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利成君の過去

「フローライト」第四十一話

明希は今日発売の週刊誌を信じられない思いで見つめた。


(これって一体・・・?)


<天城利成の妻 元カレとの密会 元カレはsee-throughのギタリストだった>


写真が載っているがだいぶ前のものだ。あのテレビ局の近くの喫茶店であったのが最後なのだから。写真はその時のものだった。


(どういうこと?)と明希はコンビニでその週刊誌を購入してマンションに戻った。


(だいぶ前のことが、何で今更?)


わけがわからなかった。何で芸能人でもない自分がこんなに週刊誌に載らなければならないのだろう。それもいい記事は今まで一つもなかった。すべて誹謗中傷だ。


翔太とはあれからメールしかしていない。それもたまにお互い元気なのかを確認するようなメールだけだった。


解せない思いを抱えているとスマホが鳴った。それは父からだった。


「もしもし?」


「明希か?」と父の声を久しぶりに聞く。


「うん、どうかした?」


父から電話など滅多に来ない。


「お前もう帰ってきたらどうだ?」


「何?急に」


「週刊誌見てないのか?」


「・・・見たけど・・・?」


「ずっと我慢してたんだけどな。お前のことが記事になるたびに。颯斗からも色々言われてるし・・・」


「お兄ちゃんが?何?」


「お前が妹だって知られてからな、心無い言葉も言われたりするって」


「何、それ。お兄ちゃんなんてまったく関係ないのに?」


「そうだよ。利成君はそういう世界にいるんだろう?明希が利成君と結婚する時にお父さんも覚悟はしたつもりだったけど、どうにもお前の記事が載るたびに胸が痛むよ」


「・・・・・・」


「記事に載ってる子は、昔よく来てた子だろ?」


「そうだけど・・・」


「事実なんてどうでもいいが・・・近いうちに利成君とも話したいんだが・・・」


「そんなことでいちいち利成と話さなくてもいいよ」


「お父さんが話したいだけだ」


「・・・・・・」


「とにかくそう言っといてくれ」と電話が切れた。


(あー・・・もう何言うの?)


利成のせいじゃないし・・・。と思う。


 


その日の夜、Gメールを確認するとやっぱり翔太からメールが入っていた。


<明希、ごめん。週刊誌見た?あれいつ撮られたんだろう?しかもだいぶ前だろ?でも俺があそこに呼んだせいだから・・・とにかくごめん>


<翔太のせいじゃないし、私も翔太も何もやましいことないんだし・・・。私は大丈夫だから気にしないでね>と返信した。


自分は慣れている。でも翔太の奥さんはどうだろう・・・。翔太はちゃんと上手く言ってくれるかな・・・。


夜九時過ぎに利成が帰宅した。「ただいま」とまったくいつも通りだ。もしかしたらまだ週刊誌を見てないのかもと、昼間にコンビニで買った週刊誌を手に利成の前に立った。


「何?」とリビングのソファに座ってパソコンを開いた利成が明希を見上げた。


「これ」と利成に渡そうとしたら「もう見たからいいよ」と言われる。


明希は週刊誌をテーブルの上において利成の向かい側に座った。利成はパソコンの画面をみながらマウスを動かしている。


「これ何で撮られたんだろう?それとだいぶ昔の話しなのに何で今更?」


「さあ・・・撮られたのはわからないけど、こないだ明希の記事が載ったばかりでいいタイミングだと思ったんじゃないの?俺の名前出せば週刊誌も売れるからね」と全く平然とパソコンの画面を見つめながら利成が言う。明希はまだ生々しく傷跡が残る自分の腕を見てから言った。


「・・・お父さんがもう帰って来いって」


明希がそう言ったら利成がマウスを操作する手を止めた。


「お父さんが?」


「そう、今日電話きて・・・もう帰って来いって・・・最近こういうのが酷いからって・・・おまけにお兄ちゃんにも飛び火してるみたい・・・」


「お兄さんにって?」


「何だか私が妹だってバレてから色々言われることがあるとかで・・・お兄ちゃんはまったく関係ないのに・・・」


「そう・・・」と利成も少し考えるような顔をした。


「それで・・・お父さんが利成とまた話したいって・・・でも、行かなくていいよ。忙しいって私から言っておくから」


「そんなわけにいかないでしょ」と言ってから利成がまたマウスを操作し始めた。


 


