第20話 おっきいお船!
翌朝、豪華な客室のふかふかのベッドの上で、キスティーはぐっすりと眠っていた。窓から差し込む朝日が顔を照らしているというのに、起きる気配は全くない。
「キスティー、朝よ。早く起きないと、王子様との約束に遅れてしまうわ。」
アリシアが優しく声をかけるが、キスティーは「むー…」と寝返りを打つだけだ。アリシアは仕方なく、キスティーの体を揺さぶる。
「もう!起きてったら!お魚さんが待ってるのよ!」
「んー…もうちょっと…あと五分…」
キスティーは寝ぼけた声で呟く。アリシアはため息をつくと、強硬手段に出た。彼女はベッドからキスティーの体をずるずると引きずり下ろし、床に転がす。
「ひゃっ!つめたい!」
キスティーは飛び起きた。アリシアは、そんなキスティーをじっと見つめ、呆れたように言った。
「やっと起きたわね。ほら、早く着替えなさい。もうギルはとっくに起きているわよ。」
「えー!アリシア、ひどーい!もっと優しく起こしてくれてもいいじゃん!」
キスティーはブツブツ文句を言いながらも、アリシアが用意してくれた服に、まだ寝ぼけた手で袖を通そうとする。しかし、どうにも上手くいかない。
「もう、仕方ないわね…」
アリシアは、不器用なキスティーを手伝い、着替えさせてやった。
「よし、これで完璧。早く顔を洗って、朝食に行きましょう。」
アリシアに手を引かれ、キスティーは眠い目をこすりながら、食堂へと向かった。
食堂に降りていくと、すでにギルが席についていた。豪華な朝食を前に、彼はすでに目を輝かせている。
「おっ、やっと起きたか、キスティー。ったく、お前は本当にだらしないな。」
ギルは、キスティーのだらしない格好を見て、呆れたように言った。
「なっ!ギルのくせに!アリシアが優しく起こしてくれないからだもん!」
「俺はとっくに起きてたぜ。お前は子供か!」
「子供じゃないもん!」
いつものように朝から騒がしい二人。アリシアはそんな二人を微笑ましく見つめながら、席についた。
朝食は、アズール港ならではの新鮮な魚介類が並べられており、三人は夢中になって食べ始めた。
「あら、このパン、ふわふわで美味しいわ。」
「見て見てギル!この魚、見たことないよ!」
「うるせぇ、キスティー!食うのに集中しろ!」
三人の賑やかな食事風景を、レイエスは静かに見守っていた。彼らといると、王宮での堅苦しい朝食とは全く違う、温かい時間が流れるのを感じる。
食事を終え、一行は騎士団長に連れられて、港へと向かった。朝の港は、行き交う人々の数が少なく、どこか閑散とした雰囲気が漂っている。漁師たちが不満げな顔で話している声や、壊れた漁船を修理している音が、静かな港に響いていた。
「うわー!すごい!船がいっぱいだ!」
キスティーは、それでも初めて見る港の景色に目を輝かせた。停泊している船の多さに、彼女は感動している。
「あの船、昨日見た船より大きいぜ!」
ギルも、出港する船がほとんどないことに気づかずに、停泊している巨大な船の数々に興奮している。
「たくさんの船が海に出るのね。漁師さんたち、頑張って!」
アリシアは、港で働く人々の姿を見て、感心したように言った。しかし、彼女の言葉とは裏腹に、船はほとんど港に留まったままだ。
騎士団長に連れられ、一行は港の奥へと進んでいく。そして、一際目を引く豪華な船の前で立ち止まった。それは、王族の紋章が刻まれた、美しい帆船だった。
「わー!すごーい!あれに乗って行くの!?」
キスティーが歓声を上げると、アリシアとギルも目を丸くした。
「ああ、そうだ。あれが今日の君たちの船だ。」
レイエスが微笑みながら言う。三人は興奮を隠せない様子で、船に乗り込んでいった。
「うわー!広い!」
