第36話 鳥さんも!
ワイルドボアを失ったヘルクローワイバーンは、怒り狂ったように上空を旋回し、やがてその鋭い眼光をキスティーたちに向けた。
「グワァァァァァアアア!!」
威嚇の咆哮と共に、ヘルクローワイバーンは鋭い鉤爪をむき出し、地上へと急降下してきた。
「キスティー、うえ!」
アリシアが叫ぴ、彼女は冷静にキスティーに提案した。
「キスティー、あの鳥さん、キスティーが落としてみたらどうかしら?」
「ほんと!?やるやる!」
キスティーは目を輝かせ、木の棒を両手にしっかりと握り直した。
「よし!じゃあ俺が投げるぜ!」
「ぜったい落とすんだから!」
キスティーは張り切って言った。
ギルは力いっぱいカラーボールを投げた。キスティーは飛んでくるボールをしっかりと捉え、渾身の力で木の棒を振り抜いた。
「えいっ!」
クリーンヒット!ボールがヘルクローワイバーンに向かって飛んでいくその瞬間、キスティーはアリシアがするようにボールに魔法力を込めた。風の魔法で軌道を安定させ、土の魔法で少し硬くするつもりだったのだが……
「うわっ!?」
そこはキスティー、魔力制御がうまくいかない。意図とは裏腹に、多量の魔力がボールに流れ込んだ。カラーボールは瞬く間に膨張し、金剛石よりも硬い、巨大な球体へと変貌した。
そして、巨大化した球体は風魔法でスピードを上げ、ヘルクローワイバーンに寸分違わず直撃した。
「グギャアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
激しい衝突音と共に、ヘルクローワイバーンの体は跡形もなく四散し、無数の羽根や肉片となって空から雨のように降り注いだ。
「あ……お肉が……バラバラになっちゃった……」
キスティーは、空から降ってくる羽根を見上げ、悲しそうな声で呟いた。
「おい!何やってんだお前はー!」
ギルは、「肉」が跡形もなく消滅してしまったことに怒り心頭だ。
「もー!キスティーのバカー!」
アリシアも、ため息混じりに呆れた声を上げた。
「だってぇ!ちょっとだけ硬くしようと思っただけなのにー!私だって、あんな風になるなんて思わなかったもん!」
キスティーは、口を尖らせながら言い訳をする。いつものように、三人の間で楽しい言い合いが始まった。
一方、その光景を目撃したレイエス王子と騎士団長は、もはや驚愕という言葉では表現できないほどの衝撃を受けていた。
「い…一体…何が…」
騎士団長は、文字通り腰が抜け、地面にへたり込んでしまった。
レイエスは、空から降ってくるワイバーンの羽根を茫然と見上げていた。彼の脳裏には、「金剛石よりも硬い球体」という、信じられない言葉だけが繰り返し響いていた。彼らの力は、もはや彼の理解の範疇を超えて、完全に別次元へと突入していた。
ヘルクローワイバーンの肉片が空から降り注ぎ、辺り一面に散らばる中、子どもたちの言い争いは静かに終わった。
「…仕方ないわね。お肉はバラバラだけど、せっかくのイノシシさんがあるんだし、お昼ご飯にしましょう。」
アリシアはそう言うと、背負っていたリュックから、見慣れたマイ包丁をさっと取り出した。彼女の言葉に、ギルとキスティーも不満げな表情を引っ込め、素直に頷く。
「じゃあ、キスティー、ギル。食べられそうな大きさの鳥さんの肉、拾ってきてくれる?」
「はーい!」 「おう!」
二人は元気よく返事をすると、地面に落ちた「鳥さん」の肉片の中から、比較的大きくて綺麗なものを選んで集め始めた。食事のことになると、三人は驚くほどに協力的で、アリシアの指示には誰も逆らわない。
アリシアは、その間に「イノシシさん」の巨体の前に立つと、冷静な眼差しで獲物を見据えた。そして、迷いのない手つきで、華麗に解体を始めた。その手際は、以前ギガンティックマーリンを解体した時よりも、さらに熟練しているように見えた。
あっという間に、ワイルドボアの巨体は、食べやすい大きさに切り分けられ、綺麗な肉の塊へと変わっていく。
「ふぅ…これで、美味しいお昼ご飯ができるね。」