入浴を済ませてからリビングに行くと利成が電話をしていた。利成はあれから自分に配慮してなのか電話を必ずリビングでしている。


「そう・・・じゃあ、とりあえず明後日はわからないね・・・わかったよ・・・ん・・・お大事にね」という最後の言葉で明希は振り返った。


「誰か病気?」と聞いた。


「まあね」と利成が立ち上がった。


「仕事の人?」


「そうだよ」と言ってから利成は浴室の方に言ってしまった。


何だろう?とちょっと首を傾げてから明希は寝室に行ってスマホを開いた。


<ちょっと今修羅場だよ(笑)子供も泣くしでめちゃくちゃになってる>


翔太からのメールに(え?)と思う。大丈夫かな・・・。


<大丈夫?たまたま会ったってことにしたらいいよ>と返信した。


結局翔太といくら身体の関係がなくても、世間はそう見てはくれないってことか・・・。


だけど翔太の奥さんってどんな人だろう・・・。翔太に子供がいて奥さんがいる・・・。何だか想像できない。


そろそろ寝ようかと時計をみたら夜中の一時近かった。利成はまだ寝室に来ない。今後自分以外の人とはセックスはしないと利成は約束してくれた。けれど約束なんて言ってもそれが守られてるかなんて利成しか知らないのだから、本当のところ意味がないと明希は思う。


ベッドに入ったら利成が寝室に入ってきた。明希が布団をかけていると「まだ、起きてたんだ」と言われる。「うん」とベッドに横になると、利成もベッドに入って来た。


「夏目は何て言ってた?」と利成は布団に入るといきなり言った。


「・・・謝ってたけど・・・それと何か家庭内が大変になってるみたいだよ」


「そうか」と利成が明希に口づけてきた。何回か口づけた後「腕はもう大丈夫?」と聞かれた。


「大丈夫・・・ごめんね、このせいかもね、今回のも」


「何でも自分のせいにしないでね」と利成がまた口づけてきた。それから更に深く口づけられて利成の手が明希の胸をまさぐった。怪我のせいか色々あったせいかしばらくセックスはなかった。そのせいか明希の身体もすぐに反応し始める。


快感の中に意識が埋没していく時、そこには利成も自分もいなくなる。自分がいなくなる感覚が何より一番快感であると気づく。


身体を激しく動かしながら利成が「明希・・・」と耳元で呼んだ。明希の身体に強い快感とけいれんが起きると利成も一緒に果てた。


後始末を終えると利成がまた口づけてきた。


「初めてだね」と利成が言う。


「何?」と明希は利成を見つめる。何だか今日はとても利成が愛しかった。


「一緒にイったの」と利成に見つめ返されて明希は赤面した。


「・・・わかるの?」


「そりゃあね」と嬉しそうに利成が言う。


「何だか恥ずかしい・・・」


「何で?」


「だって・・・」


「明希がそんなに感じてくれて俺は嬉しいよ」


「・・・そうなの?」と余計に恥ずかしくなる。


「うん、そうだよ・・・・・・じゃあ、寝ようか?」


「うん、おやすみなさい」


「おやすみ」


あんなに恐ろしく感じていたセックスがこんなに心地よいものになるなんてと、目を閉じた利成の顔を見つめた。時々こみあげて来るこの愛しいという思いは何だろうと思いながら。


 


数日後の利成の休みの日利成と明希の実家に行った。父の言うことなんて聞かなくてもいいよと言ったのに、利成が「そう言うわけにはいかない」というので、仕方なく利成と一緒に明希は実家に向かったのだ。


