7.氷の騎士団長サマに見られていました
誘拐犯と対峙する私の中を、まるで高貴な令嬢のような自信が駆け巡るのがわかった。
転生令嬢の私に圧倒的に欠けている、自己肯定感や、令嬢としてのプライドが満ちていく気がする。
気付けば誘拐犯の男に対し、凛とした声で宣言していた。
「わたくしは『魔法令嬢ミルキーレナ』と申します。今からあなたを成敗させていただきますわ」
令嬢らしく、最後に優雅なカーテシーも披露しておく。
にっこりと余裕の笑み付きで。
すると馬鹿にされたと思ったのか、私のせっかくの初名乗りを鼻で笑った男は、背負っていた子供たちを離れた場所にゆっくりと下ろした。
乱暴に投げつけようものなら自慢の俊足で奪い取るつもりだったが、さすがに他国への売り物だという意識が働いたのか、その扱いは思いのほか丁寧でホッと胸を撫で下ろす。
あの男と子供たちの間に距離ができて良かったわ。
うっかりあの子たちを傷付けたら大変だもの。
でもさっきの自己紹介は、改善の余地があるわね。
煽り過ぎでしょ。
私の密かな反省をよそに、腕に覚えがあるのか、男はヘラヘラ笑いながら指をポキポキと鳴らし、準備運動をしている。
普段だったら絶対お近付きになりたくないタイプだ。
もちろん今もだが。
「ペロペロ、私って戦闘能力は高いの?」
「当然じゃ。物理的な攻撃力、防御力はもちろん、魔法も使えるオールマイティじゃ」
「その言葉、信じるわよ? じゃあとりあえず実力を知る為にも攻撃してみますか。よし、女は度胸! そして先手必勝!」
私は男に向かって走り出すと、思いっきりパンチを繰り出した。
令嬢らしくない戦い方だが、どのくらい自分の体が動くのかを確認したかったからだ。
突然目の前に迫った私に驚いた顔をした男だったが、やはりケンカ慣れしているのか、ギリギリ私のパンチを交わすとカウンターを仕掛けてくる。
こちらも避けつつ蹴り上げれば、男は軽く吹っ飛んでいった。
「おおーっ、すごい威力。相手の攻撃がスローに見えるし、蹴った足も痛くないわ」
「人間相手ならそんなもんじゃて。さて、ここからが本番じゃ。気を抜くなよ」
「え、本番って……」
前方に注意を向ければ、伸びていたはずの男がゆらゆらと立ち上がるところだった。
黒い湯気だか靄のようなものが男から立ち昇り、やがて男の後方から仲間と思われる男たちまで現れる。
まるで集団催眠にかかっているかのようにうつろな彼らは、ゾンビのようで気味が悪い。
「え、キモッ! 何あれ? 体を乗っ取られてるっぽくない?」
「さすがレナ、物分かりが良くて嬉しいぞ。奴らは悪の組織に操られているのじゃ。さあ、魔法で解放してやるとよい」
「そんなのどうやって」という疑問を口に出すまでもなかった。
導かれるように勝手に言葉が溢れ出す。
「邪悪な魂を高貴な光で照らしてさしあげましょう。魔の力よ、わたくしの元にひれ伏しなさい!」
私は紺色の扇子をバッと広げると、「ミルキーサンシャイン」と高らかに叫んだ。
まるで夜会のシャンデリアのようなキラキラとした光が扇子から放たれ、ゾンビ集団を包み込んでいく。
すると、途端に男たちは動きを止め、「あああ……」とか、「ううう……」とか呻きながら倒れ始めた。
黒い靄がどんどん小さくなり、やがて見えなくなると同時に光も消えてしまう。
男たち全員が地面に伸びて動かない中、私はすかさず扇子で口元を覆うと、「おほほ。ごめんあそばせ」と不敵に笑ってみせたのだった――
って!
やっぱりこれって『魔法悪役令嬢』の間違いだと思うんだけど!
「とりあえず言いたいことは色々あるけれど……この人たちはどうすればいいの?」
ペロペロにそう問いかけると。
「後は俺が引き受けよう。部下もそろそろやってくる」
背後から聞こえた声に振り向けば、そこにいたのは『氷の騎士団長』と呼ばれるクラレンス・ウィンザーその人だった。
思わぬ人物の登場に、嫌な汗が流れる。
「どうして……いつからそこに?」
「君が『ミルキーレナ』と名乗る少し前だな」
思いっきり最初からじゃない!
え、私の悪役令嬢っぷりに絶対引いたよね?
って、そうじゃなかった。
こんなおかしな姿の私や魔法を見ても冷静だなんて、さすがは『氷の騎士団長』サマ……。
動揺しながらも尊敬の眼差しを向ける私に、クラレンスは淡々と話しかける。
「こいつらの船が近くに泊まっているだろうから、他の子どもも騎士団ですぐに救出しよう。君のおかげで助かった。礼を言う」
「いえいえ、そんな。私には勿体ないお言葉で……」
「……戦っている時とは随分印象が変わるんだな」
何かの効果が切れたのか、前世の庶民らしさ全開で恐縮する私に、団長がフッと面白そうに笑う。
え、この人ってこんなふうに笑うのね。
思っていたより優しい顔……。
驚きで目を見開いていると、コホンと恥ずかしそうに咳ばらいを一つして、団長が口を開いた。
「君には尋ねたいことが色々ある。まずどうやってこの場所……」
遠くからバタバタという沢山の足音が聞こえてくる。
クラレンスの部下の騎士に違いない。
長居は無用ね。
ペロペロも後ろ脚で私を蹴っているし、ここが潮時だわ。
「団長様、私はこれで失礼いたしますわ」
「待ってくれ! まだ話が」
「ごきげんよう」
地面を蹴り、倉庫の屋根へ飛び上がると、クラレンスが叫んだ。
「ミルキーレナ! その足、もう少し隠せないものか?」
そこ!?
氷の騎士団長サマが、風紀委員長みたいなことを言ってるわ。
面白くなった私はヒラヒラと団長へ手を振ると、屋敷へと走り出したのだった。