第116話 ごめーん!
キスティーは、スケートの勢いを完全に止め、開いた穴を確認すると、歓喜の声を上げた。
「よーし!行くよ!よーく狙って…それ!」
彼女は、小さな丸いものを仕込んだ雪玉を、正確無比なコントロールで、ギルが今開けたばかりの穴へと投げつけた。雪玉は、わずかに開いた隙間に吸い込まれるように入っていった。
「ストラーイクッ!」
キスティーは、満足げにガッツポーズを決めた。彼女の笑顔は、これがただの「遊び」であることを物語っていた。
そして、キスティーは、次の行動に移った。彼女は、先ほどアリシアが不可抗力で湖面に開けてしまった、大きな穴を視界に捉えた。彼女は、その穴に向かって風の魔力を集中させると、大量の水をゴーレムの穴に向かって巻き上げた。
巻き上がった水は、ギルと組み合っていたゴーレムの穴へと向かった。
ギルは、未だに何が起きているのか理解できていなかった。彼は、ゴーレムと組み合いながら、困惑の声を上げた。
「おい!何にもなんねーぞ!…うわ!!冷てえ!」
キスティーが巻き上げた水は、穴だけを狙ったつもりだったが、その量があまりにも多量だったため、結局制御しきれず、ギルもろとも水飛沫を浴びせた。ギルは、思わず目をつぶり、水浸しになった。
水は、ゴーレムの胸に開いた穴にも、流れ込んでいく。どちらかというと、ギルの方にたくさんかかった。キスティーは、水浸しになったギルを尻目に、両手を腰に当て、満足げにニヤニヤとした。
「よし!これで少し経てば……」
しばらくの静寂が、辺りを支配した。アイスゴーレムは、水が流れ込んだにも関わらず、ギルへの攻撃を再開しようと、重々しい動作をしていた。ギルは、全身から水滴を滴らせながら、呆然とゴーレムを見つめていた。
パチッ…パチッ…
その時、ゴーレムの胸の内部から、微かな、そして異常な音が聞こえ始めた。それは、氷の軋む音というよりも、何かが弾けるような、小さな破裂音だった。音は徐々に大きくなり、頻度を増していく。
キスティーは、その音を聞き逃さなかった。彼女は、再びスケートを加速させ、ギルに向かって叫んだ。
「ギル!離れて!吹き飛ぶよ!」
ギルは、水浸しの体で、驚愕の表情を浮かべた。
「は!?な、何言ってんだよ!」
しかし、キスティーの楽しそうな声と、ゴーレムから聞こえる異常な音が、彼の本能的な危機感を刺激した。彼は、慌ててアイスゴーレムから離れた。
その刹那…
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ…パーーーンッ!!
胸の内部で激しさを増した破裂音は、やがて凄まじい大爆発音へと変わった。アイスゴーレムは、その巨体を維持できず、まるで内部から巨大な圧力がかかったかのように、一瞬にして粉々に弾け飛んだ。体の中奥深くの核も例外なく粉砕された。氷の破片は、空中に舞い上がり、美しいダイヤモンドダストとなって湖面に降り注いだ。
ギルは、間一髪、爆発に巻き込まれることはなかったが、その衝撃波と、再び舞い上がった水飛沫で、さらにずぶ濡れになった。彼は、震える体で、大きな声でくしゃみをした。
「は…は…はっくしょんっ!キスティー!お前!俺巻き込むなよ!ほとんど俺にかかったぞ!風邪ひくだろ!」
彼は、全身を震わせながら、怒鳴った。
キスティーは、そんなギルを見て、笑いを堪えきれない様子で答えた。彼女の目には、うまくいった事への純粋な喜びが宿っていた。
「ギルずぶ濡れだね!ごめーん!ちょっと水多かったね!でも、アイスゴーレム、ノックアウト完了だよ!」
彼女は、自慢げに氷上でVサインを掲げた。
ギルは、粉々になったゴーレムの破片を見て、首を傾げた。何が起きたのか、全く理解できていない。
「お前、何した?」
キスティーは、まるで秘密を教えるかのように、そっと自分の舌を出して見せた。
「これだよ。」
彼女の舌の上には、溶けかけの小さなキャンディーが乗っていた。
ギルは、いよいよ混乱した。
「だからそれがなんだよ?いつものキャンディーだろ?」
キスティーは、キャンディーを舐めながら嬉しそうに説明を始めた。
「これはねー、最近のマイブームのパチパチキャンディーだよ!お口に入れて、溶けてくると、中のつぶつぶがパチパチするの!このキャンディーのパチパチに強化魔法かけて、雪玉に入れて投げたんだよ。」
彼女は、胸を張って、そのトリッキーな作戦を説明した。硬すぎるゴーレムを外から壊すのではなく、内部から破壊するという、発想の転換だった。
ギルは、納得がいかない様子で、さらに尋ねた。
「なんで水かけたんだよ?」
キスティーは、当然でしょ、と言わんばかりの表情を浮かべた。
「溶けなきゃパチパチならないじゃん?」
ギルは、そのシンプルな答えに思わず絶句した。彼は、砕け散ったゴーレムの残骸を呆然と見つめ、小さく呟いた。
「お菓子にやられるゴーレム可哀想だな…」
彼は、エリスの創り出した強大な魔力の創造物が、子どもの駄菓子によって打ち破られたという事実に、言いようのない哀れみを感じていた。
キスティーは、勝利の余韻に浸る間もなく、次の行動に移った。
「よし!こっちは勝ったね!あとはアリシアの方だね。まだ音するから二人とも生きてはいると思うけど…なんか不安だからギル、行こう!」
彼女はにこやかに次へと進み始めた。森から聞こえる激しい衝突音は、アリシアとエリスの雪合戦が、まだ続いていることを示していた。
ギルは、水浸しの体でブルッと震えながら、力強く頷いた。腹ペコではあるが、雪合戦終わらないと食べられないのでキスティーに続いた。
「ああ、分かったよ。行くぞ!」
ギルは、凍える体を無視して、アリシアの加勢に向かうため、湖畔の森へと見た目の通り、重い足取りを進めた。キスティーは、スケートの勢いを使い、軽やかに滑っていった。