前のようにリビングのソファに座ると、向かい合わせに父が座った。義理の母はキッチンに入っていった。


「夫婦の話に入り込むのもなんだと思って、今までずっと言わなかったんだが・・・」と父は言ってから「最近は特にひどくなってきたから・・・」と付け足した。


「すみません」と利成が謝った。


(利成のせいじゃないのに・・・)と明希は思う。


「お父さん、利成のせいじゃないの。こないだのは」と明希は言った。


「明希が何かしたとしても、ここまで色々書かれるのはやっぱり利成君にも何かあるんじゃないのか?」と父が言う。


「そうですね、自分の責任もあると思います」と利成が言う。


「お父さん、ほんとにそうじゃないの」と明希が言うと利成に「明希」と言われる。見ると利成が目配せをした。


それから一時間近く父と利成が色々話している横で明希は黙っていた。父も自分の考えを変える気はまったくなさそうだし、そうなるともう何を言っても無駄だった。


帰り際の玄関で「とにかく今後こういうことがないようにしてくれればそれでいいから」と父が言った。


「はい、わかりました」と利成が頭を下げた。


 


マンションに向かう帰路、利成はしばらく黙っていた。それから「さあ、どうしようか・・・」と呟いたので明希はハッとして利成を見た。車が信号待ちで止まると利成が気がついて明希の方を見て微笑んだ。


「困ったね」


「利成のせいじゃないんだから困らないで」と明希が言うと利成はまた少し微笑んだ。


「・・・明希、今日はちょっと明希の店に寄って行こうか?」


「お店に?いいよ」


「まだ顔出してなかったからね」


「うん」


 


店に入ると歓声が上がった。利成が堂々と表玄関から入るので客たちがびっくりして声を上げたのだ。たちまち利成は客たちに囲まれてしまったので、明希は利成の後ろで身動きが取れなくなってしまった。


