第38話 父上、待って…
昼食を終えた一行は、再び馬車に乗り込んだ。子どもたちはお腹いっぱいに魔獣の肉を食べ、満足そうな顔で眠りについた。キスティーはアリシアの肩にもたれかかり、ギルは窓に頭を預けて静かな寝息を立てている。
レイエスは、そんな子どもたちの無邪気な寝顔を見つめながら、今日の出来事を頭の中で反芻していた。
(何なんだ…一体、何が起きているんだ…?)
彼の頭の中は混沌としていた。一個師団でも太刀打ちできない凶悪な魔獣が、ただの「鬼ごっこ」や「ゲーム」という子どもの遊びによって討伐された。しかも、その肉は、王都のどの料理よりも美味かった。
(彼らの力は、もはや魔法や剣術という枠組みでは測れない…いや、彼ら自身が、その力の規格外さを理解していない…)
レイエスは、ギルが木の棒でヘルクローワイバーンの鉤爪を砕いた光景を思い出していた。ただの遊びに過ぎないはずの行動が、結果的に国の脅威を排除するという偉業を成し遂げている。
(彼らの力を、私の思惑通りに動かすことはできるだろう…しかし、その力はあまりにも予測不能だ…)
レイエスは、窓の外を流れる景色をぼんやりと見つめた。彼らの力は、良くも悪くも、世界を大きく変える可能性を秘めている。しかし、その力をコントロールすることは、不可能に近いのではないか。レイエスは、答えの出ない問いを胸に抱き、静かに目を閉じた。
彼らの持つ力は、果たしてこの国に繁栄をもたらす光となるのか、それともすべてを破壊する闇となるのか。レイエスには、まだその答えが見えなかった。
その頃、馬車のすぐ横を走る騎士団長は、心身ともに疲れ果てていた。顔色は土気色になり、もはや顔に浮かぶ表情は恐怖と諦めだけだ。
(ピクニックだと…?これが、ただのピクニック…?)
彼の脳裏には、ヘルクローワイバーンとゴールデンホーンワイルドボアが子どもたちの遊びによって討伐され、そしてあっという間に調理されていく光景が、まるで悪夢のように蘇っていた。
(魔獣だぞ…?あれは、この国の脅威だ…なぜ、みんなあれを平気な顔で疑いもなく食べられるんだ…?)
騎士団長は、未だに信じられない思いでいる。自分も美味い美味いと食べてしまったという事実が、さらに彼を混乱させていた。
(このまま、王都へ着いて、何も起こらない訳が無い…!)
彼は、馬車の中から聞こえてくる子どもたちの寝息に、ひどく怯えていた。子どもたちの無邪気な寝顔は、彼にとって平和の象徴ではなく、次なる混沌と破壊の予兆にしか思えなかった。
彼は、ひたすら無事を祈るしかなかった。この旅が、二度と戻らない平穏な日常を壊してしまうのではないかという、拭いきれない不安を抱えながら。
レイエスは子どもたちの寝顔を見つめながら、数週間前の出来事を思い出していた。
アズール港でのデスサイズオクトパス討伐後、レイエスは父である国王に呼び出された。国王は穏やかな笑みを浮かべ、レイエスの功績を称えた。
「よくやった、レイエス。アズール港の長年の懸案を解決した功績、見事であった。」
この機会を逃すまいと、レイエスは胸を張った。
「父上、ありがとうございます。しかし、この功績は私一人のものではございません。」
国王の表情が真剣なものに変わる。
「ほう?では、どうやって成し遂げたのだ?」
レイエスは、子どもたちとの出会い、そして彼らが持つ規格外の力について、国王にすべてを話した。
「彼らは…信じられないかもしれませんが、遊びの延長で、デスサイズオクトパスを討伐してしまいました。彼らの力は、私の想像を遥かに超えています。」
国王はレイエスの話を聞いて、いまだに信じられないといった表情を浮かべた。レイエスもまた、未だにその出来事が信じられないと付け加えた。
国王はしばらく沈黙した後、口を開いた。
「…にわかには信じがたい話だが、結果として国の危機が救われたのは事実。そのような功績を成した者を称えもしないとは国の恥だ。盛大な式典を開き、彼らの功績を国中に広めよう。」
その言葉に、レイエスは血の気が引くのを感じた。
「お待ちください、父上!」
レイエスは必死に国王を説得した。あの三人がもし盛大な式典に参加したら、何をしでかすか分からない。彼らの力が意図せず暴発すれば、国が大混乱に陥るかもしれない。レイエスは、子どもたちの無邪気さと、その力の恐ろしさを国王に切々と訴えた。国王は渋々、盛大な式典ではなく、王城でのささやかな食事会で済ませるというところで妥協した。
(この子たちを王都に連れていくのは、私の王位継承権を固めるためだけではない…)
レイエスは、改めて子どもたちの寝顔を見つめた。
(彼らの力を、正しく導くため…悪用されないため…そして、彼らの規格外の力が、この国に混乱をもたらさぬように…)
レイエスは、その使命感を胸に、静かに目を閉じた。彼らの新たな旅は、王都へと続いていく。




