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第一話 黒い封筒

-ヴィクトリアフォールズ-

アフリカ南部に位置する国、ジンバブエにある世界三大瀑布の一つである。

昼間は観光客で賑わうそこは、しんと静まる夜に覆われていた。

男は絶景を見る余裕などなかった。

もう少しだ。

もう少し。

この瀑布の向こうにいけばもう苦しまないで済む。

あと一歩、一歩踏み出せば…

「どーしたの?」

幼い声が、一歩を遮った



男は独りだった。

家族に捨てられ、社会に捨てられ、親友を己の手で刺した。

いや、捨てられたのではない。全てを捨てたのだ。男は自分がいると周りが悲しむことを知っていた。だから遠ざけた。わざと嫌われることをして。でも親友はいつも男のそばにいた。励ましの言葉をかけ続けた。ただ、男にはそれは、雑音以外の何にでもなかった。

-うるさい、やめてくれ。-


気づいたら男はナイフを握っていた。ナイフについた緋色のそれは、正真正銘親友の血だった。


男は捕まった。取り調べでも、刑事の言葉にただ頷くだけで抗わなかった。

男は冷たい牢獄の中で17年の時を過ごした。

牢を出た時には男は全てを失っていた

金も居場所も繋がりも信用も、己の声さえも

わずかな貯金を切り崩し、日雇いの仕事で食いつないだ。

そんなある日だった。

男の元に、一通の黒い封筒が届いた。

(チラシじゃない…。誰が出したんだ?俺に手紙を出す人なんているわけないのに)

その封筒にはこう印字されてあった

(終末旅行券…?)

男は恐る恐る封筒を開けると、中には三枚の紙が入ってあった。一枚目を取り出すと文字が書かれていた。

『死にゆく儚き貴方様へ

貴方様は一ヶ月後、ご自身で死を選ばれます。そこで我々は貴方様に、人生の最期に相応しい場所を選んで欲しいと考え、旅行券をお送りしました。この旅行券は、手に握り、行きたい場所をイメージすると、国境も時も何もかもを飛び越えそこに行くことができます。さあ、イメージしてください。貴方様に相応しい死に場を。こちら側で待っています。

                  悪魔一同』


(なんなんだこれは。死に場を用意?俺は一ヶ月後自殺をするのか?こんな生活から抜けられるならとっくの昔にしてるのに一ヶ月後何を唐突に?いや、信じられるわけない。何もかもない俺に自殺をする理由が今更あるわけないだろ)

男は手紙を疑いながら残りの二枚の紙を封筒から取り出す。一枚は例の旅行券。一見ただの紙切れだが手に持つと全身を震わせる何かを感じる。

もう一枚は、

(おい…嘘だろ?)

もう一枚は写真だった。

男の部屋の。

なんの変哲もない散らかったワンルームの写真、ではなかった。部屋の中央には天井から紐が垂れている。その紐には、血を吐き、目を充血させ、糞尿を垂れ流す、見苦しい体がぶら下がっていた。

それは、男の体だった。

写真の裏には日付が書いてあった。今から丁度一ヶ月後。

(どうしてどうしてどうしてどうして!?本当に俺は一ヶ月後死ぬのか?いや、死を選ぶのか?なんでなんだ!)

男は震え、封筒をゴミ箱に投げた。1秒でも早く手放したかった。

男は不安を抱えながら溺れるように寝た。


一ヶ月後。部屋のインターホンが鳴った。

(NHKか?テレビはとっくの昔に売ったんだが…。)

男は無視した。

だがインターホンが何度も鳴らされる。

男はしょうがなくドアを開けた。2人の男がそこにいた。警察だった。

(また捕まるのか俺?でも2人とも、あの時の刑事のような威勢がない。別件か?)

男は黙って警官を見た。何年もまともに人と話してないので目線だけ。釈放時に声を失ったのだから。

前に立つ、上司と思われる警官が口を開いた。

「----さん。この度はお悔やみ申し上げます。

お父様が交通事故で亡くなられました。」

えっ、


10年以上前に縁を切った親父の訃報だった。



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