「ごめん、先に奥さん通してあげて」と利成が言うと客たちが場所をあけた。


(もう・・・やだ)と明希は客たちの大注目を浴びながら店の裏のスタッフルームまで急いで行った。


部屋の中には和花が一人でいた。明希を見ると「おはようございます」と挨拶をした。それから「天城さん来たみたいですね」と言った。歓声が聞こえたのだろう。


「うん・・・」と明希は答えて椅子に座った。あの腕を切りつけてしまってからしばらく店はスタッフ任せだった。最近ようやく出勤するようになったばかりだ。


「今日は、天城さん休みなんですか?」と和花が聞いてきた。


「うん、そう」


「そうなんですか」と和花がチラッと明希の腕を見てから続けた。「腕はもう大丈夫ですか?」


「うん・・・大丈夫。ごめんね、お店にも色々迷惑かけて」


「いえ・・・」と和花が商品の整理を始めた。店の方はまだ騒がしい。ふと和花が手を止めて明希の方を見てから言った。


「あの記事・・・元カレって本当ですか?」


「え?・・・まあ・・・」


「じゃあ、あの写真は本当なんですね?」


「・・・うん・・・」


「明希さんって何だかいつもふらふらしてますよね」といきなり和花が言ったのでびっくりして明希は和花の顔を見つめた。


「ふらふらって・・・?」


「何て言うか・・・隙だらけっていうか・・・男好きする身体ですものね」と和花が嫌味たっぷりに明希に言うとまた商品の整理を始めた。


(え?何?どういうこと?)と明希はパニックになった。


面と向かってこんな風に言われたこともあまりなかったし、何よりいつも大人しい和花だったので明希は驚いて和花を見つめた。


呆然としていると利成が部屋に入って来た。和花がすぐにハッとしてさっきとはまったく違うトーンで「おはようございます」と挨拶をした。


「おはよう」と利成が和花に笑顔を向けてから明希の方を見た。明希はまだ呆然としたままだったので、そんな明希に気が付いたのか利成が言った。


「明希?どうかした?」


「あ、ううん。どうもしないよ」と明希は我に返って言った。それから「ファンの人たちは?」と聞いた。


「大丈夫だよ。もう」と利成がチラッと和花を見てから「明希、店の中のどれかつけて写真撮ろう」と言った。


「え?」と明希は躊躇した。あの自殺未遂の記事からインスタの写真は出していなかった。


「大丈夫だから、おいで」と利成が言うのを和花がチラッと見た。


(やだな・・・写真・・・)と半分ネットに出るのが恐怖になっていた。明希が座ったまま困っていると利成がそばまで来て「ほら、おいで」と手を引っ張られた。


明希が立ち上がると額にキスされた。ハッとして明希は和花の方を見ると和花と目が合った。和花は軽蔑したような表情を明希に向けると、そのまままた商品を片付け始めた。


部屋を出てから利成に言った。


「利成、和花ちゃんの前でああいうことしないで」


「ああいうこと?」


「キスとか」


「ああ、何で?」


「だって・・・」


「何か言われた?」


利成がそう言ったので明希は利成の顔を見た。利成の表情は特に変わらない。


「・・・言われたの。だから・・・」と明希は声を潜めた。


「そう」と利成はそばにあったアクセサリーを見始めている。そして「これはどう?」とイエローフローライトの石がついたネックレスを掲げた。


「うん・・・綺麗」と言いつつ、明希はやっぱり気が引いた。


「じゃあ、これにしよう」と利成はそんな明希にはお構いなしだ。今つけている利成からもらったオレンジ色の天然石のシトリンが付いたネックレスを外して、イエローフローライトのネックレスを明希の首に付けた。


「今日はスマホでいいかな」と利成が自分のスマホを取り出してカメラをつけて明希に向ける。


「明希、撮るから少し笑顔でね」と言う。


(あー・・・サイアクなんですけど・・・)


仕方なく明希が少し笑顔を作るとすぐにシャッターが切られた。


「オッケー・・・」とスマホの写真を確認してから「後は俺と一緒に撮ろう」と利成が言う。


「え?一緒に?」


「そう」と平然と利成が答える。そしてちょうどスタッフルームから出て来た和花に「あ、和花ちゃん、シャッターお願い」と言ったので明希はぎょっとした。何でそんなに和花を刺激するのだろう。


頼まれた和花が笑顔で「いいですよ」と言った。


利成の絵が飾られている壁をバッグに立ち、利成が肩を抱いてきた。和花が「じゃあ、撮ります」とシャッターを切った。


「どうですか?」と渡されたスマホで利成が写真を確認している。


「うん、ありがとう。和花ちゃん」と利成が和花に笑顔を向けた。


「いいえ・・・」よ和花が少し顔を赤らめている。けれど明希にしてみれば、また一つ利成絡みで憂鬱が増えた気持ちだ。


 


帰りの車の中で明希は言った。


「和花ちゃんをあんまり刺激するようなことしないで欲しい・・・」と利成に伝えると、利成が「何で?」と言った。


「・・・色々言われたの・・・」


「何言われたの?」


──  何て言うか・・・隙だらけっていうか・・・男好きする身体ですものね ・・・。


和花の言葉を思い出す。


「ふらふらしてるって・・・後、男好きする身体って・・・」と明希が言うと、利成が「ハハハ・・・」と笑った。


「笑い事じゃない」と明希は利成を少し睨んだ。


「ごめん、でも、和花ちゃん当たってるから」


「ふらふらしてる?」


「そうじゃなくて、後の方」


「・・・身体の方?」


「そう」と言って利成は楽しそうだ。


「酷い・・・」


「ごめん、でも褒めてるんだよ?」


「褒めてないよ、そんなの」


「褒めてるって。最近明希はすごく色っぽいよ?」


「・・・・・・」


「だから元カレもしつこく明希を追いかけてるわけだし・・・彼も今、大変みたいだよ」と言われてハッとする。


「大変って?」


「明希以外の女性関係もあったみたいでね」と利成が言った。


「え?」と明希は驚いた。「そうなの?」


「まあ、人から聞いた話だよ。明希が本人に確かめたら?」


「・・・・・・」


明希はまっすぐ前を見つめた。自分以外にも・・・。そうなんだよね、結局・・・。翔太と血迷ってセックスなんかしなくて良かったと明希は思った。


「明希、新しい家の契約のことだけど・・・」と利成が言う。


「あ、うん」


「今月末くらいになると思うよ。引っ越しはそれからだね」


「うん、わかった」と明希は答えた。


新しい家・・・去年からずっと探していた一軒家がようやく気に入ったのが見つかったのだ。閑静な住宅街で治安もいいらしい。部屋の中に防音設備のついたスタジオみたいな部屋があり、それが利成の気に入った部分だった。新しい家には今度はピアノを置きたいらしい。


