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規格外の魔法少女は『遊び』と称して魔獣討伐行ってます!?  作者: 初 未来
氷の世界へGO!

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第123話 キュンッ!

 アイアンブラッドベアの肉をさばき、調理を始めた子供たちとエリスの温かく和やかな光景から完全に隔絶された場所で、レイエス一行は、重苦しい沈黙と疲労に耐えながら、深い雪の中をベースキャンプへと戻る途中にあった。


 騎士団長は、傷つき意識が朦朧もうろうとしているクロエを、丁寧なお姫様抱っこで抱きかかえていた。彼の体は、極度の疲労と心労でなまりのように重く、雪に踏みしめる一歩一歩が、肉体的にも精神的にも限界であることを示していた。しかし、彼の腕の中のクロエを守るという小さな使命感だけが彼を支えていた。


 クロエは、全身に走る鈍い痛みと、先ほどの屈辱的な敗北による自責の念に打ちひしがれていたが、騎士団長のたくましい腕の中にいるという予想外の状況に、顔を真っ赤に染めていた。彼の体温と、鍛え上げられた胸板の硬さが、彼女に温かい安堵と乙女心からくる高揚感を与えていた。


 レイエスは、そんな二人の様子を気にかけながら、時折立ち止まり、周囲の警戒を怠らなかった。彼の顔にも、疲労と冷や汗がにじんでいる。


 その時、冷たく澄み切った空気を切り裂くように、あらがいがたいほど芳醇ほうじゅんで香ばしい匂いが、風に乗って彼らの元へと漂ってきた。それは、肉が鉄板で焼ける力強い音、スパイスの複雑な香り、そして温かい煮込みスープの優しい湯気さえ感じさせるような、生命力に満ちた香りだった。


 レイエスは、思わず立ち止まり、目を閉じて、その匂いを深く吸い込んだ。


「なんだ?この匂いは…」


 彼は、そのあまりに魅惑的な香りに、疲弊した五感が刺激されるのを感じた。


 騎士団長は、クロエを抱えたまま、辺りを見渡し、匂いの元を探した。遠く、森の木々の隙間に、白い湯気と、火の光を囲む小さな一団を目視した。彼の常人離れした視力は、その一団がキスティーたちであること、そして彼らが何を調理しているのかを、瞬時に捉えた。そして、その情景を捉えた騎士団長の胃が、キリキリと悲鳴を上げ始めた。空腹と、これから報告しなければならない重い現実とで。


「殿下…おそらくこの香りは、キスティーたちの魔獣料理かと思われます…。ここから目視できました。」


 騎士団長は、疲労を押し殺した真面目な声で報告した。彼の視力は、彼の数少ない自慢の一つであり、その報告に一切の誤りはないという確信が込められていた。


 腕の中で抱えられているクロエは、恥ずかしさでいっぱいの表情で、騎士団長を見上げた。彼のたくましいあごのラインと、真剣な眼差しが、すぐ間近にある。


「いい香りですね…。早く温まりたいですね。」


 彼女は、乙女心と傷ついた体からの純粋な願いを込めて、優しく話しかけた。その声には、微かな甘えが混ざっていた。


 レイエスは、その香りの誘惑と、騎士団長の報告を受けて、逡巡しゅんじゅんした。


「どうする…行ってみるか?騎士団長、どう思う?」


 彼は、先ほどの規格外の力を目の当たりにしたことで、いつになく慎重に、騎士団長の意見を求めた。


 騎士団長は、レイエスの問いかけに、顔を厳しく引き締めた。彼の中に残る理性の最後の砦が、警鐘を鳴らしていた。


「殿下、今回の食事は参加を見送りましょう。食べてみたいというのは承知の上で申し上げます。あの中に、知らぬ者が一人…おそらく、『人外』です。」


 彼の声は、一切の感情を排した、純粋な警告だった。


 レイエスは、騎士団長の言葉に、ハッと目を見開いた。


「キスティーたちと共にだと…。『人外』とは、悪ではないと言うことか…そもそも書物にしか書いていないし、被害の報告など上がったことがない…。勝手な、我々の思い込みと言うことか…」


 レイエスは、エリスが火球を消し去った光景、そして彼女のキスティーたちに向けた慈愛に満ちた表情を思い出し、自分たちの先入観が、今回の騒動の根源にあるのではないかと考えをまとめた。


 騎士団長は、レイエスが思索に入ったのを見て、さらに強い口調で進言した。


「とは言え、関わるのは危険すぎます。あの力、目の当たりにしたのですから。よく考えて下さい。あのアリシアをも上回る力…。触れてはなりません。あれは……神の領域です。」


 彼の言葉には、絶望的なまでの畏怖と、レイエスへの忠誠心が混ざり合っていた。彼の精神は、極限の恐怖によって、もはや現実の出来事として処理しきれていない。


 レイエスは、騎士団長の真剣で切実な進言を聞き、しばらくの沈黙の後、深く溜息をついた。


「…ふう。そうだな。騎士団長の言う通りだ。よくぞ止めてくれた。やはりそなたは頼りになる。」


 レイエスは、騎士団長の肩を力強く叩いた。


 騎士団長は、いつもは自分の意見を押し通すレイエスが、この命に関わる進言を聞き入れてくれたことに、全身が感動で震えた。本当にこのお方は成長なされていると。彼の疲労困憊で限界を突破していた心労が、この信頼の一言で、一瞬、気にならないくらいに吹き飛んだ。彼は、レイエスに尽くしてきてよかったと、熱い涙を流し、再びレイエスにお仕えする決意を、心の底から新たにした。


 クロエは、騎士団長がきっぱりと殿下に進言する真摯しんしな顔を、抱えられているたくましい腕の中から見上げ、うっとりとした表情でつぶやいた。


「素敵…」


 その言葉は、感動で震えている騎士団長には届かなかったが、彼女の騎士団長への敬愛の念は、さらに深い愛情へと変わった。


 レイエスは、クロエの怪我の状態を思い出し、再び冷静な指揮官の顔に戻った。


「クロエが心配だ。急ぎベースキャンプへ戻り、手当が最優先だ。」


 騎士団長は、決意を新たにした瞳で、クロエに真剣な眼差しを向け、力強く勇気づけた。


「クロエ、もう少しだ。痛いだろうが我慢してくれ。」


 ――キュンッ!


 クロエは、その真剣な眼差しと、彼に抱えられているという現実に、心臓が高鳴るのを感じた。


 彼は、クロエのその熱い想いを抱えたまま、指示を出し、ベースキャンプへと急ぎの行軍を再開した。雪は、彼らの重い足取りを音もなく受け止め続けていた。

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