第27話 ごめんなさい!
豪華な帆船は、夜の帳が降りた頃、ゆっくりとアズール港へと戻り始めていた。行きよりもずっと穏やかな航海の中、子供たちの不安は、徐々に大きくなっていった。
「うう…やっぱり怒られるのかな…」
キスティーが不安そうに呟くと、ギルが肩をすくめた。
「でも、穴が開いたままじゃ、絶対バレるだろ…」
アリシアも真剣な顔で頷く。
「そうね…正直に話して、謝るしかないわ。」
意を決した三人は、レイエス王子がいる甲板の上段へと向かった。
「お、おい!どうした?」
レイエスは、真剣な顔で自分たちに向かってくる三人に、何事かと驚いた。
三人はレイエスの前に並んで立つと、深々と頭を下げた。
「ご…ごめんなさい。」
「申し訳ありませんでした。」
「ごめんなさい!」
キスティーが震える声でそう言うと、レイエスはきょとんとした顔で首を傾げた。
「いったい、何のことだ?」
「俺たち…その…船の…甲板に…穴を開けてしまいました…」
ギルが、消え入りそうな声で白状する。
「私たちが…その…叩きつけすぎて…」
アリシアが申し訳なさそうに続けると、キスティーは涙目でレイエスを見上げた。
「お説教されますか…?やっぱり捕まる……?」
その真剣な表情と涙目に、レイエスは思わず苦笑いを浮かべた。
「はは…どうやら、そのようだね。捕まえるか。」
レイエスが冗談交じりにそう言うと、三人の顔は一気に青ざめ、キスティーは今にも泣き出しそうだ。
「だ、大丈夫だよ。心配はいらない。」
レイエスは慌ててそう付け加えると、優しい声で続けた。
「君たちが穴を開けてしまったところは、もともと少し傷んでいたんだ、新しい板を入れればすぐに直るし、気にしなくていい。」
その言葉を聞いた瞬間、三人の顔がパッと明るくなった。
「本当なのですか!?」
「やったーー!」
「ふー…よかったぁ…」
三人は、心底安堵したように胸をなでおろし、抱き合って喜んだ。レイエスは、そんな三人の無邪気な様子を微笑ましく見つめていた。
「さあ、夕食の時間だ。早く席に着きなさい。」
レイエスの言葉に促され、三人が席に着くと、威勢のいい声が響き渡った。
「嬢ちゃんたち!お待ちかねの夕食だ!」
昼と同じく、料理長が満面の笑みで登場し、船員たちが手際よくテーブルに料理を並べ始めた。今夜のテーブルを飾るのは、もちろん、あのデスサイズオクトパスだ。
「さあ、まずはこの『デスサイズオクトパスの炙り刺身、秘伝のタレを添えて』だ!絶妙に叩いて柔らかくした身を、さっと炙って香ばしさを引き出し、特製のタレでいただく!口の中でとろけるような食感を、存分に味わってくれ!」
料理長が熱弁すると、キスティーは口をあんぐりと開け、よだれが垂れている。アリシアはいつものように、ハンカチでそっと拭いてやった。
「もう、キスティー。はしたないわよ。」
「えへへ…だって、すっごく美味しそうだもん…」
「次に、これだ!『大王タコのガーリックソテー、芳醇なバターの香り』だ!新鮮なタコの足をぶつ切りにし、ニンニクと香草、そしてバターで丁寧にソテーした!噛むほどに旨味が溢れ出す、至高の一品だ!」
料理長はさらに声を張り上げた。
「そして、〆にはこれだ!『海の王のパエリア』だ!タコのアラから取った出汁と、魚介の旨味を米に吸わせた!一口食べれば、もう海から離れられなくなるぞ!」
料理長の説明が終わると、三人はもう我慢できなかった。
「いただきまーす!!」
キスティーが大きな声で叫ぶと、ギルとアリシアもそれに続き、一斉に箸を手に取った。
「……食べるのか。」
レイエスは、目の前に並べられた豪華な「タコ」のフルコースを前に、ポツリと呟いた。その隣で、騎士団長は震える手でフォークを握りしめている。
「まさか…本当に、あれが料理になるとは…」
「しかし、あの子供たちが…あんなに美味しそうに食べているではないか…」
レイエスは、タコの刺身を頬張るキスティーの幸せそうな顔をちらりと見て、そう言った。
「そ、それはそうですが…しかし、殿下。魔獣には毒を持つ個体も多く…」
騎士団長は、そう言いながらも、料理長が自信満々に語った「秘伝のタレ」の香ばしい匂いに、思わずゴクリと喉を鳴らした。
「ふむ…」
レイエスは、タコのソテーにフォークを伸ばすが、なかなか口に運ぶことができない。彼の頭の中では、魔獣討伐の報告書と、目の前の美味しそうな料理が、混沌と混じり合っていた。
「さっきのギガンティックマーリンは、たまたま食用に適していたのかもしれん…だが、デスサイズオクトパスは…」
「ですが殿下、我々が食べなければ、彼らに何かあった時に…」
騎士団長は、レイエスの言葉にハッと顔を上げた。
「……そうか。我々が毒見をしなければ、ならないな。」
レイエスは、観念したようにタコのソテーを一口食べた。騎士団長も、それに続いて、震える手でソテーを口に運んだ。
その瞬間、二人の顔に、先ほどと同じような驚きと感動が広がった。
「な、なんという…」
「まさか…これほどの美味だとは…」
二人は、言葉を失って顔を見合わせた。目の前で繰り広げられる三人の賑やかな食事風景と、信じられないほど美味しいタコ料理。彼らの知る「常識」は、もう跡形もなく崩れ去っていた。