(でも・・・かなり広いからな・・・)と明希は思う。


正直、二人暮らしに必要かなと思っていた。それに掃除がまた大変だ。やっぱりこういう所が庶民なのだろう。


「ちょっとまた、バタバタするね」と利成が言う。


「そうだね」


 


マンションに着いて利成が仕事部屋に入ってしまったので、明希はリビングで自分のパソコンを開いてメールを確認した。


<明希、何とか阻止するけどまた迷惑かけたらごめん。あれがきっかけで色々ボロが出ちゃって(笑)奥さんが今実家に戻ってるよ>


(え・・・そうなんだ・・・)


翔太は妻になんと言ったのだろう・・・。うまく伝えれなかったのかな・・・。


<大丈夫?何て言ったの?>


そうメールをしてから入浴のために浴室へ向かった。


(大丈夫かな・・・)と心配になる。


入浴を済ませてまたリビングに戻りパソコンを閉じる前にもう一度メールを確認すると、もう翔太から返信が来ていた。


<そのまま言ったよ。昔付き合ってた人でたまたま会ったって。だけどそれだけじゃなくて他のもあってね。色々問い詰められたらめんどくさくなって、全部言っちゃったら激怒されちゃって。子供連れて出て行っちゃったよ>


<えー・・・ちゃんと誤魔化さなかったの?>


そう返信したらまたすぐに返事が来た。


<誤魔化したんだけどね、最初は。あんまりうるさくて・・・。俺短気だからさ、つい言っちゃったよ>


<じゃあ、しょうがないから実家に迎えに行って謝った方がいいよ>


<もう面倒だよ。そんなの>


(えー・・・)と思う。


<離婚されちゃうよ。そんなこと言ってたら>


<それでもいいかな>


(えー・・・また何バカ言ってるの?)


<そんなこと言わないで今すぐ謝りに行きなよ>


そう返信したら<明希、会いたいね>とまったく関係ない返事が来て明希は呆れた。


<もう、真面目に!ちゃんと謝ってもうしませんって言ったら許してくれるから>


<もうほんとに面倒。明希に会いたい>


(ちょっと、翔太ってば)とだんだん明希も熱くなってくる。


<とにかく謝ること。それからまた考えたらいいよ>


<うん、ま、そうだね>と今度は返事が来たので明希は少しホッとした。


<そうだよ。子供可愛いでしょ?>


<別に。そうでもないよ>と言う返信に明希はちょっと切れて、電話でもかけて説教でもしたくなった。


<そんなこと言わないでよ>


<明希、声が聞きたい。電話してもいい?>


(えー・・・もう)


