第35話 肉ゲット!
ヘルクローワイバーンは、鋭い鉤爪でゴールデンホーンワイルドボアをしっかりと掴むと、大きく翼を広げた。重すぎる獲物のせいで、なかなか上空へは上がれないが、ワイバーンは必死に羽ばたき、徐々に地面から離れていく。
「なんだよー!俺の肉がー!」
ギルは、自分の獲物が空に運ばれていく様子を見て、悔しそうに叫んだ。
「あら、残念だったわね。もう少しでピクニックの食材になるところだったのに。」
アリシアも、少し残念そうな表情で空を見上げている。
その時、キスティーが何かに気づいたように、背負っていたリュックからゴソゴソと何かを取り出した。
「じゃあさ、誰が先にあの『お肉』を落とせるか、ゲームしよっか!」
彼女が取り出したのは、赤や青、黄色に光る、柔らかいゴムでできたカラーボールだった。遊びのためにこっそり持ってきていたのだ。
「…え?お菓子だけじゃなかったのか、お前?」
ギルが呆れたように言った。
「本当に、あなたは色々なものをリュックに入れているわね…」
アリシアは苦笑いを浮かべた。 キスティーは自慢げに胸を張り、ニカッと笑った。
「じゃあ、このボールを投げるから、そこの木の棒で打って、鳥さんに当たって落ちたら勝ちね!勝った人は、一番大きなお肉ゲットだよ!」
「おう!面白そうじゃねぇか!」
ギルは目を輝かせ、近くに落ちていた木の枝を拾い上げた。
「ふふ、楽しそうね。」
アリシアも微笑み、木の枝を手に取る。
子どもたちの様子を見ていたレイエス王子と騎士団長は、顔を見合わせて首を傾げた。
「…殿下、彼らは一体何を…?」
騎士団長は、獲物を取り合って飛んでいく二頭の魔獣を尻目に、カラーボールと木の棒で遊び始める子どもたちの姿を理解できずにいた。
「…ゲーム、と言っていたな。どうやら、彼らにとっては、あれも『遊び』の一環らしい。」
レイエスは、呆れと感心の混じった複雑な表情で子どもたちを見つめていた。彼の知る常識では、二頭の凶悪魔獣が空で争うなど、世界の終末のような大事件だ。しかし、子どもたちにとって、それはただの「ゲーム」の始まりに過ぎなかった。
キスティーが持ってきたカラーボールを使い、三人は急遽くじ引きで順番を決めることになった。アリシアが一番、ギルが二番、そしてキスティーは三番。
「えー!ずるいー!私、一番がよかったー!」
キスティーは口を尖らせて不満そうにしている。
「くじ引きだから仕方ないわね。運よ、キスティー。」
アリシアは微笑みながら、優しくなだめた。
そして、いよいよ一番手のアリシアの番が来た。
「はい、キスティー。投げて。」
「うん!思いっきりいくよー!」
キスティーは気を取り直したのか、元気いっぱいにカラーボールを投げた。
「それっ!」
アリシアは、そのボールを狙い澄まし、手に持った木の棒を思い切り振り抜く。その瞬間、彼女はごく自然な動作で、ボールに風の魔法を付与した。風の力はボールをまっすぐに、そしてぐんぐんと加速させる。
ボールは、上空でワイルドボアを掴んで飛び立つヘルクローワイバーンの元へ一直線に飛んでいった。そして、見事にゴールデンホーンワイルドボアの急所である角の付け根に命中した。
「グオォォォォォォ…!!」
ワイルドボアは、一瞬苦悶の声を上げると、そのまま力を失い、静かに沈黙した。ヘルクローワイバーンは、伝わる衝撃でバランスを崩し、その場を旋回している。
「やったわ!…あ…でも、落ちてこないわね…残念。」
アリシアは、命中したことに喜びながらも、ワイルドボアがそのままワイバーンの鉤爪に掴まれているのを見て、残念そうに呟いた。
「あー、落ちなかったね!惜しかったー!」
キスティーは、まるでゲームの結果を楽しむかのように、はしゃいでいる。
「おっすげぇじゃねぇか!次は俺が落としてやるぜ!」
ギルもアリシアのナイスプレイを称えながらも、やる気を燃やしていた。
「じゃあ次はギルね!私が投げるわ!」
