6.大食い×激辛=死
新エリー都ならやりかねない危なすぎる企画。
何だったら公式がこういうの出してもおかしくないという狂気。
人は慣れる生き物である。どんなに前例の無い事でもしばらく同じ状況に居続けると、それが当たり前となり違和感を感じなくなってしまう。
例えばゴミ屋敷に住む人なんかもそうだ。最初は何も散らかっていない部屋だったはずなのに、気づけば足の踏み場も無くなってしまう、みたいなケースが少なからず存在する。けれどいつの間にか散らかっているのが日常となり、片付けようという気が起きないばかりか、逆に散らかっていないと落ち着かない状態にまで陥ってしまう。つまり、慣れには際限がほぼ無いという事だ。
一般常識を心得ている俺、サクは新エリー都の住民たちは本当に変わり者ばかりだと思う。一見オサレな世界で平和に楽しく過ごしているように見える。だがその実態はいつエーテルに飲み込まれてしまうかもわからない、あまりにも死が身近にある世界なのだ。俺にはその感覚が理解できないし、したいとも思わない。
けれど、俺もいつか周囲の変わった人たちのように、恐怖に怯えず悠々自適な日々を過ごせるようになるのだろうか。自分を取り巻く非日常が、当たり前となってしまうのだろうか。それだけが怖い。旧都崩落前にあったはずの、恐怖のない楽しかったあの日々を忘れてしまいそうになるから。
俺は非常識には染まらない。そう、今バイト先の目の前のスペースにでかでかと出されている『わんこ激辛ラーメン大会』の文字。そして仮設テントで繰り広げられている地獄絵図を見ながら改めて誓った。
「あっつ!! かっら!! こんなのポンポン食えるわけねぇだろっ!?」
「ぐええぇえっっっ!! 辛すぎて喉が焼かれたぁっ!!」
「痛っ! 冷たい水飲んだら痛いっっ!!」
最初に叫んだ若い男、ポンポン食えるわけがないはタイトルの時点で察しなさいよ。喉が焼かれた男性、頭の上に燃焼って赤い文字と数字が表示されたけど大丈夫か? あと本当に辛いものを食べると水も痛くなるよね、俺も初めて大将のラーメン食べた時水の痛さで悶絶したからわかる。
ほんと誰がこんな企画思いついちゃったの? 大食いと激辛は合わせちゃ駄目だって誰も気づかなかったん? 止めるやついなかったの?
ビデオ屋としては店の前でこんな阿鼻叫喚な催しが行われたら普通に営業妨害である。けどアキラとリンも頬を引きつらせながらも店から出て様子を見て楽しんでいるからあまり気にして無さそう。客も全然入ってこないからまあいいか。よくないけど。……この時間ってバイトに含まれる? 大丈夫?
「また一人倒れたぞー!」
挑戦者が次々と2杯目にすらいけずタンカで運ばれていく中、場に残っているのは4名となった。
「うおおぉおぉっ! 身体が燃えるように熱くなってきたぜ! なあ兄弟!」
「ぎゅいいぃいぃいいん!」
アンドーさんうるさい。背中にしょってる兄弟もうるさい。なんか本当に燃えてるように見えるのは気のせい?
「うふふ、良い辛さですわね」
リナさんちっとも赤くならず普通に食ってる、すげえ。で、なんで浮いてるんですか?
「ゴホッ! ……この程度の辛さ、全く問題ないわね」
滝湯谷・錦鯉の常連、11号。ゴーグルが曇りすぎて心配。前見えてる? あとめっちゃ噎せてるからそっちも心配。
「っ~~~~~! ……これも賞金のため、負けてたまるもんですかぁーっ!!」
賞金につられて参加したニコ。もう諦めよう、相手が悪すぎる。君そもそも大食いでも辛いもの好きでもないんだから勝ち筋無いって。
「優勝者には賞金5万ディニー、なんだけどこれはちょっとねー……。お兄ちゃん、サク。飛び入り参加も有りみたいだよ?」
「リン、僕を負け戦に放り出すつもりかい? あの精鋭たちに僕が勝てる要素なんて万に一つもないさ」
「当然俺も無理。それに賞金5万ディニーって豪華に見えるけど、あれ間違いなく罠だからな」
「え、どういう事?」
あのわんこ激辛ラーメン。一杯辺りの量は普通の丼の5分の1程度、つまり単価が少ない。そして参加者たちは辛すぎて1杯すら食べきれない。その結果、消費するラーメンは全然少ないという事になる。
「成程。加えて参加は自由だけど参加料が5000ディニー、参加者は既に10名どころか20名は超えているね」
「……これ、実質皆の参加料が賞金になってるってこと?」
「まあ、そんな感じだな」
その上でだ。激辛料理を食べまくったら人の身体はどうなるか。並大抵の胃腸では痛い思いをするのは必至だろう。最悪入院まで有り得る。となれば傷ついた身体を癒すため、かなりのディニーがかかってしまうわけだ。下手したら賞金以上に費用がかさんでしまうかもしれない。
「つまり、大食いでもなければ辛さに強くもない僕らが参加しても、ほぼデメリットしか無いという事か」
「うわぁー……。まあ、皆が楽しいならいーんじゃない?」
「苦しんでる人のほうが多いけどな……」
商売の闇を感じて気分が冷めてしまったアキラとリンは観戦を止めて店に戻っていった。『場所代として賞金を横流しとかしてくんないかなー……』と呟いたリンのその欲張り精神は嫌いじゃない。そんなん誰だって欲しい。俺だって欲しいわ。
その後、ニコは根性で4杯まで食べきるもダウン。まあ頑張ったよ、うん。
リナさんは3杯ほど食べたところで満足して帰っちゃった。何しに来たのあのメイド。
アンドーさんは7杯と健闘したが、優勝は8杯食べた11号の手に渡った。
満足して帰っていった11号が、『普通に依頼受けて激辛ラーメンを食べに行く方が割に合っているわね……』と気づくまでそう時間はかからなかったとか何とか。
良い子の皆は絶対に真似しないでください。
というか真似できないですねこれは。