第19話 どんなの釣れるのかな?
そうこう騒ぎ続けているうちに、豪華な馬車は夜の帳が降りた頃、ようやく目的地の「アズール港」へと到着した。潮の香りが微かに漂い、遠くには港の灯りがきらめいている。
「わー!海だー!海の匂いがするー!」
キスティーは窓から身を乗り出しそうな勢いで、初めての港町の景色に目を輝かせた。アリシアもギルも、馬車から降り立つと、広がる港の風景に感嘆の声を上げる。
「すごい…見たことない建物がいっぱいだわ!」
アリシアは、コレットの町とは違う、石造りの重厚な建物群や活気ある港の雰囲気に目を奪われた。
「船がいっぱいだぜ!でっかい船もある!」
ギルは、港に停泊している巨大な帆船の数々に興奮し、目を輝かせていた。
一行が案内されたのは、アズール港でも一際目を引く豪華な宿泊施設、「蒼海の楼閣」だった。磨き上げられた大理石の床、天井まで届く大きな窓、煌びやかなシャンデリア。見るもの全てが、三人の想像をはるかに超えるものだった。
「ひゃー!ここがお部屋!?お城みたいだよ、アリシア!」
キスティーは、通された部屋の豪華さに目を丸くし、ふかふかのベッドに飛び込んだ。
「すげぇ…」
ギルも呟きながら、部屋の調度品を興味深そうに触っていた。
アリシアは、洗練された内装と、窓から見える港の夜景に感動し、ただただ言葉を失っていた。
夜になり、通された食堂はさらに豪華だった。長いテーブルには、見たこともない料理の数々が所狭しと並べられている。色鮮やかな魚料理、香ばしい肉料理、美しいデザートまで、まるで絵画のようだ。
「うわあああ!おいしそうー!」
キスティーは目を輝かせ、我先にと皿に料理を盛り始めた。
「すげぇ、こんなの見たことねぇ!」
ギルは興奮しながら、豪快に肉料理を口に放り込む。
アリシアも、上品ながらも目を輝かせ、普段食べることのできない珍しい料理を一口ずつ味わっていた。三人の賑やかな声が、広々とした食堂に響き渡る。
食事も一段落した頃、アリシアがレイエス王子に問いかけた。
「あの、王子様。明日は、海釣りをしてくださる、とお聞きしましたが…」
キスティーも、お菓子を頬張る手を止め、興味津々といった表情でレイエス王子を見つめた。
レイエスは、にこやかに頷いた。
「ああ、そうだ。明日は朝早くに船で沖に出て、そこで釣りをしようと思っている。釣れた魚は、料理長に調理してもらって、皆で美味しく食べよう。このアズール港は、新鮮な海の幸が豊富でね。」
レイエスは言葉を切ると、少し間を置いて、三人の様子を伺うように続けた。
「それに…『大物』もいるぞ。この沖には、驚くほど大きな『タコ』がいると聞いている。もし、あれが釣れたら最高だな。」
その言葉に、三人の目が一斉に輝いた。
「タコ!?大きいタコ!?釣りたいー!」
キスティーは飛び跳ねて、大興奮だ。
「え、タコって何だ?食べれるのか!?おいしいのか!?」
ギルも、未知の獲物に興味津々で、食べることへの期待で目を輝かせている。
アリシアも、知らない魚の話に、好奇心をくすぐられたようだ。
「釣ってみたいわ!調理してみたい!」
三人は口々に叫び、明日の海釣りの話で大いに盛り上がっていた。
そんな三人の様子を満足げに眺めながら、レイエスはテーブルの下で小さく、しかし確かな手応えを感じてガッツポーズをした。
(よし!)
レイエスは内心でそう呟いた。このアズール港は、豊かな海の幸で有名な交易都市だが、最近、沖合に突如として現れた凶悪な魔獣「デスサイズオクトパス」のせいで、漁に出ることができず、都市の存続自体が危機に瀕しているのだ。レイエス王子が描いたシナリオは、この「遊び」と称した海釣りで、キスティーたちにその凶悪な「タコ」を釣らせる、というものだった。
食事も一段落し、レイエスの「大物タコ」の言葉で、三人の興奮は最高潮に達していた。
「ねえ、アリシア!明日の海釣り、絶対大きなタコを釣ってやろうね!」
キスティーが興奮気味にアリシアの腕を掴んで揺さぶる。アリシアはにこやかに頷いた。
「ええ、もちろんよ。でも、タコを釣る道具って、何を使うのかしら?」
「そんなの、俺の力で引っ張り上げてやるさ!」
ギルの豪快な声が響いた。声のする方を向くと、彼は力こぶを作って笑っている。レイエスはそんな彼らの様子を見て、心の中で微笑んでいた。
食事を終え、一行はそれぞれの部屋へと戻る時間となった。
「あー、お腹いっぱい!お風呂行こ!アリシア、一緒に行こうよ!」
キスティーが目を輝かせてアリシアを誘う。
「そうね、旅の疲れを癒さなくちゃ。」
アリシアも頷いた。ギルは、少し離れた場所で、ぶっきらぼうに言った。
「俺も行くぜ。汗だくでベタベタだ。」
レイエスと騎士団長は、三人が連れ立って風呂へと向かう姿を静かに見送った。騎士団長は、レイエスに深々と頭を下げた。
「殿下、本日は長旅お疲れ様でございました。護衛の任、これより私が…」
「いや、いい。今日はもう休んでくれ、騎士団長。明日に備えるんだ。」
レイエスは騎士団長の労をねぎらうと、自室へと戻っていった。騎士団長は、部屋に戻るレイエスの背中を見つめながら、複雑な表情を浮かべる。
(殿下は、あの子供たちに何をさせるおつもりなのだろうか…?)
