第16話 遠足 = お菓子♪♪
馬車が走り出すと、キスティーはもう我慢できないとばかりに窓にへばりついた。
「わー!すごい速いー!見て見てギル、アリシア!森がビューンって後ろに飛んでくみたい!」
彼女の瞳は好奇心でキラキラと輝き、初めて見る流れる景色に興奮しきっている。馬車の揺れも、彼女にとってはアトラクションのように楽しいらしい。
「本当に速いわね。この馬車、きっと特別な魔法が施されているのよ。」
アリシアは、座席に深く身を沈めながら、馬車の内装や揺れの少なさに感心している。きらびやかな装飾や、ふかふかの座席、窓から差し込む柔らかな光…王族の乗り物ならではの贅沢さに、目を輝かせた。
「こんなに広いんだぜ、中。俺の部屋より広いんじゃねぇか?」
ギルは、馬車の天井や壁を興味深そうに見上げ、鍛冶場の作業場とはかけ離れた空間に驚きを隠せない。そのぶっきらぼうな口調とは裏腹に、顔には明らかに感嘆の色が浮かんでいる。
「ねえ、アリシア!馬車の中ってこんなにふわふわなんだね!まるで雲の上みたい!」
キスティーが飛び跳ねるように座席の上で跳ねると、ギルが慌てて制止した。
「おいキスティー、はしゃぎすぎだろ!王子様もいるんだぞ!」
「えー、でも楽しいんだもん!王子様も跳ねてみたら?楽しいよ!」
キスティーは、レイエス王子の方を振り返り、無邪気な笑顔で誘った。レイエスは、そんなキスティーの真っ直ぐな視線に、思わず苦笑を浮かべる。
「はは…流石に、私は控えておこう。」
レイエスがそう言うと、キスティーは少し残念そうな顔をした。
「ちぇー。つまんないの。」
それでも、キスティーの興奮は収まらず、再び窓の外の景色に釘付けになる。
「ねえねえ、王子様!海ってどんなところなの?お魚さん、いっぱいいっぱいいるんだよね!この間釣った『魚』より大きいお魚さんもいるの!?」
キスティーは、質問攻めだ。レイエスは、一つ一つ丁寧に答えていく。
「ああ、海は広大で、この森とは比べ物にならないほど多くの生き物がいる。もちろんこの前釣っていた『魚』よりも大物もいるだろうな。」
「えー!そうなの!?すごーい!早く会いたいなー!」
キスティーが目を輝かせてはしゃぐ横で、アリシアはふと、疑問を口にした。
「王子様、普段もこのような馬車で移動されるのですか?それとも、これは私達のために特別なものを…?」
アリシアの問いに、レイエスは静かに答えた。
「ああ、いつもはここまで豪華なものは使わない。だが、今回は君たちを招待するのだから、特別に手配した。」
「ええ!?私達のために!?」
アリシアが驚くと、ギルも目を見開いた。
「まじかよ…王子様ってすげぇな…」
「当然だろう?お客様をもてなすのは、王族としての務めだからな。」
レイエスは涼しい顔でそう言い放つ。三人は、自分たちがどれほど特別な待遇を受けているのかを改めて知り、少しばかり緊張した面持ちになった。
その時、馬車が大きな揺れを見せた。外から、騎士団長の焦ったような声が聞こえてくる。
「殿下!ご無事ですか!?」
馬車の外では、レイエスの護衛のために馬に乗って並走していた騎士団長が、ひどく焦った顔で馬車の中を覗き込んでいた。三人のあまりの騒がしさに、中にいるレイエス王子に何かあったのではないかと心配になったらしい。馬車の窓から聞こえる子供たちの嬌声と、時折聞こえる「ドタバタ」という音に、彼は冷や汗を流していた。
(まさか、中で暴れてるのか!?殿下は無事だろうか!?王子を傷つけたら、俺の首が飛ぶどころじゃ済まないぞ!)
