第37話 お肉だもん!
キスティーが大きく手を振ってからしばらくすると、レイエスは意を決したようにゆっくりと歩き出した。騎士団長は、半ば引きずられるようにその後を追う。子どもたちのいるかまどのそばにたどり着くと、三人は満面の笑みで二人を迎えた。
「やったー!王子様たちも来たー!」
キスティーが飛び跳ねて喜んだ。
「おう、食うぞ!」
ギルも力強く頷く。アリシアは、持参した木の皿に、丁寧に焼きあがった肉を盛り付け、二人に差し出した。
「どうぞ!美味しそうにできましたよ。食べたことはないけど、きっと大丈夫だと思います。ふふ。」
アリシアは楽しそうに微笑んだ。その言葉に、騎士団長は引きつった顔でレイエスに視線を送る。
「殿下…『食べたことはないけど』、だそうですぞ…!」
レイエスは、騎士団長の小声には答えず、目の前の肉をじっと見つめる。ゴールデンホーンワイルドボアの肉だろうか、それともヘルクローワイバーンだろうか。判別はつかないが、いずれにせよ、つい先ほどまで生きていた魔獣の肉だ。
その間にも、子どもたちはもう我慢できないといった様子で、焼きあがったばかりの肉に手を伸ばそうとしている。キスティーはよだれを垂らし、目をキラキラと輝かせていた。
「もう、キスティー。はしたないわよ。」
アリシアはそう言って、いつものようにハンカチで彼女の口元をそっと拭いてやる。その一連の光景は、あまりにも日常的で、レイエスは自分が本当に魔獣が二頭も倒された場所にいるのか、わからなくなった。
「さあ、冷めないうちに食べましょう!」
アリシアが明るい声で言うと、ギルとキスティーは、
「「いただきまーす!」」
と元気よく叫び、豪快に肉にかぶりついた。
「んんんー!これ、すごく柔らかい!」
「すっげえ!この肉、今まで食ったどの肉より美味いぜ!」
二人は、目を丸くして、肉の美味しさに感動している。
その様子を見たアリシアも、自分の分の肉を一口食べて、小さく息を漏らした。
「本当に…美味しいわ。こんなに美味しいお肉、初めてよ。」
三人の無邪気な笑顔と、心底美味しそうに食べる姿に、レイエスはまたもや自分の常識が揺らぐのを感じた。
「……殿下。」
騎士団長が、恐る恐るレイエスに話しかける。
「いかがいたしましょうか…?」
「ふむ…彼らが、これほど美味しそうに食べているのだ。毒はないのだろう……」
レイエスは自分に言い聞かせるように呟き、意を決して肉を一切れ口に運んだ。騎士団長も、半ば諦めたようにそれに続いた。
次の瞬間、二人の顔に驚きと感動の色が浮かぶ。
「な、なんという…!」
「まさか…これほどの美味だとは…!」
彼らは言葉を失い、ただ目の前の肉に夢中になっていた。子どもたちの無邪気な「遊び」が、またしても大人たちの常識を覆したのだ。
夢中になって肉を頬張るレイエスと騎士団長を見て、アリシアは穏やかに微笑んだ。
「お口に合いましたか?」
その問いかけに、レイエスははっと我に返り、小さく頷いた。
「ああ…とんでもなく美味しい。こんなにも素晴らしい肉は、生まれて初めてだ。」
その言葉を聞き、アリシアは嬉しそうに目を細めた。その横で、キスティーが口いっぱいに頬張りながら声を上げる。
「美味しいー!王子様たちもそう思うでしょー!」
「もう、キスティー。食べながら話さないの。行儀が悪いわ。」
アリシアはそう言って、優しくキスティーをたしなめる。
「ごめんなさい…」
キスティーはもぐもぐと口の中のものを飲み込んでから、申し訳なさそうに口を尖らせて呟いた。
レイエスは、そんな微笑ましいやり取りを眺めながら、ふと疑問に思った。
「しかし…なぜだ?なぜこんなに美味しくなるんだ?そして…君たちは、この魔獣の肉が食べられると、どうして分かったんだ?」
その問いに、アリシア、ギル、キスティーの三人は顔を見合わせ、不思議そうな顔をした。
「え?だって…『イノシシ』と『鳥』ですよ?食べられないことはないですよね?」
アリシアはきょとんとした顔で答えた。
「当たり前だろ!狩りで獲った獲物は食うのが普通だろ!」
ギルは、肉を掲げながら得意げに言う。
「んーー?お肉だもん!お肉は食べられるよね?」
キスティーは、何の疑問も抱いていない様子で、そう答えた。
三人のあまりにも素朴で、根拠のない答えに、レイエスと騎士団長は絶句した。
(そうか…!)
レイエスは、ふと何かに気づいたように、小さく息を漏らした。彼らには「魔獣」という認識が薄いのだ。「凶悪な魔獣」ではなく、ただの「獣」。危険な存在としてではなく、ただの「イノシシ」と「鳥」として捉えている。だからこそ、何のためらいもなく、そして何の根拠もなく、目の前の肉を口にすることができたのだ。
レイエスは、その事実に驚愕し、そして改めて彼らの規格外な存在を突きつけられた。その隣で、騎士団長は美味しさに夢中で、無心に肉を頬張っている。
「……殿下、これはいけますぞ!この香ばしさ、そして噛み応え!絶妙な塩加減も相まって、もはや王宮の料理人も顔負けです!」
騎士団長は、心底感動した様子で、レイエスに語りかける。
しかし、その感動も束の間、騎士団長は、キスティーたちの会話を横で聞いて、根拠がないことを知り、青ざめた。彼の頭の中は、これから彼らがどんな「獲物」を「お肉」と称して捕獲するのか、という途方もない不安でいっぱいになっていた。