「これなら、大物を釣っても大丈夫そうね!」
「当たり前だろ!俺が釣るんだからな!」
三人の楽しそうな声が、停泊している船の間を通り、静かな港全体に響き渡った。レイエスは、そんな彼らの様子を見て、静かに微笑んでいた。いよいよ、デスサイズオクトパスの討伐という名の「大物釣り」が始まる。
三人は、王族の紋章が刻まれた豪華な帆船に乗り込んだ。船内は磨き上げられた木材と真鍮の装飾で彩られ、これまでの旅路で乗った馬車とはまた違う、特別な空間が広がっていた。
「わーい!広い広い!」
キスティーは、船の甲板をあちこち走り回り、海風を受けて髪をなびかせた。そのはしゃぎぶりは、まるで初めておもちゃを与えられた子どものようだ。
「見て見て、アリシア!あっちに鳥さんがいるよ!」
「ええ、本当に綺麗ね。船から見る景色って、こんなに広いのね。」
アリシアは、船の豪華さに感動しながらも、静かに手すりに寄りかかり、広がる海の景色を眺めていた。船の甲板から見下ろす海面は、光を反射してキラキラと輝いている。
「うわぁ、すげぇ…!俺、こんなにでっかい船に乗るの初めてだぜ!」
ギルは、船のマストや帆、ロープを興味深そうに見上げ、興奮を隠せない様子だ。鍛冶屋の息子である彼にとって、この船の構造一つ一つが、未知の技術の塊に見えた。
「ねえ、アリシア!ギル!船の端っこまで行ってみようよ!」
キスティーが二人に声をかけ、ギルは「おう!」と力強く応えた。アリシアも微笑みながら二人の後を追う。三人の賑やかな声は、静かな港に心地よく響き渡った。
三人が船の上で楽しそうにはしゃいでいる頃、レイエスは船のそばで、騎士団長と向き合っていた。騎士団長の顔には、苦渋に満ちた表情が浮かんでいる。
「殿下、どうかご再考ください。このような場所に、殿下ご自身が乗り込まれるのはあまりにも危険です。ましてや、あのデスサイズオクトパスの出現が報告されている海域に…」
騎士団長は、心底心配そうな顔でレイエスに進言した。デスサイズオクトパスは、王国の騎士団でも討伐に多大な犠牲を伴うと言われる凶悪な魔獣だ。そんな場所に、護衛も手薄な状態で向かうなど、騎士団長からすればありえないことだった。
「騎士団長、心配は無用だ。私はただ、『釣り』をしに行くだけだよ。」
レイエスは涼しい顔で答える。
「しかし、殿下…!」
「それに、今回の旅は、あの三人が一緒だ。彼らがいれば、どんな魔獣だろうと、問題にはなるまい。」
レイエスの言葉に、騎士団長は息をのんだ。デスサイズオクトパスが、シャドークラッシャーよりはるかに危険な存在であることはわかっている。しかし、あの子供たちの規格外の力を目の当たりにした今、彼らがいることの安心感もまた、騎士団長の中に芽生えていた。だが、それでも王族の安全を預かる身として、この危険な旅を許すことはできなかった。
「殿下…!ですが、万が一ということもございます!王都にお戻りください!」
騎士団長は、必死に食い下がる。だが、レイエスは聞く耳を持たない。彼の瞳には、この計画が成功した後の、輝かしい未来が映し出されていた。
(デスサイズオクトパスを討伐できれば、アズール港の危機は救われる。そして、その功績は、間違いなくあの三人の力によるものだと、皆に知らしめることができる。そして、それを行なったのは私だと。これが、国を動かす第一歩となるのだ。)
レイエスは内心でそう思い、確信に満ちた笑みを浮かべた。
「騎士団長、出港の準備を。船はすぐにでも、沖へと向かう。」
レイエスはそれだけを言い残すと、颯爽と船に乗り込んだ。騎士団長は、王子の揺るぎない決意を前に、これ以上何も言えなかった。彼の脳裏には、またもや「もしもの事態」が次々と浮かび、胃がキリキリと痛み始めた。




