5.魔法令嬢の初仕事
どうやら不安は的中してしまったようだ。
私と目が合うと、ペロペロは器用に右口角だけを上げ、ニヤッと不敵に笑ってみせた。
「ふむ、どうやら事件が起きたようじゃな。レナ、記念すべき『魔法令嬢ミルキーレナ』の初仕事じゃ!」
「ああ、やっぱりこの音ってそういう……。でも私、まだ『ミルキーレナ』にも納得がいっていないし、初仕事って何をどうしたら」
「話は後じゃ! 街で子供をさらい、他国に売り払っているやつらがおるようじゃ。とにかく行くぞ!」
私の話を遮ったペロペロは、何かを呟いたかと思うと、手のひら大のカメのぬいぐるみに姿を変えた。
「え、そんなに小さくなれるのなら、この部屋へ移動する時も小さくなってくれれば良かったじゃないの」
「おぬしが変身している間だけ、ワシもこの姿になれるんじゃ。ほれ、ごちゃごちゃ言わずにさっさと窓から出るぞ」
なんなのよ、その妙な仕組みは!
って、もしかして今、窓から出るって言わなかった?
どう考えても令嬢が窓から出かけるなんておかしいのに、なぜか急かされた私は言われるがまま、自室の窓から屋敷の屋根へと降りたっていた。
ペロペロ(のぬいぐるみ)は私の肩にスタンバイし、そこから指令を出すつもりのようだ。
「変身中は身軽に動けるはずじゃから、屋根伝いに走るがよい。よし、街までゴーじゃ!」
「ひゃ~、無理無理無理。高いし怖いし滑りそうだし、私はこう見えて深層の令嬢なんだってば!」
なんて口答えをしっかりしつつも、恐る恐る一歩足を踏みだせば、自分の身体が驚くほど軽い。
面白くなって屋敷の屋根を飛び回り、木へと飛び移り、塀を飛び越えた私は、気付けばペロペロの指示通りに街へと繰り出していた。
「レナ、海の方角に向かうのじゃ」
「了解! 走るのがこんなに気持ちがいいってことを忘れていたわ。それに、案外私たちには気付かないものなのね。こんな怪しい女が屋根の上を走り抜けているのに……」
「よほどの興味を持って注意深く観察しない限り、認識されないようになっておるからのう。今はまだお前さんを知っている者もおらんから、目にも入らないはずじゃ」
「へ~。それは良かったわ。まあこの速さじゃ、気付いても二度見している間にもう居ないだろうけれど」
そうこうしている間に、潮の香りが漂ってきた。
この辺りは、船の交易に使われる倉庫が立ち並ぶエリアになっている。
「レナ、あそこじゃ! 男が子供を運んでおるじゃろ?」
「ええ、見えるわ。両肩にそれぞれ子供を乗せているみたいね。ねえ、あの子たちは大丈夫なの? ぐったりしているように見えるのだけど」
「薬で眠らされとるようじゃな。既に船に乗せられている子供もおるじゃろうから、まとめて救い出してやるとよい」
「わかったわ!…………って、え、どうやって? まさか私にあの男と戦えと?」
「当然じゃろ。お前さんしかおらんわ。ほれ、逃げられる前に行くぞ」
「イヤ~~!!」
叫びむなしく、私は男の背後に華麗に着地していた。
ヒーローがよくやる三点着地を、まさか私が披露することになろうとは……。
ちなみに三点着地とは、アニメや映画でよく見る両足、及び片手の三点を地面に着けて着地する例のアレである。
右手を地面に着き、右足は膝を着けずに折り曲げ、左足はピンと伸ばしている。
膝を着けるほうが格好いいかとも思ったが、痛そうだからやめておいた。
私の着地の気配を感じ取ったのか、振り返った男が驚いたように目を見開く。
「な、なんだお前。俺になんか用か?」
じろじろと私を観察するような視線が、ふと私の下半身でピタッと止まった。
男の頬が赤くなり、やがてニタァといやらしい顔で笑うと、視線を下げたまま話しかけてくる。
「嬢ちゃん、いい足してるじゃねーか。そんなに見せつけて俺に相手して欲しいのか?」
「そんなわけないでしょ!」
『だから言ったじゃないの。なんで私が破廉恥な女扱いされなきゃいけないのよ!』と、こそこそペロペロに抗議するが、ペロペロは『さっさとやっちまえ』と言わんばかりに顎をクイっとしてみせただけだった。
はいはい、聞く気はないのね。
役に立たないカメなんだから!
仕方なく私は男に向き直る。
「あなた、ここで何をしているの? その子供は?」
「俺と一緒にくるって言うなら教えてやってもいいぜ? 変な女だが、お前みたいなのを好むお方も海の向こうには多いからな」
やはり他国での人身売買を行っているらしい。
女一人だと思ってペラペラ喋っているが、人として許すわけにはいかないだろう。
「悪いけれど、あなたに付いていく気もなければ、犯罪を見逃すつもりもないの」
「なんだと!?」
私は不思議な力が体を満たしていくのを感じていた。