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胸の鼓笛隊

「あーあ。無理しちゃって。あれじゃ数日は起き上がれないだろうな」


あきれたように言うエースの後ろから花音が顔をのぞかせた。女が忽然と消えたことに目を白黒させている。


「えっ?えっ?あの女の人もマジシャン?あなたの同業者なの?」

「まあ・・・そんなもんかな?」


小首をかしげて笑うエース。その目は楽しそうに光ってまるで子猫のようだ。

そして花音に向き合うと一転、真面目な顔でのぞきこんだ。


「ねえ、あいつに何か言われた?」


花音より頭ひとつぶん以上に背が高い。視線を合わせようとかがむと2人の距離はかなり近くなる。間近で見るその整った顔の迫力は面食いではない花音でも戸惑うものがあった。


(不思議な目の色、髪も光の加減で少し紫が混ざってるみたい?いったいどこの国の人なんだろう?)


一歩、あとずさりしながら花音は答えた。


「暗い公園を女の子ひとりで歩くなんて危険だって。心配だから手を繋いで通りまで行こうって・・・親切心からじゃなかったみたいだけど」

「あいつに親切心なんて欠片もないよ。何か目的があって君を連れ去ろうとしていたに違いない。でも・・・ね」


言いながらエースが足を一歩前に出してくる。歩幅の違いのためか先ほどよりも距離が近くなってしまった。


「暗い公園を女の子がひとりで歩くな。っていうのは僕も同意見だよ」


まだ少年の名残のある声は耳に心地良いテノールだ。そこには嘘ではない心配が滲んでいた。


「わっ私としては!暗い公園に悪い人が現れるのがいけないんだと思いますっ」


花音はプイッと顔を横に向けると唇を尖らせて反論した。声が大きくなってしまったのは致し方あるまい。近すぎるのだ、顔が。


「あなただっておかしいわ!なんで急に現れたり消えたりするんですか、それも私の目の前で」


ぷんぷんといった風に早口で責める花音にクスクスとエースが笑う。


「ああ、いま君の目の前に現れた理由なら簡単に説明できるよ。僕が落としてしまったお守り、それが座標になっていて」

「座標?」

「そう。そのお守りの場所が僕にはわかるんだよ、拾ってもらえて本当に良かった」


「そうなの?お守りのある場所がわかるなんて、きっととても大切なものなのね」

「うん、そう。とても大切なもの」


エースはふっと目を細めた。そこから零れるのは強烈な金色ではなく、やわらかく暖かな春の日差しだ。その光を向けられた花音の心臓がドクっと跳ねる。


(なにコレ!こんなドキドキ知らない!)


「はっ、これ!これ返すわね」

「待って」


慌てふためいた花音がスカートのポケットに手をやろうとする。だがエースはその手をそっと押しとどめた。


「そのまま持っていて欲しい。君に危険があった時にそれが知らせてくれる。僕の名を呼んでくれたら急いで現れるから」

「危険?」

「うん。さっきの、あいつが君を狙ったみたいに、きっとまた危険が訪れる」


真剣な面持ちでまっすぐに見つめてくるエースに花音の胸の鼓笛隊は大忙しだ。マーチングバンドと和太鼓の夢の競演といったところか。


「あ、あなたは危険な人じゃないの?」


ライマに腕を掴まれかけた時よりも激しい鼓動が花音の身体を小さく揺らす。胸の中では鼓笛隊の後ろで警ら隊がスタンバイを始めていた。


「ふふ。僕が危険な奴じゃないかって?いずれわかるよ、多分ね。それまで決してそれを身体から離さないで」

「これを・・・」


花音はポケットからお守りを取り出すと、心を落ち着かせるかのようにじっくりと眺めた。

公園灯にぼんやりと照らされた縫い取りがキラキラと光を放っている。美しい刺繍が施されており、その模様はどこかで見たような気がするのだが思い出せない。神社のお守りに似ているというほかは特に変わったところもないただの袋だ。


ふいにエースが前方にきつい眼差しを向けた。


「待て!カン」


芝生の上で匍匐前進をしていた男がヒェっと縮みあがる。

振り向いた顔には絶望が浮かんでいた。


「こそこそ逃げようとしていると潰すぞ!」

「エ、エース!俺はただの連絡係で何にも、ほんと何にも知らないから!」


あとずさりするカンに、エースは一段と鋭い声を浴びせた。


「知らぬが通るか!ライマはお前を置いて無理な転移で逃げるほど慌てていたな。この子を連れ去ろうとしたわけを本部でゆっくり話してもらおうか」

「な、なにも話すことは」

「ないとは言わせないぞ」


すっかり怯えた様子で、それでもなんとか逃げようとさらに尻を後ろに下げるカン。それを射抜くような視線で見下ろす仁王立ちのエース。


(なんだかエースも怖い。どっちが悪い人なの??)


困惑する花音の視線を感じたエースの緊張の糸が緩む。それを目ざとく察知したカンは、ぱっと身をひるがえすと悪あがきの突破を試みた。


「無駄なことを」


とたん、エースの手からムチのように伸びた何かがカンの首にぎゅるぎゅると巻き付き、地面に引き倒した。


「ぐえぇぇぇぇ」


つぶれたカエルのような声を出してのたうつカン。ツカツカと歩み寄ったエースに襟首を掴まれさらに情けない声をあげた。


「お助けをぉぉぉ」

「静かにしろ」


あっさりと捕まったカンと、それを縛り上げるエース。やはりどちらが悪人なのか判断できぬままぽかんと見ていた花音に念を押すようにエースが言う。


「いいね、カノン。そのお守りに向かって『エース』と呼ぶんだよ」


頷く花音。

それをじっと見つめたエースの口が小さく言葉を紡いだ。


「君は、もしかしたらとても危ない人なのかも知れないね」


聞かせるつもりはなかったのだろう。だがその声は花音の耳にはしっかりと届いていた。


「えっ?私は何も・・・」

「行くぞっ」

「ひええっ」


エースは花音の声を打ち消すようにカンの襟首を引き寄せると、2人同時に音もなく公園の闇へと溶けてしまった。


後には何も残っていない。ただ口を開けて立ち尽くす花音がポツンと公園灯に照らされていた。まるで最初からひとり佇んでいたかのように。


「また消えた・・・・」


説明のつかないモヤモヤが湧き上がる。それに比例するかのように胸のドキドキはすっかり鳴りを潜めてしまった。あいまいな夢から覚めた気分で頭を横に振る。サリ・・・と手の中で何かが音を立てた。エースのお守りだ。


「あ、でもこれが残っているから現実よね。それに」


花音は鞄と一緒にぶら下げていた左手の紙袋に目をやった。


「良かったぁ!大事なお兄ちゃんへのお土産は無事だわ」


飛び上がる勢いで喜ぶ花音。うんうんと大きく頷き、納得したように声をあげる。


「やっぱり危ない事なんて起きないじゃない。いつだって何かが私を守ってくれているんだもん」


この小一時間に起きた出来事など忘れてしまったかのような明るい足取りで公園を抜けていく。

あの道路を渡ればじきに我が家だ。


何があってもケセラセラ。一寸先は明後日の方角。

そんなのんきな花音の送ってきた日々はひたすらに明るく、だがほんのりと歪な形をしていた。

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