第33話 食材発見!
その頃、馬車から降りたレイエスに、馬に乗った騎士団長が慌てて駆け寄っていた。
「殿下!ここはもしや…ヘルクローワイバーンの出没する場所では…!?」
騎士団長の声は、恐怖で震えている。 ヘルクローワイバーンは、その名の通り、地獄の鉤爪を持つ凶悪な魔獣で、一つ一つの爪がまるで鋭い剣のようだ。素早く空を飛び回り、地上にいる標的を狙うその姿は、まるで死神のようだ。
一匹で騎士団一個師団に匹敵するほどの脅威とされており、最近では近くの町に甚大な被害をもたらしたばかりだ。
「殿下…さすがに無茶でございます…!この旅で幾度となく殿下を危険に晒してしまいましたが、今回ばかりは…今すぐ撤退を…!」
騎士団長はレイエスを庇うように一歩前に出ると、その顔は心労と恐怖で青ざめ、今にも倒れそうだった。
レイエスは、そんな騎士団長の言葉を静かに聞きながら、遠くの空に目をやった。
(…ヘルクローワイバーンか。噂通り、この辺りに生息しているようだな。)
彼の視線の先には、ただただ青い空が広がっている。しかし、レイエスの胸中には、魔獣を討伐するための次の計画がすでに動き出していた。
その緊迫した空気など全く知らない三人は、草原を走り回り、楽しそうにはしゃいでいる。
「ねーねー、あそこで鬼ごっこしない!?」
「いいぜ!俺が鬼だ!捕まえてやる!」
「あはは!捕まらないよー!」
子どもたちの無邪気な歓声が、緊張で張り詰めた空気に、かき消されそうになりながらも響き渡っていた。
キスティーたちは、草原を駆け回りながら鬼ごっこに夢中になっていた。
「まてー!キスティー!もう逃げられないぞー!」
ギルがキスティーを追いかけ、草原に笑い声が響く。そんな中、ギルは走りながらもお腹が空いてきたのか、ふと足を止めた。
「…って、なんか腹減ってきたな。昼飯どうすんだ?」
ギルの言葉に、二人の足も止まる。
「あら、そういえばそうね。食材必要ね。ないとお昼ご飯にならないわ。」
アリシアも、真剣な顔で周囲を見回した。
「でも、ここには川はないし、お魚はいないし、どうしましょうか…」
ギルは腕を組み、真剣な顔で考え始めた。
「お魚いねぇなら、クマとかイノシシとかか?あの辺の森にでも行けばいるか…?」
「えー!クマさん怖いよー!」
キスティーは少し怯えたように、アリシアの後ろに隠れる。
「ばーか、クマなんてお前が火の魔法で焦がせば一発だろ!」
「えー、やだー!」
二人が言い争っていると、キスティーがふと、遠くの茂みに目を留めた。
「…ねーねー、あそこの茂み、なんか動いてない?」
彼女が指差す方を見ると、確かに草がザワザワと音を立てている。
「わー!イノシシさんかな!?イノシシさんならわたし行くー!」
キスティーは、無邪気な笑顔でギルに手を振った。
「はぁ!?なんでだよ!クマと何が違うんだ!?」
「全然違うの!クマさんはグワーって感で、イノシシさんはグオーって感じなの!」
「わかんねぇよ!」
ギルは、呆れた顔でキスティーに言い返す。 アリシアはそんな二人を微笑ましく見守りながら、そっと声をかけた。
「はいはい、二人とも。仲良くしなさい。イノシシかどうか、私が見てくるから。」
「えー、ずるいー!アリシアだけで行かないでよ!」
「いや、アリシアが行くなら、俺も行くぜ!」
三人の言い争いは、またもや新たな「遊び」へと発展していくようだった。
三人が茂みの前で言い争っていると、ゴソゴソと草が揺れる音が大きくなり、やがてその奥から巨大な影が姿を現した。
「グオォォォォォォ!!」
地を揺るがす咆哮と共に現れたのは、巨大なイノシシの魔獣、ゴールデンホーンワイルドボアだった。その名の通り、黄金に輝く一本角が頭から突き出し、分厚い皮膚はまるで鉄板のように硬そうだ。燃え盛るような赤い瞳は、三人の子どもたちを敵と認識し、殺意に満ちた光を放っている。その巨体は、並のイノシシのゆうに五倍はあり、その威圧感は周囲の空気を震わせるほどだった。
あまりに突然の登場に、キスティーたちは一瞬、動きを止めた。しかし、恐怖の色はなく、ただ目を丸くして目の前の巨大な魔獣を見つめている。
「うわー!でっけぇな、おい!」
ギルは興奮したように目を輝かせ、すぐにでも殴りかかりたいといった様子だ。
「このイノシシさん、すごい角ね。でも、このお肉…ちょっと硬いかしら?」
アリシアは魔獣の姿をじっと観察し、すでに食材としての可能性を考えている。
「ねーねー、アリシア!これイノシシさん?なんか、思ってたのと違う…」
キスティーは目をキラキラさせながらアリシアに尋ねる。
その頃、子どもたちの背後でその様子を見ていた騎士団長は、顔面を蒼白にさせ、悲鳴のような声を上げた。
「で、殿下!あ、あれは…!!ゴールデンホーンワイルドボア!!なぜこんなところに…!」
ゴールデンホーンワイルドボアは、その強靭な皮膚と凄まじい突進力で知られる、A級危険度の魔獣だ。その一本角は、並の剣では傷一つつけられないと言われている。
「撤退を!殿下!一刻も早く、ここから…!!」
騎士団長は、腰の剣に手をかけながらも、その圧倒的な存在感に足がすくみ、動くことができない。
そんな騎士団長の言葉など耳に入っていないレイエスは、ただじっとワイルドボアを見つめていた。彼の顔には、驚愕と、そして微かな笑みが浮かんでいる。
(…来たか。私の思惑通り…いや、それ以上の獲物だ。)
レイエスは、目の前の魔獣が今回の「遊び」にふさわしい、最高の相手だと確信した。




