第22話 ずるいー!すごーい!
「わー!すごい!大きいお魚さんだ!」
キスティーは、水面から顔を出したギガンティックマーリンを見て、目を輝かせている。アリシアの竿が、ますます強く引き込まれ、彼女の体もふらつき始めた。
「こ、これは…本当に大きいわ…、川にはいない大きさね!」
「アリシア!もう無理だって!手伝うよ!」
キスティーが心配そうに叫ぶ。ギルも
「そうだぞ、アリシア!無理するな!」
と声をかけた。
アリシアは、ふっと息をつくと、ギガンティックマーリンの引きに合わせて、竿を強く立て直した。
「ちょっと…重すぎるわね。」
そして、その竿に、ほんの少しの風魔法を込めた。
彼女の言葉と共に、釣り糸が強い力でどんどん引っ張られる。ギガンティックマーリンは、アリシアの反撃に驚いたように身をよじった。
「えー!魔法使った!ずるいー!」
キスティーが口を尖らせる。
「ふふ、ごめんなさい。でも、こうしないと引き上げられないんだもの。」
アリシアはそう言いながら、さらに糸を巻き始めた。ギガンティックマーリンが、再び水面から飛び出す。その鱗は、光を反射し、見る者を威圧していた。
しかし、アリシアは怯まない。彼女は、竿を巧みに操り、ギガンティックマーリンの動きをいなしていく。そして、全身の魔力を込めて、一気に引き上げようとした。
「それ!」
アリシアは、まるで巨大な魚と対話するかのように、巧みに竿を操り、徐々にギガンティックマーリンを弱らせていった。
アリシアがギガンティックマーリンと格闘している間、キスティーはいてもたってもいられずにいた。彼女はこっそりと、手のひらに光の魔法を凝縮させ、小さな光の矢を放った。
「えいっ!」
しかし、光の矢はギガンティックマーリンの硬い鱗にぶつかり、カキーンという音を立てて無力に弾き返された。
「あー、やっぱりダメかぁ!」
キスティーが残念そうにしていると、その様子を見ていたギルが怒ったように叫んだ。
「キスティー!まだアリシアが一人で釣ってるだろ!勝手に邪魔すんな!」
「だってー!アリシアだけずるいんだもん!私も手伝いたかったの!」
キスティーは、ギルの言葉に口を尖らせて反論する。ドタバタと騒がしい二人のやり取りに、アリシアは苦笑いを浮かべた。
「ふふ、ありがとうキスティー。でも、大丈夫だから。」
アリシアはそう言いながら、弾かれた光の矢を見て、ふと思いついた。
(魔法が効かないなら…重さで攻めるしかないわね。)
彼女は、釣り竿にさらに風の魔法を込めた。ギガンティックマーリンが暴れるのに合わせて、巧みに竿を操り、一気に海面高く釣り上げた。巨大な魚は、船の上に勢いよく放り投げられる。その巨体は、船に激突する勢いで落ちてきた。
「危ないぞ!」
騎士団長が思わず声を上げる。しかし、アリシアは動じない。彼女は素早く釣り竿を立てかけ、腰に差していた、普段から身に着けている短剣…ではなく
、腰の袋に入れていた一振りの「マイ包丁」を抜き放った。
「ふうっ!」
アリシアが、風のように素早く包丁を走らせる。その刃は、ギガンティックマーリンの硬い鱗の隙間を縫うように、正確無比な軌道を描いた。たった数秒の間に、アリシアの包丁さばきが何十回も繰り出される。
次の瞬間、ドスンという鈍い音と共に甲板に落ちてきたギガンティックマーリンは、すでに三つの綺麗な切り身に解体されていた。
「ふー…疲れたわ。」
アリシアは額の汗を拭い、息を整えた。
「調理まで完了よ。これならすぐに食べられるわね。」
アリシアの言葉に、キスティーとギルは目を丸くした。
「うわああああ!すごーい!アリシア、一瞬で切っちゃったよ!」
「なんだこれ!?どうやったんだ!?うちの包丁か?」
三人は、解体されたギガンティックマーリンの切り身を囲んで大騒ぎだ。
「これ、おいしいのかしら?」
「こんなに大きいんだぜ!きっと、めっちゃ美味いに決まってる!」
「ねーねー、どうやって食べる?焼く?煮る?」
三人の賑やかな会話は、静まり返った甲板に響き渡っていた。
彼らの様子を見ていたレイエス王子、そして騎士団員たちは、ただ唖然と立ち尽くしていた。
(何が…どうなっているのだ…?)
レイエスの頭の中は、先ほどの光景で一杯だった。ギガンティックマーリンは、凶悪な魔獣の中でも魔法を弾き返すほどの硬度を持つことで知られている。現に、キスティーの放った光の矢は、簡単に弾き返されたばかりだ。にもかかわらず、アリシアは普段から身につけている小さな剣…ではなく、包丁で、いとも簡単に解体してしまった。包丁…。
「なぜ…斬れる…?」
レイエスは、思わず呟いた。彼の知る魔法や剣術の常識では、到底理解できない出来事だった。
騎士団長は、未だ剣を構えたまま立ち尽くしていた。彼の目には、血まみれになることもなく、完璧に解体されたギガンティックマーリンの姿が映っている。
(馬鹿な…ありえない。あの凶悪な魔獣を、一瞬で…?まるで、魚を捌くのと同じように…?)
彼の知る最高の剣士でも、ギガンティックマーリンの討伐には、少なくとも数人がかりで、剣を何本も折る覚悟で挑まなければならない。それが、一人の少女によって、まるで日常の出来事のように片付けられてしまった。騎士団長の脳裏には、彼らの「日常」という言葉が、再び重くのしかかっていた。