けれどこれは一言言わねばと明希は立ち上がって今は使ってない自分の仕事部屋に行った。


<かけてもいいよ>と返信するとすぐに電話が来た。


「もしもし?」


「もしもし?」と翔太も返してくる。


「ちょっと、翔太。早く謝りに行きなよ」と明希はいきなり言った。


「ハハ・・・だから面倒」


「笑い事じゃないでしょ?子供もいるのに」


「そうだけどね。でも面倒なんだよ」


「ちょっと、翔太はもうお父さんなんだよ?そんなんじゃダメでしょ」


「まあ・・・そうだね」


「そうだよ」


「でも明希の声久しぶりに聞けて良かったよ」


「・・・今、一人なの?」


「そうだよ。奥さんは実家だからね」


「実家は遠いの?」


「いや、都内」


「そう。ならすぐ行けるんだね」


「行こうと思えばね。明希はどうなの?天城は大丈夫だった?」


「うちは大丈夫。私も慣れてるし・・・」


「ハハ・・・慣れてるか・・・」


「そうだよ。ちょっと父親に言われたけど」


「お父さんに?何て?」


「もう帰って来いって。最近こういうのが酷いからって。・・・翔太のことも覚えてたよ。昔よく来てた子でしょって言われたよ」


「そうなんだ。明希のお父さん、何か懐かしいな」


「もうそんなのんきなこと言ってないで。早く今からでも奥さん迎えに行きなよ」


「明希と結婚してたらどうだったんだろうね」


「・・・同じだよ。今、私が実家に帰ってるよ」


「ハハ・・・ひっで」


「・・・翔太、大丈夫?投げやりになってない?」


「大丈夫だよ。明希だって投げやりになって死のうとしたんだろ?」


「・・・まあ、そうだけど・・・」


「天城とうまくいってる?」


「いってるよ。大丈夫だよ」


「明希の”大丈夫”は当てにならないの俺知ってるからね」


「・・・・・・」


「会いたいね・・・」と翔太が言う。


(会いたいけど・・・でも、会ったらきっともうダメなんだよね)


「・・・翔太、うちね、来月くらいに引っ越すよ」


「え?ほんと?どこに?」


「〇〇〇区だよ」


「そうなんだ。高級住宅街だな」と翔太がちょっと笑ってから続ける。


「そこならうちからも近いよ」


「え?そうなんだ」


「うん、うちは○○区だから」


「そう・・・」


「明希、あのさ・・・」と翔太が言いかけた時、寝室の方から音がしたので明希はちょっと焦って言った。


「ごめん、翔太。利成いるんだ。もう切るね」


「そうなの?わかった。またな」


「うん」と通話を切った途端、仕事部屋のドアが開いた。利成が顔を出し「何やってるの?」と聞かれる。


「あ・・・その・・・」と明希は口ごもると手にしているスマホを利成がチラッと見た。


「電話でもしてた?」


「うん・・・」と答えた。嘘を言っても利成には通用しない。


「そう。夏目?」とあっさり聞かれる。


「まあ・・・」


「彼、何だって?奥さんが実家にでも帰ってるって話し?」と利成が言ったので明希は驚いて利成を見た。


「ハハ・・・図星みたいだね」


「何でわかるの?」


「それくらいはわかるよ。きっとそれで彼はもう色々面倒になってるところでしょ?」


明希が唖然としていると利成が笑った。


「俺も夏目と一緒に仕事してたからね。彼の性格は把握済みだよ」


あー・・・やっぱり、利成には絶対嘘はつけないと改めて悟る。


「それで明希はまずいと思って電話で話したんだね」


「・・・うん・・・ごめん」


「謝ることないでしょ。それに隠れてしなくてもいいよ」


「・・・・・・」


すべてお見通しすぎて怖い・・・。


「終わったんなら食事にでも行こうよ」


「うん・・・」


翔太のことは黙認されてるけど、それはもう全部お見通しで余裕だからかもしれないと明希は思う。


 


車に乗り込んでから「どこに行きたい?」と利成に聞かれてつい「回転ずし」と言ってしまった。実は行ったことがなかったのだ。でも利成と行けばまた騒ぎになるからと思って言わないでいた。


「ハハ・・・珍しいね。明希はお鮨好きだったっけ?」


「うん・・・お鮨っていうか、回転寿司に行ったことがなくて・・・」


「え?行ったことなかったっけ?」


「ないよ」


「そうだった?じゃあ、行こうか」とカーナビで回転寿司屋を利成が調べている。


「でも、いいよ。また行ったら大変なことになるもの」


明希が言うと「大丈夫だよ」と利成がまたのんきに答える。いつもこうやって「大丈夫だよ」というけれど、大丈夫じゃない時も何回かあった。


「大丈夫じゃないからいいよ」と明希が言うと利成が手を止めて言った。


「大丈夫だよ。行ってみたいところは行かなきゃ」


「だって、行ってみたいのは私だもの。利成じゃないでしょ?私ならいつでも行けるから」


「そうだよ。いつでも行けるから一緒に今行こう」


「・・・・・・」


「じゃあ、出発ね」と利成が車を発進させた。


「利成って、どうしていつも平気なの?」と明希は常日頃不思議に思っていることを聞いてみた。


「・・・高校の時、ちょっと荒れてた時期があって・・・一回停学になったことがあってね」と利成がいきなり質問とはまったく関係ないような話をし始めた。けれど明希は思いっきり驚いてしまった。


