【漫才】キョンシー女子大生が梅雨時に心掛ける事
ボケ担当…台湾人女性のキョンシー。日本の大学に留学生としてやってきた。本名は王美竜。
ツッコミ担当…日本人の女子大生。本名は蒲生希望。キョンシーとはゼミ友。
ボケ「どうも!人間の女子大生とキョンシーのコンビでやらせて頂いてます!」
ツッコミ「私が人間で、この娘がキョンシー。だけど至って人畜無害なキョンシーですから、どうか怖がらないであげて下さいね。」
ボケ「どうも!留学生として台湾から来日致しました。日本と台湾、人間とキョンシー。そんな垣根は飛び越えていきたいと思います。こんな風にピョンピョンとね。」
ツッコミ「いやいや、両手突き出して飛び跳ねなくて良いから!」
ボケ「さて!いよいよ日本も梅雨シーズンに入ったね、蒲生さん。私の故郷の台湾にも梅雨はあるけど、一気にザッと降ってすぐに止むからね。日本の梅雨は勝手が違うんだよ。」
ツッコミ「まるでスコールみたいな降り方だね。こっちの梅雨は長々と降り続いて憂鬱だよね。」
ボケ「それは確かに実感があるね。台湾と違って、日本の梅雨は陰の気に満ち溢れている感じがするよ。」
ツッコミ「あっ、やっぱり分かる?この時期は気分が落ち込みやすいから気を付けないといけないよね。」
ボケ「そう?私としてはむしろ、溌剌とした気分だけど?」
ツッコミ「えっ、どうして?さっきは『陰の気に満ち溢れている感じがする』って言ってたけど?」
ボケ「何しろ私達はキョンシーだからね。陰の気である魄が宿っているのだから、この時期はなかなか心地良いんだよ!」
ツッコミ「えっ、そういう事なの?梅雨空でドンヨリしていて陰の気が満ち溢れているから、それで心地良いって事?」
ボケ「今の時期に深呼吸すると陰の気が存分に吸い込めるような気がして、凄く癒やされるんだよね。」
ツッコミ「陰の気はマイナスイオンじゃないよ!」
ボケ「そう言えば蒲生さん、日本には『陽キャ』とか『陰キャ』って言葉があるじゃない?私、あの分類にはちょっと納得いかないんだよね。」
ツッコミ「いきなりどうしたの?!まあ確かに、大人しく物静かな人の事を十把一絡げに『陰キャ』呼ばわりは良くないと思うけど…」
ボケ「それもあるけど、そもそも生きている人間を『陽キャ』と『陰キャ』で分けるのは無理があると思うんだ。」
ツッコミ「えっ、どういう事?」
ボケ「何しろ道教の考えでは、人間の魂魄は陽の魂と陰の魄で出来ているからね。それで普通に生きている人間は、魂魄の両方が揃っている訳じゃない。」
ツッコミ「いきなり道教の講義が始まったなぁ…つまり、どういう事?」
ボケ「要するに魂魄の揃った人間は、謂わば陰陽の両方揃った存在じゃない。だから『陽キャ』だの『陰キャ』だのという分類は、そもそも無意味なんだ。」
ツッコミ「いやいや、『陽キャ』と『陰キャ』は道教の考えに基づいている訳じゃないから!最初に言い出した人、そこまで考えてないと思うよ!」
ボケ「どちらか片方だけしかないなら、『陽キャ』とか『陰キャ』とか主張しても良いけどね。その点で言うと、私達キョンシーは陰の魄だけが宿っているから由緒正しき『陰キャ』として胸を張れるって訳!」
ツッコミ「そんな事で胸を張らなくて良いよ!じゃあ貴女の考える『陽キャ』って何?陽に属する魂だけの存在って事?」
ボケ「正解!道教の考えなら、魂だけになると昇天しちゃうんだ。だから本当の『陽キャ』はお空の上にしかいないんだね。」
ツッコミ「待って!それじゃ生きている人間は『陽キャ』にも『陰キャ』にもなれないって事?」
ボケ「その通り!だから『陽キャ』とか『陰キャ』とか些細な事に拘らず、今を精一杯生きた方が良いって事だね。」
ツッコミ「はあ、『今を精一杯生きた方が良い』か…蘇った死体であるキョンシーの貴女が言うと、また重みが違うね。」
ボケ「止してよ、蒲生さん!私、そんなに重くはないよ。重さを求めるなら子泣き爺にでも頼んでよ。」
ツッコミ「物理的な重さじゃないから!だけど今を精一杯生きるのには同感だね。」
ボケ「そして今の私達が精一杯やらなくちゃいけないのは、この漫才って事になる訳だよ。」
