2.カメのペロペロは神様らしい
そもそも私が今話している、まるで仙人のような口調の相手――何を隠そうカメである。
正確に言えば、カメに憑依している神様なのだとか。
一年ほど前に屋敷の庭で甲羅干しをしている立派なカメを見つけ、その見事な大きさと崇高なたたずまいに心を打たれた私は、そのカメをぜひとも我が屋敷で飼いたいと望んだ。
しかし、ペットとして縛り付けることは本意ではなかったので、庭師と相談して庭の一角にカメが生息できるような環境づくりをしてみたのだ。
住み着いてくれたらラッキーくらいの軽い気持ちだったが、結果、嬉しいことにカメはここを棲み処と認めたのか、うちの庭から去ることはなかった。
今では小綺麗な小屋も用意し、暑さ寒さにも対処できている。
頻繁に庭に顔を出していると、いつもは動きが遅く泰然自若な様子のそのカメが、なぜかたまに口を大きく開き、こちらに何かを訴えかけるかのように舌をペロペロと出していることに気付いた。
不思議なその動作に迷わず『ペロペロ』と名付け、時々様子がおかしくなるカメに愛情を注ぐこと約一年。
前世の記憶を取り戻してまだ混乱の最中にいた私は、さきほどペロペロに会いにやって来たというわけだ。
主に愚痴と不満、そしてぼやきを寡黙で悠然としているカメにぶちまけてスッキリする為である。
「ペロペロ、聞いてよー。私ってば転生していたみたいなの。そんなゲームや小説みたいなことがあるなんて参っちゃうわ。記憶が戻ったおかげで性格も変わっちゃうし」
驚いたようにペロペロの首がにょきっと伸びたが、それに構わずに私は更に続けた。
「でもなんで転生したのかしら? この記憶を何かに使えってこと? あ、じつは私って聖女だったりする? ふふっ、そんなわけないか」
なーんて、誰もいない庭の隅っこで、カメの甲羅を撫でながら一方的に話しかけていたところ。
「ふぉっふぉっ。お前さんにはもっと別の役割があるから安心するがよいぞ」
「へ? ペロペロが……しゃべ……った?」
という、前世どこかで見たような、既視感たっぷりの展開に発展したわけである。
その後、カメのペロペロの中に隠居した神様のおじいちゃんが住み着いているという、奇妙な事実が判明したのだった。
ペロペロいわく、長寿の生き物には神様が宿ることがある……とかなんとか。
あくまで今回は一時的に体を借りているだけだというペロペロの説明を受けている内に、カメと会話をするというあり得ない状況を、割と冷静に受け入れている自分に気付いてしまった。
妙にマッチしている、カメの見た目と長老のような口調がいけないのだと思う。
違和感が働かず、うっかり現状を受け入れてしまっていた時だった。
「お前さんには魔法令嬢になって、この世界の平和を守る使命があるのじゃ!」
と、ペロペロに意味の分からない宣言をされ、冒頭に至ったわけである。
『異世界転生』に『喋るカメ』、そして『魔法令嬢』って情報量が多すぎやしないだろうか。
穏やかだった少し前までの生活がすでに恋しい。
とりあえず話を戻そう。
魔法少女という存在を知っているだけで、魔法令嬢にならないといけないのはさすがに横暴だと考えた私は、なんとかペロペロ(正しくはペロペロに憑いている神様)に抵抗を試みることにした。
「そういうことは十代前半の令嬢に頼んでくれないかしら。私、もう十八よ?」
「特に年齢制限はないぞ。おぬし、前世では将来の夢は『プリムーン』になることだと言っておったではないか」
「いつの話よ!」
確かに小さいときはそんなことを言っていたかもしれない。
ちなみに『プリムーン』は女児向けのテレビアニメのキャラクターで、変身アイテムの鍵型のペンダントを模して造られた玩具はバカ売れをし、私も親にねだって買ってもらった覚えがある。
しかし、それはあくまで子供の時のこと。
前世でもその後、二十歳過ぎまでは生きた記憶が残っている私である。
更にこの世界でも十八年生きてきた経験がある今、さすがに魔法少女はイタすぎる。
あ、魔法少女じゃなくて魔法令嬢なんだっけ?
まあ、どっちも大差はないに違いない。
「とにかく、お前さんが魔法令嬢になるのは決定事項じゃ。ワシがこの一年、一生懸命話しかけてもずっと無視しておったくせに。おかげでワシのハートはズタズタじゃ」
「もしかしてペロペロしてたのって、私に話しかけていたの? 時々挙動不審なカメだとは思っていたけれど、まさか話せるだなんて思うわけないじゃない。さっきまでは言葉だって聞こえなかったし」
「ふーんじゃ。ワシはお前さんの記憶が戻るのを、今か今かと待ち続けていたというのにのう。年寄りのお願いも聞いてくれないなんて冷たい女子じゃ」
どうやら前世の記憶がトリガーとなって、ペロペロの言葉を理解できるようになったらしい。
私が意地悪で無視をしていたわけでもないのに、ペロペロはすっかり拗ねて首を引っ込めている。
隠居した神様のくせにメンタルが弱くて困ってしまう――と思っていたら、立ち直りも早いカメはすぐに調子を取り戻していた。