第15話 準備万端?
キスティーが家に帰ると、おばあちゃんは夕飯の支度をしていた。
「おばあちゃん!大変なの!」
キスティーは、今日あった出来事を、興奮気味におばあちゃんに話した。レイエス王子が薬屋に来たこと、海に誘われたこと、明日また来るらしいこと。おばあちゃんは、穏やかな顔でキスティーの話に耳を傾けていた。
「そうかい。王子様が、キスティーを海に誘ってくれたのかい。それは、よかったねぇ。」
おばあちゃんの言葉に、キスティーは目を丸くした。
「え?よかったの?捕まるかもしれないのに…。」
「ふふ、王子様はそんなことしないさ。キスティーは、王子様と遊びに行くのが楽しみかい?」
おばあちゃんは優しく微笑んで尋ねた。キスティーは、少し考えてから、正直に答えた。
「う、うん…。でも、ちょっと怖い気もする…。」
「そうかい。でもね、行っておいで。きっと楽しいことがあるよ。」
おばあちゃんは、キスティーの頭をそっと撫でた。キスティーは、おばあちゃんの意外な反応に首を傾げながらも、なぜか安心したような気持ちになった。
ギルもまた、鍛冶場で汗を流す父親に、今日の出来事を報告した。
「親父!大変なことになったんだ!」
ギルが息を切らしながら話すと、父親は金槌を置いた。
「ほう、王子様が、お前たちを海に誘ったと?」
父親は、ギルの話を一通り聞くと、豪快に笑い出した。
「ガハハハ!そりゃあ、いいじゃないか!王子様と遊びに行けるなんて、めったにない機会だぞ!」
「え!?親父そう思うのか!?なんか裏があるんじゃねぇのか…?」
ギルは、父親のあっけらかんとした反応に拍子抜けした。
「何を言ってるんだ、ギル。王子様が、お前たちみたいな子供に何か企むわけがないだろう。それに、王子様が直々に誘ってくれたんだ。これは名誉なことだぞ。行ってこい!」
父親はギルの背中をポンと叩いた。ギルは、釈然としない気持ちながらも、父親の言葉に逆らうことはできなかった。
アリシアの母親もまた、娘から今日の報告を受けた。
「お母様、王子様が明日またいらっしゃるそうよ。私達を海に誘いたい、とおっしゃっていて…。」
アリシアが不安げに尋ねると、母親はにこやかに答えた。
「まあ、それは素晴らしいわね、アリシア。王子様がお声をかけてくださるなんて、光栄だわ。」
「でも、お母様…何か、変な感じがするの。まさか、私達がこの間、騒がしかったことに腹を立ててて…。」
アリシアは、そっと声を潜めて尋ねた。母親は、アリシアの頭を優しく撫でた。
「大丈夫よ、アリシア。王子様は、きっとあなたたちに悪くしたりはしないわ。それに、王子様はとても優しい方よ。行っておいでなさい。」
母親の言葉に、アリシアは少しだけ不安を和らげた。
三人はそれぞれ、親たちの意外な反応に驚きながらも、なぜか「行っても大丈夫な気がする」という不思議な感覚に包まれていた。
彼らはまだ知らなかった。レイエス王子がすでに彼らの親たちと接触し、安全の保障と、たくさんの豪華なお土産を約束することで、快く彼らを送り出す了承を得ていたことを。王子の抜かりない手回しによって、3人の「海への冒険」は、すでに決定していたのだった。
翌朝、コレットの町は柔らかな日差しに包まれていた。アリシアの薬屋の前に、旅支度を整えた3人の姿があった。
「よしっ!これで準備万端!」
キスティーが元気よく言うと、背負ったリュックがずっしりと音を立てた。その膨らみように、アリシアとギルは思わず顔を見合わせる。
「キスティー、それ、まさか全部お菓子じゃないでしょうね?」
アリシアが呆れたように尋ねると、キスティーはニヤリと笑った。
「えへへ〜!だって、遠足だもん!」
「遠足じゃねーんだよ!全部お菓子でどうすんだ!」
ギルが額に青筋を浮かべ、リュックを指差す。
「いいじゃない!お腹空いたら困るでしょ!ギルは食いしん坊だから、私の分まで食べようとするんだもん!」
「俺はそんなことしねぇ!お前が先に全部食い尽くすんだろ!」
いつものように騒がしい3人のやり取りが、薬屋の前に響き渡る。
その時、薬屋の扉がカラン、と音を立てて開いた。3人の会話は、ピタリと止まる。
扉の先に立っていたのは、昨日と同じくレイエス王子だった。彼の隣には、早くも疲れ切った顔をした騎士団長が控えている。騎士団長は、3人の騒がしさに、ギロリと鋭い視線を向けた。その目に射抜かれ、キスティーは思わずアリシアの影に身を潜める。
レイエス王子は、そんな彼らの様子を一通り眺めると、小さく微笑んだ。そして、何も言わず、ただ優雅に店の外へと歩き出す。
「さあ、行こうか。」
王子が促すように言うと、薬屋の前に停められた豪華な馬車が3人の視界に飛び込んできた。それは、王族しか使うことを許されない、きらびやかな装飾が施された特別な馬車だった。
「うわあああ!すごーい!」
キスティーが歓声を上げ、アリシアとギルも目を丸くして見つめる。
「あれに乗って行くの!?」
三人は吸い寄せられるように馬車に近づき、その豪華さに興奮を隠せない様子だ。騎士団長は、そんな彼らの無邪気な反応に呆れつつも、内心では安堵していた。馬車の中ならば余計な騒ぎは起こらないだろうと。
「ほら、早く乗りなさい。」
騎士団長の声に促され、三人は競うように馬車に乗り込んだ。中はふかふかの絨毯が敷かれ、座席も柔らかい。窓からはコレットの町の景色が広がる。
「うわー!私、こんな馬車に乗るの初めて!」
キスティーがはしゃぎながら窓の外を覗き込む。ギルも珍しそうに馬車の内装を見回し、アリシアは上品に座りながら、どこか緊張した面持ちだった。
レイエス王子が乗り込むと、御者が静かに手綱を引いた。馬車はゆっくりと動き出し、コレットの町を離れ、海へと向かう旅が始まった。




