第25話 調理開始!
「グワァァァァァァン!!」
デスサイズオクトパスは、ぬるぬるとした体を震わせ、大地を揺るがすほどの咆哮を上げた。そして、巨大な腕で船体に巻き付き始め、船を沈めようと、ゆっくりと、しかし確実に船によじ登ってきている。その巨大な吸盤は、船体をミシミシと軋ませ、船全体を激しく揺らした。
「うわああ!すごーい!ほんとにタコだー!」
キスティーは、デスサイズオクトパスの巨大な腕を指さして大興奮だ。
「私が釣ったんだもんね!私のだもん!」
「ばーか!俺の糸にもかかってたんだろ!俺が釣ったんだ!」
ギルも負けじと、いつものようにキスティーと口論を始める。アリシアは、そんな二人の様子を微笑ましく見守りながらも、その巨大な「タコ」の様子を観察していた。
キスティーは、「タコ」を見ながら目をキラキラさせている。
ギルは、「タコ」の力に、対抗心を燃やしていた。三人の「遊び」は、今、まさに最高潮に達しようとしていた。
「ん……、もう!どうやったら捕まえられるのさ!」
キスティーは、ぬるぬるとした「タコ」の腕に、意を決して飛びついた。しかし、その体は予想以上に滑りやすく、つるりと滑って甲板に尻もちをついてしまう。
「いったーい!」
お尻をさすって涙目になるキスティーを、ギルは指さして大笑いする。
「ざまあみろ!見とけ、俺が捕まえてやる!」
ギルはそう言うと、勢いよく「タコ」の頭部に向かって突進した。だが、ぷよぷよとした「タコ」の頭は、まるで巨大なボールのようだ。勢いよくぶつかったギルは、その衝撃を吸収され、そのまま勢いよく跳ね返されてしまう。
「うわあああ!」
ギルはそのまま背中から転がり、甲板をゴロゴロと転がって戻ってきた。
「えー!俺の力が…通じない…!?」
ギルは何度もタコの体を掴もうとするが、ぬるぬるとしていて、力が入らない。
キスティーは、何か手はないかと、小さな火の魔法を試してみる。手のひらからちょこんと放たれた火の玉は、タコの体に触れた瞬間、ジュワッという音を立てて消滅してしまった。
「あれー?火が消えちゃったよー?」
魔法が通用しない現実に、二人はどうすればいいかわからず、ただ呆然と立ち尽くした。
そんな二人と「タコ」から少し離れた場所で、アリシアは冷静に状況を観察していた。ギガンティックマーリンを解体した時の経験、そして先ほど料理長から聞いたタコの話。それらが、彼女の中で一つのひらめきとなって繋がった。
「そっか…!そういうことなのね!」
アリシアはそう叫ぶと、風の魔法を操り、海面から大量の海水を巻き上げた。その海水は渦を巻いて、空いっぱいに巨大な水の塊となって舞い上がる。
「キスティー!おっきな火の魔法を出して!」
アリシアが舞い上がった海水を指さして叫んだ。
「えー!おっきな火の魔法ー!?」
戸惑うキスティーだったが、アリシアの真剣な表情を見て、言われるがままに大きく息を吸い込んだ。
「たこやきファイヤー!!」
威勢のいい意味の分からない掛け声と共に、キスティーが放った爆発的な威力の火の魔法が、空の海水に直撃する。凄まじい熱量によって、多量の海水は一瞬にして蒸発し、その場には、キラキラと輝く大量の「塩」が残された。
「わー!すごい!お塩がいっぱいだー!」
キスティーが目を輝かせる。アリシアはすかさず、その大量の塩を風の魔法で「タコ」に向かって振りかけた。塩が降り注ぐと同時に、アリシアは風の魔法で「タコ」の体をマッサージするように、塩を揉み込んでいく。ぬるぬるした粘液がみるみるうちに落ちていき、「タコ」の体表面はざらざらとした感触に変わっていった。
「今よ、ギル!もう掴めるわ!叩きつけて、肉が柔らかくなるそうよ!」
アリシアは、塩でぬめりが取れた巨大な「タコ」を指さして叫んだ。
「よし来い!」
ギルは、雄叫びを上げてぬめりのとれた「タコ」の腕にがっちりと掴みかかった。そして、信じられないほどの怪力で、タコの巨体を持ち上げる。
「うおおおおおおおお!」
ギルは何度も何度も、「タコ」を甲板に叩きつけた。ミシミシと木材が軋む音が響き渡り、やがてドスンという鈍い音と共に、甲板の一部が大きく陥没する。
「あ……」
三人は、顔を見合わせて絶句した。
「や、やばい…穴、開けちゃった…」
「どうしよう、怒られる、ねぇ…怒られる…?」
「これって…捕まる案件よね…?」
彼らが騒いでいる横で、先ほどまで船を沈めようと暴れていたデスサイズオクトパスは、ぬめりを取られ、柔らかく叩かれた最高の「食材」として、ピクリとも動かずに横たわっていた。
そんな彼らの様子を見ていたレイエス王子と騎士団長は、ただただ驚愕に打ち震えていた。
「な、な、なんという…!」
騎士団長は、膝から崩れ落ちそうになるのを必死に堪えた。凶悪な魔獣デスサイズオクトパスが、わずか数分の間に、子供たちの手によって「調理」されてしまったのだ。しかも、その過程は、まるで料理の手順を追っているかのようだった。塩もみ、そして肉を柔らかくするための叩きつけ。
(これが…遊びの延長だと…?まさか、あのタコのぬめりが、魔法を弾いていたとは…!そして、それをわずか数分で見抜いてしまうとは…!)
レイエスの顔は、完全に青ざめていた。彼の知る魔法の常識、魔獣の常識、そして世界の常識が、再び音を立てて崩れていく。
(彼らは…本当に…人間なのか…?)
レイエスの胸には、驚愕と畏敬の念、そして理解不能な存在への恐怖が渦巻いていた。この航海は、レイエスにとって、想像をはるかに超えるものになっていた。