ツッコミ「おっ、良い事言うじゃない!最初は梅雨の話をしていたのに、随分話が脱線しちゃったね。これは巻き戻した方が良いんじゃない?」
ボケ「分かった、巻き戻そう!変な折り目がつかないよう慎重に…」
ツッコミ「コラコラ、額の御札を巻こうとするのは止めなさい!」
ボケ「それと同じ事、島之内の姐さんにも言われたよ。『あんまり弄うたら面倒臭い事なるさかい、美竜ちゃんも程々にしとき。』ってね。」
ツッコミ「分かってるなら止めなさいよ!そもそも私が巻き戻したいのは漫才の話題だから。」
ボケ「さて!いよいよ日本も梅雨シーズンに入ったね、蒲生さん。」
ツッコミ「って、本当に話題を最初に巻き戻したよ!」
ボケ「日本の梅雨はジメジメしていて厄介だよね。日本人である蒲生さんにとって、梅雨シーズンならではの悩みには何が挙げられるかな?」
ツッコミ「それはやっぱり、通学を始めとする移動だよね。服や靴は濡れるし足元は悪いしで、もう散々だよ。」
ボケ「分かるよ、蒲生さん!水たまりなんかあったら最悪だよね。」
ツッコミ「こないだなんか、車道を走る自動車が豪快に水はねを起こしていてね。もう一歩前に出ていたら水たまりの泥水をかけられる所だったよ。」
ボケ「それはひどい!泥はね運転は道路交通法違反なのに。私なんか被害者にも加害者にもなりたくないから、通学時には人一倍気を付けているんだから。」
ツッコミ「被害者は分かるけど、加害者ってどういう事?貴女は県立大から程近い女子大生専用マンションへ下宿しているから、自動車どころか自転車も使う必要がないじゃない。」
ボケ「そうでもないんだよ。普段のノリでピョンピョン跳ねている時に水たまりに出くわしたら、もう大変だからね。」
ツッコミ「えっ、あの飛び跳ねる動作が原因って事?加害者ってそういう事なの!?」
ボケ「幾ら夏用に誂えた撥水速乾仕様とは言え、官服を濡らしたらクリーニングに出さなきゃいけないし、それに他の人に飛沫をかけたら最悪だもん。だから水たまりがあったら回れ右で迂回しなくちゃいけないんだ。」
ツッコミ「そのピョンピョン跳ねるのって死後硬直が原因でしょ?緩んでから出掛けたら良いじゃない。」
ボケ「本当はそれが良いんだけど、緩むのを待っていたら遅刻しちゃう事もあるからさ。」
ツッコミ「寝癖を直すみたいな感覚で言わないでよ!」
ボケ「それに懲りてからは、早起きを心掛けているんだ。死後硬直を解くのも身支度の一つだよ。」
ツッコミ「どんなモーニングルーティンよ!洗顔、化粧、そして死後硬直の解除。貴女の中ではこの三つが同列なの?」
ボケ「惜しいね、蒲生さん!マウスウォッシュと歯磨きが抜けてるよ。後はマウススプレーもしてるかな?」
ツッコミ「どれだけ口内環境に気配りしてるのよ!」
ボケ「やっぱりさ、キョンシーは歯が命じゃない?」
ツッコミ「歯が命って、キョンシーの貴女は生き物としての生命がないじゃないの!」
ボケ「見てよ、蒲生さん!朝昼晩と欠かさず磨いてるからピカピカだよ。」
ツッコミ「良いよ、牙なんか見せなくたって。だけど洗口液やマウススプレーも使っているのは偉いね。身だしなみは大切だよ。」
ボケ「それでなくても今の時期は湿度が高くてムシッとしているからね。エアコンの効きが悪い教室だと口から吐く冷気が頼りだから、植物オイルで爽やかな香りになるよう心掛けてるんだ。」
ツッコミ「えっ!貴女って口から吐く冷気をハンディファンの代わりにしているの?」
ボケ「ハンディファンと違って充電要らずだからね。持続可能な社会の為に、私も色々やってるんだよ。」
ツッコミ「まさか清代の官服を着たキョンシーの貴女に、持続可能社会を説かれるとは思わなかったなぁ。」
ボケ「おっと残念!今日は清代じゃなくて明代の儒者を意識したコーディネートなんだ!」
ツッコミ「一つ王朝が遡っちゃったよ!だけど貴女が除湿や冷房に拘っているのはよく分かるよ。こないだ下宿へ遊びに行ったけど、エアコンのドライ機能だけじゃなくて除湿機まで作動させていたね。」
ボケ「だってさ、カビ臭くなったら嫌じゃない。」
ツッコミ「この時期はどうしてもね。」
ボケ「下手をしたらキノコも生えちゃうかも。」
