3.呪文がダサいです
調子を取り戻したペロペロは、拗ねていたことなどもう忘れたのか、弱みに付け込むかのように悪魔のささやきを始めた。
本職は神様のはずなのに、変わり身が早いカメである。
「どれ、年寄りのワシを傷付けて良心が痛んでおるのなら、とりあえず変身くらいはしてみんか? ん?」
「変身?」
「そうじゃ。ちょっと興味が湧いたじゃろ?」
興味……は、正直あるといえばある。
良心は全く痛んではいないけれど。
私の頭の中に、軽快な音楽と共に光に包まれ、姿が変わっていく歴代の魔法少女たちが浮かんでは消えていく。
アニメによっては結構長い尺をとっていて、そんなに変身に時間をかけて大丈夫なのかと心配に思ったものだ。
私の好奇心を敏感に感じ取ったのか、ペロペロはどこからかビジュー付きのリボンブローチを取り出した。
「ほれ、これで変身ができるのじゃ。可愛いじゃろ? 令嬢風変身アイテムっちゅうやつじゃな」
「えっ、これが変身アイテムなの?」
カメの手から私が受け取ったのは、とても可愛らしいブローチだった。
蝶々結びの形をした、紺色のベロアのリボンの中心部分には、乳白色のムーンストーンのような大きな石があしらわれ、その石の周囲にはキラキラとした細かいダイヤモンドが散りばめられている。
うん、とても綺麗だし、上品で確かに令嬢向きかもしれないけれど……。
「デザインが子供っぽくない?」
「何を言う! 長年生きているワシのセンスを疑うんか?」
腹を立てたカメが、抗議をするように舌を思いっきりペロペロさせている。
センスにケチを付けたことで、虎の尾を踏んでしまったらしい――いや、この場合はカメのしっぽか。
どちらにしろ、この神様は感情の起伏がなかなかに激しい。
「悪かったわよ。じゃあ仕方ないから付けてみましょうか」
老体をこれ以上興奮させて、血圧が上がったら大変だと考えた私は、渋々変身ブローチを装着することにしたのだった。
いざ変身するとなると、人目につく可能性のある庭で試すわけにも行かず、私は一度自室へと戻ってきていた。
もちろんカメのペロペロも一緒だ。
……重すぎて持ち上げられず、移動にとても時間がかかったけれど。
部屋に内側から鍵をかけ、ペロペロと二人きりになった私は、早速胸の真ん中にブローチを付けてみた――が、ふと疑問に思って尋ねてみた。
「そういえば変身する時って呪文の言葉がいるのよね?」
「うむ。『ミルミルミルキー、ドレスアップ』じゃな」
「だっさ!!」
ビックリするほどのダサさに、変身する気力がたちまち霧散していくのがわかった。
とてもではないが、スラスラと口に出す勇気はない。
「文句が多いヤツじゃのう」
「だって何よ、『ミルミルミルキー』って!」
「それはここがミルキー王国だからじゃ。お前さんの家もグラスミルキーという名前じゃろ? あとは令嬢だから『ドレスアップ』でバッチリじゃ」
どこがバッチリなのか意味がわからない。
我が家はミルキー王国の建国時から存在する、家名に国名を入れることを許された数少ない由緒正しい家系なのである。
旧家としてのプライドを持つイレーナの意識が、私の中で拒否反応を起こしているのを感じる。
いや、ただ単にダサくて嫌がっているだけかもしれないが。
日本で聞いた呪文だって、『ジャパジャパジャパン』なんて言っているヒロイン、いなかったわよね?
着飾るという意味の『ドレスアップ』は、まだ社交界らしくて納得できるけれど……いや、それもないな。
「ねえ、肝心なことを聞くのを忘れていたけれど、変身後の姿はなんて言う名前で呼ばれるの?」
「そうじゃったそうじゃった、ワシとしたことがうっかりしておったわい。それはな……」
「うん、それは……」
思わず前のめりになる私。
「『魔法令嬢ミルキーレナ』じゃ!」
「またもやダサっ! おまけに私の名前に激似じゃないの。そんなのバレちゃうわよ」
私の名前はイレーナ・グラスミルキーである。
しかも家族には『レナ』と愛称で呼ばれているのだ。
これでは自ら名乗っているようなものではないか。
「考え過ぎじゃて。いちいちうるさい娘じゃのう。ほれ、いい加減変身せぬか」
「も~~~っ」
自棄になった私は、半分投げやりに叫んだ。