4.とりあえず変身してみました
「ミルミルミルキー、ドレスアップ!!」
私が呪文を唱えた途端、ブローチの中心の石からまばゆいほどの光が溢れ、瞬く間に部屋中を白く染めた。
あまりの眩しさに思わず目を瞑ると、私は自分の身体が宙へ浮き上がるのを感じ、一瞬恐怖で全身がこわばるのがわかった。
長い髪が舞い上がった風に靡き、八方へ広がっていく。
無重力ってこういうものかもしれないわね……なんて考えていると、全身が柔らかいものに覆われる感触がする。
胸部、右腕、左腕といった順番に、体の一部分ずつがホワンとした温かさに包み込まれ、なんだかその心地よさにウトウトしそうになった頃――
ジャジャーン!!
いかにも成功しましたと言わんばかりの謎の効果音が聞こえ、唐突に変身は終わっていた。
時間にして三十秒くらいだっただろうか、目を開けた私は、なぜか自室でポーズをとって立っている。
光が消えた部屋はいつも通りで、足元には満足そうに頷くペロペロが見えた。
「うまくいったようじゃな」
「ちょっと待って! 何よ、このへんてこなポーズは。気付いたら勝手に体が動いていたんだけど!」
「ミルキーレナの変身後の決めポーズじゃ。似合っておるぞ」
「ひ~~え~~」
恐れおののく私は、自分の意思とは裏腹に高飛車な感じで左手を腰に置き、右手は広げた扇子を口に当てている。
左足に体重をかけ、右足を軽く伸ばした偉そうな体勢……これはどう見ても、令嬢は令嬢でも悪役令嬢のポーズというものではないだろうか。
これじゃあ『魔法令嬢』じゃなくて、『魔法悪役令嬢』じゃないの。
私、やっぱり悪役令嬢へ転生したのかもしれないわ。
ペロペロに促されて鏡を覗けば、いつもはハーフアップにしておろしているピンクベージュの髪は、トップからサイドにかけてぐるりと編み込み、後頭部中央でひとつにまとめた上品なポニーテールになっている。
なんと髪色は輝くような金色に変化していて、顔は変身前と同じでも、印象はかなり変わっていた。
肝心の服は、上半身はさきほど着ていた白襟の紺色ワンピースから、肩の部分がパフスリーブのように大きく膨らんでいる白ブラウス姿になっている。
ブラウスは肘の辺りからはピタッとすぼまっているデザインで、手首にはレースが縁取られていた。
同じくレースの手袋と、レースに見えるが不思議な素材の紺色の扇子が、品のある令嬢といった雰囲気だ。
問題は下半身である。
「ペロペロ、これはさすがにまずくない? 足が思いっきり見えちゃってるんですけど」
「ふぉっ。戦うのだからドレスというわけにもいかんじゃろ」
「それはそうかもしれないけれど、これは……どう見てもアウトじゃない?」
私は視線を鏡から自分の足元に移して溜め息を吐く。
そこには、丸見えの自分の膝小僧があった。
一見令嬢のドレスのように、フリルとレースで広がった水色のスカートなのだが――それは横、あるいは後ろから見た時の状態であり、正面から見ると黒いショートパンツから伸びる私の足は丸出しだった。
いわゆるオーバースカートを、膝上十センチほどのショートパンツの上に重ねた状態で、黒い編み上げのブーツは動きやすそうではあるものの、令嬢としてはあるまじき格好である。
正直、こんなに足を出すことは前世でもなかったほどだ。
「うむうむ、似合っておるではないか。変身シーンも思った以上に良かったぞ」
変身シーン?
それって、さっきの光に包まれたアレよね?
「まさか、私のヌードを見てはいないでしょうね? 自分ではわからなかったけれど、もしかしてお色気たっぷりだったりして!?」
「ふぉっふぉっ。発光しているから見えたりはせんて。少しシルエットがわかるくらいのもんじゃ」
「シルエットが見えるのが問題なんだってば!」
前世の私に比べたら、今は出るところが出ている我ながら素晴らしいプロポーションなのだが、そういうことではないのだ。
その手のセンシティブな映像に慣れていないこの世界の人にとって、刺激的で目の毒であることは間違いないだろう。
私自身、率先して見せたがる性癖など、当然持ち合わせてはいない。
まあ、アニメのように変身シーンを人に見られることはないのだが……ないと思いたい。
念の為、変身過程の改善を訴えようとした私だったが、運悪く胸元のブローチがピーピーとけたたましく鳴り、赤く点滅を始めてしまった。
これって嫌な予感しかしないのだけど……。
私は思いっきり眉を下げながら、ゆっくりとペロペロを見た。