第29話 王子様、悩む…
コレットの町に到着し、それぞれの家に帰った三人は、家族を囲んで旅の土産話に花を咲かせていた。
レイエス王子は、キスティーたちを旅に送り出す際、心配する家族を安心させるために、事前に多額の褒賞と約束をしていたのだ。そのため、家族は子供たちを快く送り出すことができたのだった。
キスティーの家では、夕食のテーブルが賑やかだった。
「それでね、それでね!王子様のお船がね、とーっても大きくてね、お部屋もお風呂もご飯も、お城みたいだったの!」
キスティーは、身振り手振りを交えながら、豪華な旅の思い出を興奮気味に話している。おばあちゃんは、そんな孫の様子を優しく見つめながら、料理を盛り付けていた。
「あらまあ、よかったねぇ。王子様もさぞ喜んでくださっただろうね。」
「うん!それでね、海でね、すっごく大きなお魚さんとね、すっごく大きいタコさんを釣ったの!」
キスティーがそう言うと、おばあちゃんは、
「へぇ、それはすごいねぇ。」
と相槌を打った。
キスティーは、王子様からもらったという、キラキラと輝く綺麗な貝殻を、おばあちゃんに見せた。
「見て見て、おばあちゃん!これね、王子様がくれたの!すごく綺麗でしょ!」
「まあ、綺麗だねぇ。宝物だね。」
キスティーは、貝殻を大事そうに胸に抱きしめ、旅の思い出に浸っていた。
ギルの家では、鍛冶場に隣接するリビングで、豪快な夕食が始まっていた。
「まじかよ!お前がそんなでかいタコを釣ったってのか!?」
ギルのお父さんは、ギルが話すデスサイズオクトパスの話に、目を丸くして驚いている。
「おう!すっげぇ力が強くて、引っ張るのが大変だったぜ!でも、俺の怪力には敵わなかったけどな!」
ギルは、得意げに胸を張り、力こぶを作った。
「そりゃすげぇ!さすが俺の息子だ!」
ギルは、王子様からもらったという、鉄でできた精巧な船の模型を、お父さんに見せた。それは、ギルが乗った豪華な船を模したもので、細部まで丁寧に作られている。
「すげぇ!これ、ほんとに王子様がくれたのか!なんてこった…」
お父さんは、船の模型を手に取り、その精巧さに感嘆の声を上げた。
「船の構造とか細工も見たんだろ?いい勉強になったな、ギル!」
「おう!俺もいつか、こんなすごい船を作ってやるぜ!」
ギルは、新しい目標を見つけ、目を輝かせていた。
アリシアの家では、母親が淹れてくれた温かいお茶を飲みながら、静かに旅の話をしていた。
「王子様の馬車も船も、本当に豪華で、夢を見ているようだったわ。」
アリシアは、旅の感想を穏やかに語る。お母さんは、娘の話に耳を傾けながら、微笑んでいる。
「よかったわね。本当にいい経験になったでしょう。」
「ええ。それに、珍しい魚や見たことない生き物の生態について、たくさん勉強になったわ。」
アリシアは、王子様からもらったという、薬草の図鑑を母親に見せた。それは、見たこともない珍しい薬草が、色鮮やかな挿絵と共に記された、貴重な図鑑だった。
「これは…本当に貴重なものだわ。王子様、アリシアが薬草に興味があることを、よくご存知だったのね。」
「ええ。たくさん質問してしまったから…」
アリシアは少し照れくさそうに微笑んだ。
「でも、今回の旅で、私の力も、もっと人の役に立てるように、もっと色々なことを学ばなければならないと改めて思ったわ。」
アリシアは、手元の図鑑をじっと見つめ、決意を新たにした。
それぞれの家で、三人は旅の思い出を胸に、いつもと変わらない夜を過ごしていた。彼らにとって、それはただの楽しい「遠足」だった。しかし、彼らの知らないところで、彼らの力と存在は、すでにレイエス王子の思惑を乗せ、動き始めていた。
彼らの新たな日常は、これからどのような波乱を巻き起こしていくのだろうか。
コレットの町を後にした馬車は、王都を目指して静かに走り続けていた。窓の外を流れる景色をぼんやりと眺めながら、レイエスは一人、静かに思索にふけっていた。彼の脳裏には、今日の昼間に送った報告書の内容が蘇っていた。
「アズール港沖に現れた凶悪な魔獣『デスサイズオクトパス』を討伐。これにより、漁業の安全を確保した。」
簡潔で、事実に基づいた報告だ。だが、その裏に隠された真実を知っているのは、レイエスと、そして気苦労の絶えない騎士団長、そして何より、あの無邪気な三人の子供たちだけだ。
(報告書はもう、父上の元に届いているだろう…)
レイエスはそう確信していた。そして、この功績が誰のものになるのかも、わかっていた。あの子供たちの類まれな力によって成し遂げられた偉業は、第三王子である自分自身のものとなるのだ。
「フ…」
レイエスは、思わず笑みをこぼした。今回の「遊び」は、彼の想像を遥かに超える成功を収めた。たった一度の「遠足」で、長年アズール港を苦しめていた魔獣を討伐し、港の危機を救うことができた。これは、王位継承権を持つ兄たちに、自身の能力を証明する絶好の機会だ。
(これで父上も、私の力を見直してくださるはずだ。王族としての、この国の未来を担う資質を…)
レイエスの胸には、静かな高揚感が満ちていた。しかし、同時に、拭いきれない疑問も残っていた。
デスサイズオクトパスを「調理」したあの光景が、レイエスの脳裏に焼き付いている。彼らの力は、あまりにも規格外で、あまりにも予測不能だ。もし、この力が悪意ある者によって利用されたとしたら、この国、いや、世界全体が、とんでもない混乱に陥るだろう。
(彼らの無垢な力が、時に破壊的な結末を招く危険性…それを私が、このまま放置していいはずがない。)
レイエスは、窓の外から目を離し、静かに目を閉じた。
彼らの持つ力を、単に自分の地位を固めるための道具として利用するのではなく、正しく導き、制御しなければならない。それが、王族としての、そして、彼らの力を知る者としての自分の責務だと感じていた。
「次にどうするか…」
レイエスは、そう呟くと、再び目を開けた。彼の瞳には、これまでの高揚感とは違う、国の未来を見据える、静かで強い光が宿っていた。




