11.好みの顔
カランカランとドアを鳴らし、中に入った私が店内を見渡すと、カウンターに一人の女性が立っていた。
どうやら彼女がこの店の店主のようだ。
とりあえず商品を見せてもらおうと、カウンターに近付くと――
「いら゛っじゃいま゛ぜ」
かけられた女性の声はガラガラで、声にハリが全く感じられない。
驚いて彼女の様子を観察すれば、見るからに瘦せ細っていて顔色もひどいものである。
もしや、店主自身もこの店の商品を使用しているせいで、体調不良に陥っているのだろうか。
「あの、お化粧品を見せていただけますか?」
「げじょうひん゛? ……ぞんなにう゛つぐじいの゛に?」
なんだが様子がおかしい。
小刻みに震え出した彼女は、相当体調が悪いのかもしれない。
変身した私が、認識阻害のせいでどんな風に見えているのかはわからないけれど、普通だったらまず私のこの変身コスチュームに驚くと思うのよね。
我ながら自虐的だけれど、非常識なほど足を出しているんだから。
しかし、店主は客の顔しか見ていないようで、私の服装にはまるで興味を示さないのだ。
目がうつろなことを考えると、顔すらきちんと見えていない可能性もある。
「あの、大丈夫ですか?」
心配になって尋ねた言葉は……彼女に届いてはいなかったようだ。
「……い゛や゛~~~~!!」
突然金切り声をあげた店主が眉を吊り上げ、カウンターを飛び越えて掴みかかってきた。
いつの間にか彼女からは、子供を攫っていた男たちと同じ黒い靄が出ている。
咄嗟に手首を掴み返したその拍子に、彼女の意思が私に流れ込むのを感じた。
『悔しい……どうして元から美しいくせに、更に美しくなろうとするの? 私なんて頑張っても全然綺麗になれないのに。彼だって醜い私なんかより、美しいあの子と結婚したいに決まってる。ああ、悔しい……美しいお客さんが憎い……』
なんだか理解できた気がした。
なるほど、美しさを嫉妬する気持ちを悪の組織につけ込まれ、利用されてしまったわけね。
などと冷静に分析してみたはいいが、操られている彼女の力は思いのほか強く、首を絞められそうになっている。
その時、店にクラレンスが乗り込んできた。
「悲鳴が聞こえたが……お前、何をしている!?」
すぐに団長が店主の女性を私から引き離しにかかったが、細腕に反して彼女の力は異常なほど強い。
「ぐはっ」
腕を弾かれた団長が勢いよくふっ飛んでいき、化粧品が並んだ棚に背中から突っ込んだ結果、彼は化粧水を頭から浴びてしまった。
大変、早く拭かないと団長様の肌が!
この女性を何とかしないといけないのに、扇子を取り出す余裕がないせいで、ミルキーサンシャインも使えないじゃない。
焦る私にペロペロが耳打ちをしてくる。
「レナ、新しい呪文を使うのじゃ」
新しい呪文……?
またしても私の中に自信が漲る気配がして、口が自然と動き始めた。
「愚かなる者よ、ただちにその目を覚まし、わたくしの姿を瞳に映しなさい! ミルキーヒーリング!」
私の指先から溢れた光が女性の肌を伝っていき、やがて全身を発光させた彼女は静かに膝を突いた。
黒い靄が消え去った店主は、何が起こったのかわからない顔で私をパチパチと瞬きをして見つめている。
もう大丈夫そうだ。
「ごめんあそばせ」と店主をその場に座らせ、私は背中を強く打ちつけたまま棚にもたれかかるクラレンスの元へと駆け寄った。
「団長様、大丈夫ですか? 今すぐ拭いて……いえ、それより洗い流した方が」
「いや、俺のことはいい。男だし、たとえ爛れようと別に構わない。君こそ俺にあまり近付くな。触れると危険だ」
「構うに決まっているでしょう! そりゃあ、騎士は見た目じゃないとは思いますけれど、こんな素敵なお顔なのに」
「……君は俺の顔が好みなのか?」
「それは好みも好み、ど真ん中です! もちろん顔意外も素敵ですけど!」
あれ?
私、何を言っているのかしら?
ボフンと赤くなった私に、ペロペロが呆れたように囁く。
「盛り上がっているところ悪いが、ミルキーヒーリングの効果で化粧品の毒素は浄化されておる。今はただの化粧水じゃ」
え、じゃあ心配する必要はないってこと?
「団長様、その化粧水は体に悪くないみたいです。良かったですね!……って?」
クラレンスはなぜか耳まで真っ赤にして、明後日の方向を見ている。
そこで私は自分の大胆な発言を思い出した。
うわわ、私ってばなんて事を!
あんなことを口走るくらいなら、悪役令嬢っぽいキャラのほうがまだマシだったんじゃ……。
戦いの後で気分が高揚していたのか、おかしなことを言ってしまった私は居た堪れずに逃げようとしたのだが。
「待ってくれ、ミルキーレナ」
切なげに呼び止められ、つい足が止まってしまう。
しばらく見つめ合っていた私たちだったが、騎士たちが店になだれこんできたことで時間が動き出す。
「それでは団長様、これにて失礼いたしますわ」
団長にカーテシーをして振り返ると、私に驚いたのか、騎士たちが戸惑ったように立ち尽くしている。
にっこりと微笑んだら、自然と道を開けてくれた。
私は悠々と騎士の間を通り、店を後にしたのだった。




