第21話 ヒットしたわ♪
「うわああああ!港がどんどん遠ざかっていく!」
「風が気持ちいいわ!」
「すげぇ!本当に海に出るんだな!」
船がゆっくりと港を離れると、三人は興奮して歓声を上げた。船は波を切り裂き、白い航跡を残しながら、沖へと進んでいく。レイエスは、そんな三人の楽しそうな姿を静かに見つめ、口元に満足げな笑みを浮かべていた。
騎士団長の顔は、すでに真っ青だった。
船が沖へと進むにつれて、海風はさらに心地よくなり、三人は甲板で大はしゃぎしていた。波が船体を揺らすたびに歓声を上げ、潮の香りを胸いっぱいに吸い込んでいる。
そんな中、ギルはおもむろにレイエス王子の隣に立つ騎士団長に近づいた。
「あの…騎士団長さん、釣り竿ってどこにありますか?」
ギルは、昨日レイエスから聞いた「海で釣り」という言葉を思い出し、恐る恐る尋ねる。騎士団長は、遠ざかる港を憮然とした表情で見つめていたが、ギルの声に視線を向けた。
「……ああ、奥の保管庫にある。殿下が、好きに使っていいとおっしゃっていた。」
騎士団長は、最低限の言葉を返すと、再び海に目をやった。
ギルは、その言葉に目を輝かせた。
「キスティー!アリシア!釣り竿があるってさ!」
ギルが叫ぶと、二人はすぐに駆け寄ってきた。三人は喜んで保管庫へと向かう。
保管庫の中には、想像をはるかに超える立派な釣り竿がずらりと並んでいた。いつも使っている木でできた手作りの釣り竿とは違い、どれも職人が丹精込めて作ったであろう、丈夫で美しいものばかりだ。
「うわあああ!すごい!すごい!!」
「見て!この釣り竿、木じゃないわよ。すっごく硬くて丈夫そうよ。」
キスティーとアリシアは、見たこともない素材で作られた釣り竿に感嘆の声を上げた。ギルは、その中から特に頑丈そうなものを三本選び出し、二人に手渡した。
「よし、これで行くぞ!」
三人は急いで釣り竿を持って甲板に戻ると、海へと糸を垂らし始めた。
「海って、釣れるのかな?」
「絶対に釣れるわ!だって、こんなに大きな海だもの。いっぱいお魚がいそうよ!」
「大物を釣るのは俺だ!お前らには負けねぇぞ!」
三人は、早くも釣りの勝負を始め、互いに大声で言い合っている。
レイエスは、そんな三人の様子を、一段高い甲板から静かに見つめていた。騎士団長は、彼が無防備な状態で外に立っていることに気がつき、慌てて声をかける。
「殿下、危険です!どうか…どうか中にいらして下さい!」
「いや、いい。もう少し、彼らの『釣り』を見ていたい。」
レイエスは騎士団長の言葉に耳を傾けず、海に糸を垂らす三人をじっと見つめている。彼の瞳には、期待と、そしてわずかな不安が浮かんでいた。
「ふふ…果たして、彼らは何を『釣り』上げるのだろか…?」
「え…??何を、『釣る』…?」
騎士団長は、レイエスの呟きに、不安を募らせた。彼の脳裏には、凶悪な魔獣デスサイズオクトパスの姿が鮮明に浮かび上がる。まさか、あの子供たちに…?騎士団長は、気が気ではない。胃がキリキリと痛む…。しかし、レイエスの視線は、海から離れることはなかった。
三人が海に糸を垂らしてしばらく経った頃、最初に竿を大きくしならせたのは、アリシアだった。
「きゃっ!重たい!」
アリシアが驚いたような声を上げる。彼女の持つ釣り竿が、凄まじい力で海へと引き込まれていく。アリシアは必死に竿を立て、糸を巻こうとするが、その力は尋常ではない。
「な、なによこれ!すごく重たいわ!」
アリシアは、両手を使い、全身の力を込めて竿を立てようと奮闘している。いつも釣りを楽しんでいた川とは比べ物にならない強い引きに、彼女の顔にも汗がにじんだ。
「えー!アリシアが一番なのー!ずるいー!」
キスティーは、自分の竿には何の反応もないことに、不満そうに口を尖らせる。
ギルも悔しそうな顔で、アリシアの竿をじっと見つめていた。
「ふふ、まだ釣れるかわからないわよ。それにしても、川で釣るのとは全然違うわね。」
アリシアは、苦戦しながらも楽しそうに笑う。
「手伝ってやろうか?」
ギルが声をかけると、アリシアは笑顔で首を横に振った。
「まだ大丈夫よ!もう少し頑張ってみるわ!」
アリシアの言葉に、キスティーは、
「ちぇー!」
と、拗ねたように言い、いつでも手伝えるようにと身構えて、その様子をじっと見守っている。
その時、船の甲板に緊張が走った。騎士団長が、アリシアの竿の先に現れた影を見て、息をのんだからだ。
「あれは……まさか、ギガンティックマーリン!?」
騎士団長は驚愕に目を見開いた。ギガンティックマーリン。巨大なカジキのような姿をした凶悪な魔獣で、全身を覆う魔法を弾き返す硬い鱗と、船をも突き破るほどの恐ろしい突進力を持つ、海の悪夢だ。
「甲板の兵士たち!戦闘態勢!剣を取れ!」
騎士団長は、すぐさま兵士たちに命令を下した。そして、レイエス王子の方を振り向き、叫んだ。
「殿下!お下がりください!危険です!」
しかし、レイエスは動こうとしない。彼は、ギガンティックマーリンが暴れる姿を、ただ静かに見つめていた。
「殿下!何故そこに留まっていらっしゃるのですか!?」
騎士団長は、パニック寸前の表情でレイエスに詰め寄る。
「…ふむ、あれがギガンティックマーリンか。話に聞いていた通りの迫力だな。」
レイエスは、まるで鑑賞でもするかのように、悠然と呟いた。
「殿下…!あれは遊びではありません!我々の船が沈められる前に…!」
「落ち着け、騎士団長。まだ彼らが『釣り』をしている。」
レイエスは、そう言うと、アリシアたちの方に視線を向けた。