ツッコミ「まあ、生えなくはないけど…」
ボケ「それというのも、こないだ元町の御隠居様から怖い昔話を聞いちゃってね。それ以来、梅雨シーズンのカビやキノコに敏感になっちゃったんだよ。」
ツッコミ「元町の御隠居様というと、向陽秀さんだったっけ?確か島之内の姐さんと同じ貴女のキョンシー仲間だよね。キョンシーの貴女が言う怖い話だから、これは余っ程だね。」
ボケ「蒲生さんも話のハードルを上げて来たね。これは私も軽やかに飛び越えないと…」
ツッコミ「コラコラ、飛び跳ねなくて良いから!ランニング前の準備運動じゃあるまいし。」
ボケ「これは元町の御隠居様がまだ人間の少年だった頃、近所に住んでいた行商人のおじさんから聞いた話なんだ。」
ツッコミ「伝聞系の怪談のテンプレパターンな語り口だね。元町の御隠居様って清代末期にキョンシーになった方だから、相当昔の話じゃない。」
ボケ「旅の途中、その行商人は山の中で道に迷ってしまったんだ。梅雨時だから月明かりもなくて、すっかり途方に暮れていたんだよ。今だったらスマホのGPSで一発なんだけど。」
ツッコミ「清代末期にそんな便利な物がある訳ないでしょ!」
ボケ「すると向こうから人影が歩いて来たんだよね。丸腰だし一人で歩いているから『これは山賊じゃなくて地元の村人に違いない』と判断して歩み寄ったんだ。」
ツッコミ「これで一安心って感じだね。」
ボケ「だけど相手の顔を覗き込んだ次の瞬間、行商人は思わず絶句してしまったの。何とソイツは人間ではなくてキョンシーだったの。」
ツッコミ「私の目の前にもキョンシーはいるけどね。」
ボケ「あれ、驚かない?蒲生さんも感覚が麻痺しているね。だけど落ち着いてられるのも今のうちだよ。何とキョンシーの顔は無残に崩れていたばかりでなく、カビやキノコがビッシリと生えていたのだからね!」
ツッコミ「ゲッ!何それ、トラウマになっちゃいそう!」
ボケ「しかも空洞になった眼窩からも笠の大きなキノコが生えていて、それは恐ろしい姿だったんだよ。」
ツッコミ「目玉の代わりにキノコが?それじゃ目が見えないじゃん!」
ボケ「だけどそれが幸いして、行商人は視認されずに済んだんだ。死人であるキョンシーに視認されなくて、本当に良かったね。」
ツッコミ「ダジャレか!今までの怖い雰囲気が全部壊れたじゃないの!」
ボケ「それでやっとの思いで人里に降り立った行商人が住民に聞いてみた所、物凄い事が分かったんだ。」
ツッコミ「カビだらけのキノコキョンシーってだけでも充分物凄いけど、まだあるの?」
ボケ「山の中で遭遇したキョンシーは変なキノコの食べ過ぎで発狂した美食家の成れの果てで、生前に食べまくったキノコの胞子が梅雨の長雨で育っちゃったんだって。」
ツッコミ「ええ、キノコの食べ過ぎ?確かに清代の満漢全席にはキノコ料理も色々あったけど…」
ボケ「だけどキョンシーの体質で変質したキノコは、漢方薬として優秀でね。さながら霊芝キノコの成分を凝縮したみたいな感じだったの。」
ツッコミ「キョンシーに生えるキノコだなんて、まるで冬虫夏草ね。」
ボケ「そんなカビだらけのキノコキョンシーの話を聞いた後だからね。カビ対策は入念にやっておきたいと思った訳だよ。」
ツッコミ「確かにキョンシーの貴女には生理的にゾワッとなる話だろうね。ところで件のキノコにはどんな薬効が期待されているの?」
ボケ「頭痛や腰痛に効くみたいだよ。要するに葛根湯や芍薬甘草湯みたいな鎮痛剤かな。」
ツッコミ「だったら葛根湯でも飲んでおきなさいよ!それに一体のキノコキョンシーからじゃ大して採れないじゃない!」
ボケ「そういう事情もあって、西洋薬の流入してきた清代末期には顧みられなくなっちゃったみたいだよ。それでなくても『葛根湯に比べてコスパが悪過ぎるんじゃないか』って意見もあったみたい。天気頭痛にはよく効いたんだけどね…」
ツッコミ「私は貴女の話を聞いてて頭が痛くなったわ。」
ボケ「だったらキノコ由来のリボフラビンカプセルはどう?頭痛に効くよ!」
ツッコミ「キノコキョンシーの話の後でよく勧められたわね!」
二人「どうも、ありがとう御座いました!」