第26話 えー…どうするの…
「や、やばい…どうしよう…」
ギルは、自分の叩きつけた衝撃で開いてしまった甲板の穴を前に、ガタガタと震えていた。
「どうしましょう…!きっとまたお説教だわ…!」
アリシアも顔を青くして、船員たちがいつ気づくかと、周囲をきょろきょろと見回している。
「これ、誰が悪いんだっけ…?」
キスティーは、完全に思考停止している様子で、ただポツリとそう呟いた。その言葉に、ギルとアリシアがピクリと反応する。
「お、おい!キスティー、まさか俺のせいにするんじゃねぇだろうな!?」
ギルが慌てて声を荒げた。
「えー!だって、ギルが叩きつけたんでしょ!?」
「バカ言え!お前が『たこやきファイヤー!』なんて変な魔法を使ったからだろうが!」
「だってアリシアが、おっきな火魔法出して!って言ったんだもん!」
「ちょっと!私に責任をなすりつけないで!そもそも、あなたたちが釣り糸を垂らしたままにしてたから、こんなことになったんじゃない!」
三人は、互いに指を差し合い、必死に責任をなすりつけ合う。
「でも…怒られるの、やだなぁ…」
キスティーが涙目になる。
「いや、俺だって嫌だ!」
ギルも叫んだ。
「だ、だって、穴が開いちゃったんだぞ!これはお説教どころじゃ済まないだろ!捕まるんじゃないのか!?」
「えー!いやよ!捕まりたくないわ!」
アリシアも恐怖に震え、三人は穴の開いた甲板を囲んで、大騒ぎだ。
そんな三人の様子を、レイエス王子と騎士団長は、ただ呆然と見つめていた。
(この子たちは…目の前の凶悪な魔獣を倒したことより…船に穴を開けたことの方が重大だと…?)
レイエスの頭の中は、完全に混乱していた。彼の知る「常識」では、この状況はありえない。彼らにとって、船に穴を開け怒られる方が、魔獣に立ち向かい討伐するよりもよっぽど恐ろしいことなのだ。
(もはや、彼らを測る物差しは、我々の世界にはないのか…?)
レイエスは、脱力したように天を仰いだ。そして、彼の隣では、騎士団長がただ一人、静かに泣き崩れていた。
三人が船の穴を囲んで騒いでいると、背後から陽気な声が聞こえてきた。
「おお!これはこれは!見事な大物だ!」
声の主は料理長だった。甲板の穴には目もくれず、彼は横たわる巨大なタコ――デスサイズオクトパスの完璧にぬめりが取れた状態に、目を輝かせている。
「な、なんて素晴らしい下処理なんだ!しかも、肉が絶妙に柔らかく叩かれている!これを最高の料理の食材とせずにいられるか!!」
料理長は、そのプロの目に映る「タコ」の姿に感動し、両手を広げて絶叫した。
「あとはこの私に任せておけ!この最高の一級品を、最高の料理に仕上げてみせよう!ふっふっふ、アズール港の歴史に残る逸品になるぞ!
!」
料理長は満面の笑みを浮かべ、他の料理人たちを呼び集めた。
「おい、お前たち!すぐにこいつを厨房に運ぶんだ!ただし、丁寧に、だぞ!この素晴らしい状態を損なうことだけは、絶対に許さん!!」
料理人たちは、あまりにも巨大な「タコ」に驚きながらも、料理長の鬼気迫る熱意に押され、皆で力を合わせて「タコ」を運び始めた。
その様子を見ていたレイエス王子と騎士団長は、顔を青ざめさせていた。
「殿下…あれを…本当に食べるおつもりですか…?」
騎士団長は、震える声でレイエスに問いかけた。
「あ、ああ…しかし、あの料理長の熱意を前に、今更やめろとは言えん…」
レイエスも、デスサイズオクトパスが凶悪な魔獣であることを知っている。だが、子供たちが遊んで「調理」してしまった上に、料理長がそこまで感動している状況で、止めることができなかった。
「しかし、魔獣の肉は、もし毒があれば…」
「それもそうだが、あの三人があんなに食べたがっているではないか…大丈夫…なのだろう、きっと…」
レイエスは自分に言い聞かせるように呟いた。
一方、料理長に「うまいもの作ってやる!」と言われ、三人は大喜びしていた。
「やったー!また美味しいものが食べられるんだね!」
「おう!今度はタコだぜ!」
「どんな料理になるのかしら!」
三人がはしゃいでいると、ふとレイエスと目が合った。その瞬間、彼らの顔がサッと青ざめる。
「あっ…」
「やばい…!」
三人は、まるで悪いことをした子供のように(子供なのだか)、慌てて船の物陰に身を隠した。
「どうするんだよ…穴、見つかっちゃったかな…」
「だってだって、あんなに大きい音したもん…絶対気づいてるよ…」
「でも、王子様、怒ってる感じじゃなかったわよね…?」
「いや、あれは怒りを通り越して呆れてるんだろ…」
「えー!…やっぱり捕まっちゃうの…??やだー!」
三人はデスサイズオクトパスの討伐などどうでもよく、物陰でひそひそと、甲板の穴をどうするか、そして自分たちがどうなってしまうのか、あたふたと話し合っていた。