騎士団長は、馬車が揺れるたびに心臓が縮み上がる思いだった。
「大丈夫だ、騎士団長。少し揺れただけだ。」
レイエスが落ち着いた声で返すと、騎士団長は心底安堵したように胸をなでおろした。だが、すぐにまた「キャーキャー」というキスティーの声と、ギルの笑い声が聞こえ始め、騎士団長は再び顔色を青ざめさせるのだった。
馬車の中では、キスティーがギルを相手に、窓から見える景色を早口で説明していた。
「見て見てギル!あの木、なんか変な形してるよ!あ、今度は牛さんだ!モゥ~って鳴くのかな!?」
「うるせぇな、キスティー!いちいち言わなくていいだろ!」
ギルはそう言いながらも、キスティーが指差す方向を一緒に眺めている。アリシアも、そんな二人の様子に微笑みながら、時折レイエス王子に町の文化や風習について質問を投げかけていた。
レイエスは、そんな三人の様子をじっと観察していた。彼らの純粋な好奇心、無邪気な笑顔、そして何よりも、どんな状況でも楽しさを見出すことができる天性の明るさ。
(この子たちは、本当に『普通』なのだろうか…?)
前回の視察で、彼らの力を目の当たりにしたばかりだというのに、馬車の中で無邪気にはしゃぐ姿は、どこにでもいる子供たちと何ら変わりない。しかし、その「普通」の裏に、規格外の力が潜んでいるという事実が、レイエスの胸に深く重くのしかかっていた。
(あの力を持つ彼らが、なぜこんなにも無垢でいられるのか…その根源は、一体どこにあるのだ…?)
レイエスの心には、彼らへの興味と、同時に理解できない部分への疑問が渦巻いていた。この旅を通じて、彼らの「日常」の奥深くに隠された真実の一端に触れることができるのだろうか。
海への旅は、まだ始まったばかりだった。
馬車の中の騒がしさは、一向に収まる気配がない。特にキスティーは、何かを思い出したように、背負っていたリュックをガサゴソと漁り始めた。
「じゃじゃーん!」
威勢の良い掛け声と共に、キスティーがリュックの口を大きく広げた。中には、色とりどりのお菓子が山盛りになっている。甘い香りが、あっという間に馬車の中に広がった。
「やっぱりお菓子しか入ってないじゃない!」
アリシアが呆れたようにため息をついた。ギルも、口元を緩ませながら、呆れた顔で言う。
「ほら見ろ、言った通りだろ!どんだけ食いしん坊なんだよ、お前は!」
「いいじゃん!遠足なんだから!お菓子は必須でしょ!」
キスティーは頬を膨らませて反論するが、その目はキラキラと輝いている。彼女は得意げに、色々な種類のお菓子を広げて見せた。
「見て見て!これ、町外れのお菓子屋さんでしか売ってない限定のお菓子だよ!」
なんだかんだ言いながらも、アリシアとギルも、差し出されたお菓子を手に取っていく。ギルは大きなクッキーを、アリシアは可愛らしいキャンディーを口にした。馬車の中は、お菓子を頬張る音と、三人の弾んだ会話でさらに賑やかになった。
「ほら、やっぱりみんな食べてんじゃん!」
キスティーは得意げにそう言い放ち、ニコニコしながら、一本の棒付きキャンディーをレイエス王子に差し出した。
「王子様もどうぞ!これ、美味しいんだよ!」
突然の差し入れに、レイエス王子は戸惑いを隠せない。王族が、子供から直接お菓子をもらうなど、前代未聞の事態だ。隣の騎士団長が、外から馬車の中を気遣うようにちらりと見たのが分かった。レイエスは一瞬躊躇したが、子供たちの純粋な笑顔を前に、断ることはできなかった。
「あ、ああ…ありがとう。」
レイエスはぎこちなくキャンディーを受け取った。キスティーは満足そうに笑い、ギルとアリシアもくすくす笑っている。レイエスは、生まれて初めて口にする棒付きキャンディーを、どうすればいいか分からず、しばらくじっと見つめていた。




