第13話 王子様、ひらめいた!
泉のほとりで、陽が傾き、夕焼けが森を茜色に染め始める頃、レイエス王子と騎士団長、そしてキスティーたち三人は町への帰路についた。道中、キスティーたちは今日一日の出来事を興奮気味に話し続けている。レイエスは、そんな彼らの賑やかな会話に耳を傾けながら、これまでの王宮での生活では決して味わえなかった、特別な充実感を感じていた。
町に戻ると、あたりはすでに薄暗くなっていた。三人の家路を見送りながら、キスティーはふと不安そうな顔でレイエスの方を振り返った。
「あの…王子様、今日、私たち、何か失礼なことは…ありませんでしたか?」
キスティーは、魚釣りに夢中になっている間はすっかり忘れていたが、レイエスが王族であることを思い出し、急に心配になったのだ。アリシアとギルも、どこか緊張した面持ちでレイエスの返事を待っている。また騎士団長から長々とお説教されるのでは、と内心ではびくびくしていた。
レイエス王子は、そんな彼らの不安そうな表情を見て、優しく微笑んだ。
「ああ、楽しかった。」
簡潔な言葉だったが、その声には偽りのない満足感が込められていた。レイエスはそれだけを伝えると、軽く会釈をして、騎士団長と共に宿舎へと戻っていった。
三人は、レイエスの言葉に胸をなでおろし、安堵の表情を浮かべた。
「よかったー!怒られなかった!」
キスティーが飛び上がって喜ぶ。
「本当に焦ったわ。でも、王子様、本当に楽しそうだったわね。」
アリシアもほっとしたように微笑んだ。ギルは、呆れたようにため息をついたが、その顔には安堵の色が浮かんでいる。
「ったく、お前らが騒ぎすぎなんだよ。でも、まぁ…よかったな。」
彼らは顔を見合わせて、今日の特別な一日を思い出し、互いに笑い合った。コレットの町に、いつもの夜が静かに訪れる。しかし、彼らの日常は、レイエス王子との出会いによって、静かに、だが確実に変化を始めていた。
その夜、レイエス王子は宿舎の自室で、コレットの町の地図を広げたまま、深く考え込んでいた。今日一日で目の当たりにした出来事が、彼の頭の中で渦巻いている。アビスドゥームフィッシュを「釣り上げ」、無邪気にバーベキューを楽しむ子供たちの姿が、鮮明に脳裏に焼き付いていた。
(あの途方もない力…あれほどの才能を、このまま野に置いておくのは惜しすぎる。)
レイエスの脳裏には、彼らを王国に招き入れる様々な方法が浮かんだ。騎士団に入れてはどうか?いや、魔術師団であれば、あの無詠唱の魔法をさらに伸ばせるかもしれない。彼らの力を国の平和のために使えば、どれほど大きな助けとなるだろう。
だが、すぐにその考えを打ち消す。
(いや…無理だろう。)
キスティー、アリシア、ギルバート。彼らは、王国の騎士や魔術師という堅苦しい役職に収まるような器ではない。彼らにとって、魔獣討伐は「日常」であり、「遊び」の延長なのだ。義務や命令で動くことなど、彼らの性分には合わないだろう。今日一日彼らと過ごして、そのことを痛感した。彼らに王命を下したところで、おそらく「えー?なんか面倒くさそう」とでも言いかねない。
(どうすれば、あの力を国の役に立てられる…?)
レイエスの頭の中で、様々な策が巡らされる。褒賞を与えればどうか?爵位や称号を与えれば?しかし、あの無邪気な3人が、そんなものに興味を示すとは到底思えなかった。彼らにとっての価値は、王国の富や名誉とは全く異なる次元にある。
その時、ふと、今日のキスティーの言葉が頭に浮かんだ。
「今日何して遊ぶー?」
そして、アビスドゥームフィッシュを倒した後の、彼らの屈託のない笑顔。あれは、紛れもない『遊び』の顔だった。
「…そうか!」
レイエスは、ハッと顔を上げた。まるで雷に打たれたような閃きだった。彼らを「働かせる」のではない。「招く」のでもない。
『遊び』だ。
「討伐対象がいる場所に、『遊び』に連れて行ってやれば良いのだ…!」
レイエスの口元に、確信に満ちた笑みが浮かぶ。彼らは、危険な魔獣のいる森でさえ、何の抵抗もなく楽しそうに遊んでいた。ならば、国が困っている凶悪な魔獣のいる場所へも、「遊び」という名目で誘えば、きっと喜んで来るのではないか?実際は魔獣討伐なのだが、彼らにとっては、それは普段の「日常の遊び」と何ら変わらないことだろう。
「共に遊んでくれ、と…そう言えば、きっと来てくれるに違いない…!」
レイエスの瞳は、希望と確信に満ちて輝いていた。これは、王族としての任務と、彼自身の冒険心を両立させる、まさに一石二鳥の妙案だ。そして何よりも、あの純粋な子供たちの心に、最も響くであろう誘い方だと思った。王宮の堅苦しい慣習では決して思いつかない、しかし彼らの本質を突いた、レイエスならではの独創的な思案だった。
数日後、レイエス王子率いる視察団は、予定された期間を終え、コレットの町を後にする日が来た。町の人々は広場に集まり、別れを惜しんだ。キスティー、アリシア、ギルバートの三人も、少し離れた場所からその様子を見守っている。
豪華な馬車に乗り込んだレイエス王子は、窓から顔を出し、こちらをじっと見つめているキスティーたちを見つけた。王子は、昨日までの穏やかな表情とは打って変わって、どこか不敵な笑みを浮かべた。その意味深な笑みに、三人は顔を見合わせ、首を傾げる。
「なんだろう、今の笑顔…?」
キスティーが不思議そうに呟いた。
「何か、含みがあるようでしたね…」
アリシアも、少しばかりの不安を覚えたように言った。
「さあな…でも、悪い感じはしなかったぜ。」
ギルはそう言うものの、王子の笑顔が頭から離れない様子だった。
やがて、王子たちの乗った馬車は護衛の騎士たちに囲まれ、ゆっくりとコレットの町を後にしていった。三人は、いつまでもその馬車が見えなくなるまで、広場に立ち尽くしていた。