その日の出来事を思い返し、騎士団長は不安と困惑に苛まれていた。
キスティーとアリシアは、豪華な大浴場に足を踏み入れ、目を丸くしていた。大理石の床、天井が高く広々とした空間、そして何よりも、コレットの町では見たこともないほど透明で温かい湯。
「うわあああ!すごーい!お風呂までお城みたいだよ!」
キスティーは、服を脱ぎ散らかすと、湯船に勢いよく飛び込んだ。バッシャーンと大きな水しぶきが上がり、アリシアにかかる。
「もう!キスティー!はしゃぎすぎよ!」
アリシアが怒ったように言うが、その顔はどこか楽しそうだ。キスティーは湯船の中でバタ足をしたり、潜ったり浮いたりしてはしゃぐ。
「ねえアリシア、見て!私、泳げるよ!」
キスティーは得意げに、潜ったり浮いたりして見せた。アリシアは、そんなキスティーの様子を微笑ましく眺めながら、ゆっくりと湯に浸かった。
「はぁ〜…気持ちいい〜…」
温かい湯が、長旅で疲れた体をじんわりと癒してくれる。
「ねえアリシア、このお湯、なんかいい香り!うちのお風呂と全然違う!」
「そうね。きっと特別な薬草でも入っているんじゃないかしら。」
アリシアがそう答えると、二人は洗い場へと向かった。石鹸のいい香りが広がり、キスティーは全身を泡まみれにしながら、また湯船に戻ってはしゃぎ始める。
「見て見て、アリシア!泡でウサギさんが作れたよ!」
キスティーが泡でウサギの形を作って見せると、アリシアは微笑みながら、自分も丁寧に体を洗っていた。
その時、男湯からギルの声が聞こえてきた。
「おーい、キスティー!アリシア!そっちはどうだ?」
キスティーは、壁の向こうから聞こえるギルの声に、いたずらっ子のような笑顔を浮かべた。
「ギルー!こっちはお風呂もお城みたいだよー!」
「こっちだってそうだぜ!広くて最高だ!」
ギルが応える声が聞こえる。キスティーは、ふと何かを思いついたように、ニヤリと笑った。
「また何か企んでるわね?」
と、アリシアが尋ねるが、キスティーは聞く耳を持たない。
「えへへ…ちょっと待っててね、ギル!」
キスティーは湯船の縁に立ち、壁に向かってそっと手をかざした。次の瞬間、彼女の指先から、ほんの少しの風魔法が発動した。
「そぉーれっ!」
湯船の水が、細く舞い上がって壁を越え、隣の男湯へと流れていく…はずだった。しかし、キスティーは魔力調整が苦手だ。少しのつもりが、思いのほか強い風魔法が発動してしまい、湯船の水が壁を乗り越えて男湯へと、まるで滝のように豪快に流れ落ちた!
「うわあああああああ!?」
男湯から、ギルの悲鳴が響き渡る。静かに湯に浸かっていたギルの頭に、突然大量のお湯が降り注いだのだ。
「うわ!キスティー!何するんだお前は!」
ギルが怒鳴りつける声が聞こえてくる。
「えー!ちょっとだけ流したつもりが…!」
キスティーは、自分が引き起こしたことにびっくりして、目を丸くしている。アリシアは、そんなキスティーの様子を見て、堪えきれずにクスクスと笑い出した。
「もう、キスティーったら。本当にあなたは懲りないんだから。」
「おいキスティー!謝れ!風邪ひいたらどうするんだ!」
ギルが怒鳴りながら、湯船から上がってくる音が聞こえる。
「ご、ごめんってば!わざとじゃないもん!」
キスティーは、慌てて壁に向かって謝った。アリシアは、笑いながらキスティーの頭を軽く叩いた。
「さあ、早く洗いなさい。でないと本当に怒られるわよ。」
二人は再び体を洗い始めた。その間も、壁の向こうからはギルの怒ったような声が聞こえてくる。
「ったく、お前は…!少しは加減ってものを知れ!」
「ごめんなさいってばー!」
キスティーは、そう叫びながらも、どこか楽しそうだ。アリシアも、そんな二人のやり取りに微笑んでいる。
「さあ、そろそろ出ましょうか。明日に備えて、早く寝ないとね。」
アリシアの言葉に促され、二人はゆっくりと湯船から上がった。体を拭き、部屋着に着替えると、ふかふかのベッドに潜り込んだ。
初めての港町、豪華な宿泊施設、そして、明日に控えた海での「大物釣り」。三人の胸は、期待と少しの不安で高鳴っていた。
「おやすみ、アリシア。」
「おやすみ、キスティー。」
「おやすみ!明日、楽しみだな!」
隣の部屋からギルの声が聞こえてきた。その声は、楽しそうな響きを持っていた。キスティーとアリシアは、顔を見合わせてクスッと笑った。明日の朝、三人がどんな冒険に巻き込まれるのか、彼らはまだ知る由もなかった。




