第18話 もうー!ギルには負けないんだから!!
キスティーは、意気揚々とシャボン玉液に棒を浸し、深呼吸をした。そして、シャボン玉を吹く息に、風と光の魔法を込め始めた。もちろん、魔力調整の苦手な彼女のことだ。込める魔力の量が多すぎた。
「ふーーーーっ!」
キスティーが吹き込んだシャボン玉は、驚くほど大きく膨らみ、不規則な動きで空を舞い始めた。まるで意思を持っているかのように、予測不能な軌道を描いて飛んでいく。
ギルは、真剣な顔で棒を投げたが、キスティーのシャボン玉はひょいとそれをかわし、一投目は外れた。
「ちっ!」
二投目も、シャボン玉はギルの棒を巧妙に避けていく。
「やったー!ギル、当たらないじゃん!私の勝ちー!」
キスティーは勝ち誇ったように叫び、嬉しそうに飛び跳ねた。ギルは悔しそうに歯ぎしりをする。
「くそっ!こうなったら…!」
ギルは、持っていたキャンディーの棒を五本まとめて握りしめ、目一杯の力で投げつけた!三本の棒は、不規則に動くキスティーのシャボン玉を外したが、そのうちの一本は、シャドークラッシャーの喉元に、信じられないほどの強さで命中した。
そして、残りの一本が、見事にシャボン玉を捉えた。
「パンッ!」
シャボン玉が弾けたその瞬間、キスティーが込めていた過剰な風と光の魔法が暴走した。光を伴った雷鳴のような暴風が巻き起こり、シャドークラッシャーの巨体を直撃したのだ。
「グオオオオオオ…!?」
シャドークラッシャーは、断末魔の叫びを上げると、その動きをぴたりと止めた。全身の甲殻が粉々に砕け散り、黒い煙を上げて、まるで最初から存在しなかったかのように消滅した。
馬車の外で応戦していた騎士団長は、目の前で起こった信じられない光景に、完全に唖然としていた。
「な……な、何が……起きたんだ……?」
彼の目には、一瞬前まで猛威を振るっていた凶悪な魔獣が、突然、雷を伴った暴風に吹き飛ばされ、文字通り「消滅」した様が焼き付いている。そして、その先には、子供たちが楽しそうにシャボン玉で遊ぶ馬車がいた。
(まさか、今の攻撃は…あの子供たちが…!?あれが…『遊び』の延長だと…!?)
騎士団長は、馬から落ちそうになるのを必死に堪えた。彼の知る世界の常識は、目の前の光景によって、完全に粉々に打ち砕かれた。
馬車の中では、そんな大人たちの困惑などには全く気づかず、三人は変わらず騒がしい。
「あー!ギル、まとめて棒投げるなんてずるいよ!一個ずつだよ一個ずつ!ずるいー!」
キスティーは、負けたことに納得がいかないとばかりに口を尖らせている。
「うるせぇ!当たれば俺の勝ちだ!だから俺の勝ち!」
ギルは、見事な一撃でシャドークラッシャーを沈黙させた棒のことなど見てもおらず、自分がシャボン玉を割ったことに満足げだ。
「もう!ギルはいつもそうやって!私の勝ちだったのに!」
「はいはい、二人とも。仲良くね。」
アリシアが、そんな二人の間に割って入り、にこやかに微笑んだ。彼女の顔にも、魔法でシャボン玉を大きく膨らませ、的当てゲームができたことへの純粋な喜びが浮かんでいる。
彼らにとって、外で起こった「凶悪な魔獣の消滅」など、どうでもいいことなのだ。自分たちの「遊び」が、いつも通りに、楽しく終わった。それだけが、彼らにとっての真実だった。
レイエス王子は、目の前で繰り広げられた一連の出来事と、無邪気にはしゃぐ三人の子供たちを前に、完全に思考が停止していた。
(何が…どうなっている…?あのシャドークラッシャーが…一瞬で…)
脳裏には、シャボン玉が弾けた瞬間の、雷を伴う暴風の光景が鮮明に焼き付いている。そして、それを引き起こしたのが、他ならぬキスティーの、未熟な「遊び」の魔法だという事実。
(あの力は…もはや制御できているとは言えないのか…?それとも、無意識に、あれほどの魔力を操っているというのか…?)
レイエスの頭の中では、魔法の常識が音を立てて崩れていく。詠唱なし、杖なし、そして意識的な制御もなしに、赤金の甲殻を持つ強大な魔獣を吹き飛ばすほどの力を発揮する。王国の魔術師団の最高位の魔術師でも、到底到達できない領域だ。
(彼らは…一体、何者なのだ?なぜ、これほどの力を持ちながら、自分たちの置かれている状況を理解していない?いや、理解していないからこそ、この力を使えるのか…?)
レイエスの胸には、驚愕、混乱、そして計り知れない畏敬の念が渦巻いていた。彼らの存在は、王国の常識を遥かに超え、世界の理さえも覆しかねない。この「遊び」が、彼らの「日常」である限り、この国は、そして世界は、彼らの無垢な力に翻弄され続けるのだろうか。レイエスは悩み続けた…。




