。」
アリシアの言葉に、二人は不満そうに口を尖らせる。その時、ギルがふと、壁に開いた穴を見て、息をのんだ。
「…おい、これ、やばいんじゃないか…?」
ギルの言葉に、二人の視線が壁の穴に注がれる。彼らは、宿のスタッフが駆けつけてくる前に、頭を寄せ合ってこそこそと話し始めた。
「どうしよう、アリシア…これ、弁償とか…?」
「王族の宿だから、王子様に言えばきっと大丈夫よ…って、そんなわけないわよね…」
「俺、知らないふりするぜ!」
「あなたがやったことは丸わかりよ!」
三人のひそひそ話が続く中、背後から複数の足音が近づいてくる。彼らの新たな「遊び」は、早速大きなトラブルを巻き起こしてしまったようだった。