アリシアは満足げに微笑んだ。そこに、ギルとキスティーが「鳥さん」の肉片を抱え、駆け戻ってきた。子どもたちの無邪気な笑顔が、先ほどまでの激しい戦いの痕跡を、まるでなかったことのように上書きしていく。
遠くからその様子を見ていたレイエス王子と騎士団長は、ただ茫然と立ち尽くしていた。彼らにとって、それは二頭の凶悪な魔獣の討伐と、それによって生まれた凄惨な光景に他ならなかった。しかし、子どもたちにとっては、それはただの「お昼ご飯」の準備に過ぎないのだ。
レイエスの胸には、彼らの規格外の力をどう制御すべきかという、途方もない問いが、再び重くのしかかっていた。
ワイルドボアの解体が終わると、アリシアはテキパキと次の指示を出した。
「ギル、そこの石を使ってかまどを作ってくれる?」
「おう!任せろ!」
ギルは力こぶを作ると、すぐに周りの石を集め始めた。その怪力で、大きな石も軽々と持ち上げて、あっという間にかまどを作り上げた。
「キスティー、薪を集めてきて。」
「はーい!」
キスティーも元気よく返事をすると、森の近くに走り、枯れ枝をたくさん集めてきた。
鉄板がないことに気づいたアリシアは、周囲を見回し、地面に落ちていた「鳥さん」の砕けた鉤爪の破片を拾い上げた。薄く、平らなその破片を、彼女は魔力でさらに加工し、即席の鉄板として使うことにした。
かまどに薪をくべ、アリシアが用意した鉄板を乗せる。準備が整うと、アリシアはキスティーに声をかけた。
「キスティー、かまどに火を入れてくれる?」
「大丈夫かよ、やりすぎるなよ!」
ギルは、以前キスティーが火の魔法で自分を焦がしかけたことを思い出し、少し心配そうだ。
「大丈夫だよ!任せて!」
キスティーは自信満々に胸を張る。
しかし、次の瞬間、かまどから巨大な火柱がドーンと立ち上がった。キスティーは、ほんの少しの火を出すつもりが、魔力制御がうまくいかず、またしても大量の魔力を使ってしまったのだ。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ギルは、燃え盛る火柱に顔を青くして後ずさった。
「おまえなー!だから言ったろ!」
ギルは、呆れ顔でキスティーを怒鳴りつけた。
「ごめんってば!ほんのちょっとのつもりだったんだもん!」
キスティーは、笑いながら両手を合わせて謝る。
「はいはい、二人とも。喧嘩しないの。」
アリシアは、そんな二人の様子を微笑ましく見守りながら、手際よくワイルドボアの肉を鉄板の上に並べていく。肉は、熱せられた鉤爪の上でジューッと音を立て、食欲をそそる香りを漂わせた。
子どもたちの賑やかな声と、美味しそうな匂いが、草原いっぱいに広がっていく。その様子は、凶悪な魔獣が二頭も倒された場所とは思えないほど、平和で楽しそうだった。
美味しい肉の焼ける香りが草原いっぱいに広がる中、キスティーはかまどの前で満面の笑みを浮かべていた。
「できたよー!ご飯できたよー!」
キスティーは、手を大きく振ってレイエス王子たちに叫んだ。ギルはすでに肉の焼ける匂いに我慢ができず、早く食べたくてソワソワしている。アリシアは、持参した調味料で丁寧に味付けをしながら、「さあ、みんなで食べましょう」と穏やかに微笑んだ。
そんな子どもたちの様子を見ていた騎士団長は、顔色をさらに悪くさせ、レイエス王子に問いかけた。
「殿下…やはり食べるのですか…?」
騎士団長は、震える声でそう呟いた。彼の視線の先には、先ほどまで凶悪な魔獣だったゴールデンホーンワイルドボアと、ヘルクローワイバーンの肉が、美味しそうな匂いを立てて焼かれている。
「殿下…誰も食したことのない、未知の魔獣ですぞ…もし、今度こそ毒があったら…」
騎士団長は、恐怖で言葉を震わせた。しかし、レイエスは、ただ固まったまま動くことができない。彼の頭の中は、二頭の魔獣が「ゲーム」で倒され、「お昼ご飯」として調理されているという、あまりにも非現実的な状況で混乱していた。
(彼らは…本当に、これを食べるのか…?いや…当たり前だ…彼らにとっては、ただの獲物で…)
レイエスは、子どもたちの無邪気な笑顔と、目の前で焼かれている肉の香りのコントラストに、言葉を失っていた。