「え?!利成が?」


「うん」と利成は明希の反応に楽しそうだ。


「そんなの聞いたの初めて」


「うん、初めて言ったよ」と利成が笑った。


「どうして停学になったの?」


「色々校則違反したんだよ」


「どんな?」


「文化祭で髪を染めていって歌ったんだけど・・・」


「文化祭で歌ったの?」


「そう。ちょっと先生たちを皮肉った内容で、おまけに文化祭が終わっても髪の色をそのままにしてたんだよ」


「えー・・・嘘・・・」


(利成が?)と明希は信じられない思いで利成を見つめた。


「かなり目立つ明るい色で、自分で気にいっちゃって戻したくなかったのと、学校への少し反発心があって・・・」


「えー・・・利成が?」


反発心?とピンとこない。


「俺もその変に転がってる思春期の高校生と変わらなかったからね、色々解せないことがあると先生に意見しに行ったりして、常日頃から先生たちには疎ましく思われてたもんだから、俺の校則違反は先生たちからしてみれば、格好のいい的になったわけ」


「ほんとに?」


「うん、実はもうその頃ユーチューブで稼いでたし、絵画も個展開けるレベルだったし、高校なんて行かなくてもって思いもあって・・・ちょっと粋がってたよ」と利成が笑った。


(えー・・・信じられない・・・)


「それで髪の色を戻してくるまで学校に来るなって言われて、それはまあはっきりとした「停学」ではなかったんだけど、学校に来るなって言うならと、少し遊ぼうと思ってね」


「えー遊ぶ?」


「うん、ちょっと夜遊び」と利成が笑った。


「・・・・・・」


「そうこうしてるうちに当時付き合ってた彼女から振られて・・・それが別な彼氏ができたからって言うからちょっとカッときたんだよ」


「えー・・・もう、それほんとに利成の話?」


「ハハ・・・そうだよ」


「ほんとに?」


「ほんと。・・・前にチラッとは言ったと思うけど、その彼女をほったらかしにしてたくせに、振られたら頭にきて、その新しい彼氏とちょっとやっちゃったんだよ」


「何を?」


「喧嘩」


「えー・・・ちょっと待って。彼女を取られて頭にきて、その彼女の新しい彼氏と喧嘩したってこと?」


「そうだよ」


「もう・・・まったく今の利成からは想像できない」


「ハハ・・・そう?それは明希が自分のフィルターからいつも俺を見てるからだよ。実はこんな風に単純、単細胞だったんだよ。・・・で、ここからが笑えるんだけど・・・」と利成が可笑しそうに言った。明希が黙っていると利成が続けた。


「その彼女の新しい彼氏の方が強かったわけ。そいつに突き飛ばされて・・・コンビニの前だったんだけど、そこでアスファルトに頭打ちつけちゃって脳震盪起こしちゃって・・・」


「え?ほんと?」


「うん、物凄く格好悪い自分っていうのを、人生史上初めて経験したよ」と利成が笑った。


「それでどうしたの?」


「意識失ったから相手が慌てて救急車呼んで病院行きだよ。それも学校から髪の毛を戻して来いって言われてる間に喧嘩騒ぎ起こしちゃったから、晴れて正式に「停学処分」になったよ」と可笑しそうに利成が言った。


「びっくり・・・そんなことがあったの?」


「そうだよ。でも、その脳震盪起こしてからちょっと色々世界が変わっちゃってね」


「・・・・・・」


「あ、何だって思った」


「それはどういう意味?」


「明希によく話すフィルターの話し、何となくはわかってたんだけど、その後からははっきりわかったんだよ」


明希が首を傾げると利成が続けた。


「ちょっと説明が難しいんだけど・・・自分のフィルターと相手のフィルターが見える位置にいたっていうか・・・。それからは「何だ、そうか」って拍子抜けしちゃって・・・。そこからはいつも自分の中じゃなく、一歩ずれて見てるって感じかな」