キスティーが不満げに駄々をこねるのをよそに、アリシアは二番手のギルに声をかけた。アリシアがカラーボールを手に取ると、ギルは気合十分な顔で木の棒を肩に担ぎ、構えた。
「よし来い!」
アリシアはいたずらっぽく微笑むと、ボールに風の魔法を付与した。それも、ただまっすぐ飛ばすだけでなく、豪速球になるように、と。
「それ!」
アリシアが投げたボールは、まるで弾丸のようにギルめがけて飛んでくる。
「っえ!?」
ギルは、あまりの速さに一瞬反応が遅れたが、そこは百戦錬磨の筋肉自慢の少年だ。体と頭が考えるより先に、咄嗟に木の棒を振り抜いた。
「うおおおおお!」
ギルが放った一打は、アリシアの風の魔法で加速したボールを捉え、その衝撃と、ギルの規格外の怪力が合わさる。バットの役目を果たした木の棒は、その反発力に耐えきれず、ミシミシと音を立てた。ボールは、さらに勢いを増して、上空のヘルクローワイバーンめがけて一直線に飛んでいく。
「ギエェェェェェェェェェェェ!!」
バキバキッという嫌な音と共に、ボールはヘルクローワイバーンがゴールデンホーンワイルドボアを掴んでいた鉤爪の根元に直撃。強靭な鉤爪は、その衝撃で砕け散り、ヘルクローワイバーンは苦悶の叫び声を上げた。
鉤爪を砕かれたヘルクローワイバーンは、獲物を掴む力を失い、ゴールデンホーンワイルドボアはそのまま地面に叩きつけられた。ドスン、という鈍い音と共に、ワイルドボアは二度と動くことはなかった。
「よし!やったぜ!肉ゲットだー!」
ギルは木の棒を放り投げ、大はしゃぎで跳び上がった。
「んーーー!私だって落とせたのに!」
キスティーは悔しさで顔を真っ赤にしながら、地面に座り込んで駄々をこねている。
「うまいところに当てたわね、ギル。私の負けよ。」
アリシアは、ギルの見事な一打に微笑みながらも、悔しそうな表情を浮かべていた。
子どもたちの歓声が響き渡る中、レイエスと騎士団長は、ただ呆然と立ち尽くしていた。
「な…な…な…なんということだ…」
騎士団長は、剣にしがみつき、膝から崩れ落ちそうになるのを必死に堪えている。彼の視線の先には、たった一本の木の棒とカラーボールによって、鉤爪を砕かれ、絶叫しながら空を舞うヘルクローワイバーン。そして、地面に叩きつけられ、ピクリとも動かなくなったゴールデンホーンワイルドボアの巨体があった。
「あれが…遊び…?」
騎士団長の顔は、もはや恐怖と困惑を通り越して、白昼夢でも見ているかのように茫然としていた。
「殿下…いったい何が…何が起こっているのでしょうか…?」
騎士団長は、レイエスに助けを求めるように声をかけた。しかし、レイエスもまた、ただ沈黙している。彼の頭の中では、すべての常識が音を立てて崩れ去っていた。
(あの、わずか数分で…一個師団に匹敵するヘルクローワイバーンと、A級危険度のゴールデンホーンワイルドボアを…)
レイエスは、ギルが放った一打を思い出していた。ただの木の棒と柔らかいボール。それが、規格外の怪力と風の魔法によって、魔獣の強靭な鉤爪を砕き、命を奪うほどの凶器に変わった。そして、その行為は、彼らにとってはただの「ゲーム」だったのだ。
「彼らは…本当に…」
レイエスは、言葉を失った。彼らの持つ力は、レイエスが想像していたよりも遥かに規格外で、そして、無邪気で恐ろしい。
その頃、子どもたちはワイルドボアの巨体の周りに集まり、大喜びしていた。
「ちぇー…でも、ギル、すごい!ちゃんと落としたー!」
「だろー!これで俺が一番大きな肉だな!」
キスティーが「イノシシ」の鼻を触ると、ギルは得意げに胸を張る。アリシアは冷静な顔で、「イノシシ」の状態を観察していた。
「この角、すごく硬いわ。でも、お肉は美味しそうね。ギル、早く解体しましょう。」
子どもたちの無邪気な声と、それを目の前にしたレイエスと騎士団長の絶望的な表情。そのコントラストは、この広大な草原で、まるで不条理な喜劇のように映っていた。