「それは前に言ってた終わったことをなぞっていることと同じ?」


「そうだな・・・それはそれで子供の頃からあったからね。今話した高校の時の出来事は、自分の中にどっぷりつかってたんだよ。ま、それはそれでね、良いかもしれないけどね」


「意味がわからない」と明希が言うと、利成が前を向いたまま微笑んだ。


「そうだろうね。で、最初の質問だけど、「いつもどうして平気なのか?」ってやつね」


「うん・・・」


「まず俺は行きたいところに行くし、やりたいことやるって決めてる。ここがまず一つ」


「うん」


「もう一つは、さっきの話し、高校の時以来、あんまり自分にどっぷりつかれなくなったんだよ。ま、元々そういうところはあったけどね。だからどこか他人事のように見ている・・・で、最後の一つが重要」


そこでカーナビがもう目的地に近いことをアナウンスした。利成がハンドルを切って回転寿司屋の駐車場に入って行き車を止めた。


「最後の一つは?」


「ん、それは俺の奥さんが行きたがってるから」と言って利成が明希に笑顔を向けた。


「・・・・・・」


「明希が最優先も決めてることだよ」


「・・・うん・・・ありがとう」と明希はちょっと赤面した。何だか照れくさい。利成は普段から「好きだよ」とか「愛してる」とか「綺麗だよ」とか臆面もなくいうので、その度に明希はちょっと恥ずかしくなる。


店内に入ると案の定、まず店員が顔色を変えた。ここでもう明希はくじけそうになってよほどやっぱりやめようと言いたくなった。でも利成は平然とみんなと順番を待ち始めた。


チラチラと皆が見てるので明希は益々いたたまれない気持ちになった。


「利成・・・」と隣に座る利成に小声で囁いた。


「何?」


「車で待ってたら?順番来たら教えるから」


「何で?」


「だって・・・」とチラッとまわりを見た。


家族連れが多く、小さな子供は利成のことは知らないが、中学生以上にもなると皆知ってる人がほとんどだ。


「明希、大丈夫だよ」と利成が言う。


「・・・・・・」


とりあえず騒ぎにはならず順番が来てテーブルに着いた。明希は少しホッとしてメニューのタブレットを見た。


「すごい、安いね」と明希が言うと「そうだね」と利成もタブレットをのぞきこんだ。


五皿ほど食べるとちょっと不安になってくる。最近太り気味なのでやっぱり少しダイエットしようかな・・・。明希の皿が空になったので利成が「食べたい分食べなよ」と言ってきた。そういう自分はさほど食べていない。


「もうお腹いっぱいかな」と明希が言うと「まだ食べれるでしょ?」と利成が言う。


「ううん、もうお腹いっぱいだから・・・」


「何?ダイエット?」


「ん・・・まあ」


「そんなに太ってないから気にしないでいいのに」


「利成だって食べてないよ」


利成の前にも明希と同じくらいの空の皿しかのっていなかった。


「わりと食べたよ」と利成が言う。


そういえば利成はあまりたくさん食べないよな・・・と今更だけど思う。


会計を頼むと店員が皿の数を数えに来た。それから遠慮がちに色紙を差し出される。


「すみません、サインていただけないでしょうか?」


随分遠慮がちだなと明希はその店員を見た。皆大体当り前のように差し出して来る人が多い。


「いいよ」と利成が色紙とペンを受け取ってサインを書いている。


(そう言えば・・・利成のサインってあんまり見たことないな)と思う。


会計を済ませてから無事終わったと思った矢先、入り口近くで順番を待っていた若者に声をかけられる。今度はやたら興奮して握手をねだっていた。


ようやく車に乗り込んでホッとする。


「大丈夫?」と利成に言われる。


「大丈夫だよ、利成はいつも疲れない?」


「何が?」


「だってサインとか握手とか・・・疲れちゃわないの?」


「そうだね、でもそこはしょうがないね」


「そう・・・利成のサインって私貰ってないよね?」


「ハハ・・・いつでもあげるよ」


利成がそう言って明希も笑った。けれど今日は利成の意外な過去を聞いて何だか逆に利成が身近に感じた。確かに自分はまったく別なフィルター越しに利成を見てたんだなと改めて思ったのだった。


 

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