ただの小箱
花音の通う加多浦高校はスポーツ校である。
正面玄関や校舎の壁には《祝・県大会優勝》や《祝・国体出場》などといった垂れ幕がいくつも掲げられており、風をうけては誇らしげにはためいていた。
構内や運動場には活気あふれるスポーツマンたちが闊歩し、あちこちで青春の声をあげている。
そんな暑苦し・・・いやエネルギッシュな校風とは無縁の花音は今日も学食で友人の玉希と由加と3人でとりとめのない雑談に興じていた。どうやらネタは由加の家のボヤキのようだ。
「それでさ、パパもママも険悪になっちゃって。こっちに飛び火してくるもんだからサイアクだよぉ」
「親が揉めると家の中が暗くなるもんね。わかる」
「なんかごはんもお弁当も手抜きになるからメシマズでぇー」
「あー、そうだよねー」
ひとごとではないのか玉希はウンウンと頷いている。
「そうそう。大変だよねぇ」
花音も話に乗ってみるがそれがいけなかった。
「「花音にはわからないでしょ!」」
ギン!と両側から睨まれてしまう。
「花音の家はいいよねぇ。両親は仲いいし、お兄ちゃんは優しいし」
「こないだ家に遊びに行った時もさホント理想の家族って感じで」
「えー、うちなんてすごく平凡な家族だよ」
「「よく言うよ!」」
玉希と由加、息もぴったりの突っ込みである。
「お父さんは大会社の支社長、お母さんは素敵なお店やってて、お兄ちゃんは有名大。お金も将来性もばっちり。家もでかい。平凡が泣いて逃げるわ」
由加の言葉に花音は肩をすくめた。
「確かに共働きだけど、忙しいから子供の頃からずっとおばあちゃんに面倒見てもらってたな。家のことも全部やってくれてた」
おばあちゃんを思い出し、遠い目をする花音。
「花音のとこのおばあちゃん、亡くなってもう2カ月かぁ」
「うん・・・。早いよね日が経つのって。私たち来年はもう高3だよ」
「ああーー!いよいよ受験かぁ」
親の愚痴から話題がずれたことで自分たちの現実に目を向けてしまった3人は頭を抱えた。
「やだ選挙権きちゃう。成人なんて年寄りくさいっ。永遠に17歳でいたいよーー」
「花音は誕生日きてないからまだ16なんだよね!若い!うらやましい!早く17になって一緒に歳を取れ~~」
由加と玉希がわめく。そして始まる現実逃避。
「大丈夫、寝なければ今日は終わらない、ということは永遠に18歳の誕生日は来ない!」
「背中に17のナンバリングついたパーカー着てれば自称17でずっと生きていけるのでは!?」
だがここでまた空気の読めない花音が水を差した。
「いつまでもこどものままじゃいられないって」
「一番ガキんちょの花音が言うかぁ?」
すかさず由加が声を荒げ、玉希がまあまあとなだめる。
「きっとさぁ、人生の区切りってことだよ。受験に選挙権」
「あーだからなのかな?ほらアレ」
思い出したように由加が花音の前に指を突き出した。
「何が?」
由加の指先を見て思わず寄り目になる花音。
「だからアレだよ。花音の家にある秘密の小箱」
「何それー!?」
由加の言葉に玉希が身を乗り出す。興味ありまくり、という顔である。
「先週花音の家に行ったらさ、こどもの時に見かけた小箱がまだリビングの同じ場所に置いてあるのよ。最初に見た時きれいな箱だからつい開けてみたくなって手を伸ばしたんだ。そしたらさ」
「びっくり箱だったとか?」
ちゃちゃを入れる玉希に由加はやれやれと手をふる。
「違う違う。花音に怒られて。
『私が18歳になるまで誰も開けちゃダメなの!』
ってさ」
「花音に怒られるのウケる。ていうかさ誰も開けちゃいけないって花音の家の人もなの?」
笑う玉希に真面目くさった顔で花音が答えた。
「うん。おじいちゃんもおばあちゃんもお父さんもお母さんもお兄ちゃんもみんな開けたらダメなの」
「ええ?そんなことある?誰も中身知らないってこと?」
「誰も知らないよ。うちでは誰も触らないし、あってもないような顔して見もしないもの」
すらすらと話す様子に嘘はない。ただ視線を床に落とし、完璧に覚えたセリフのように流暢に話しているだけだ。
「へんなのぉ」
「よく気にならないよねー」
首をかしげる2人だったが、花音のすました顔を見るとなぜだか急に興味が薄れていくような気がするのだった。
「あっ」
花音の口から小さな呟きが漏れる。
そして顔をあげた花音は2人に向き合い目を輝かせた。
「1回だけ!お兄ちゃんがね、小さい時にいたずらで開けてみようとしたことがあったんだって」
「!!」
「ほうほう、それでそれで?」
2人が椅子ごと体を近づけてくる。
「中からぱぁ~っと白い煙が!!」
「うっそだぁ」
「こら正直に言いなさい!」
拍子抜けして椅子の背に倒れ込む玉希と、立ち上がってぷりぷり怒る由加。
それを見てふふっと笑う花音。
「ごめんごめん。でもお兄ちゃん開けた時に何が見えたか全く記憶にないんだって。ただすごーく怖かったみたいで熱出して1日寝込んだって聞いた。私も小さかったから覚えてないんだけど」
「やだそれちょっと怖くない?私だったらそんな変な箱捨てちゃうけどなぁ」
声を潜める玉希。由加が不思議そうに言葉を続けた。
「なんで花音ちの人はそんな箱大切に置いてるわけ?なんか謂われとか由来とかあんの?」
「う~ん。わからないのよ。聞いたことはあるんだけど、お父さんは
『人から預かった大切な物だ。花音が18歳になるまでそこに置いておくものだ』
としか教えてくれないし、お母さんも
『そうよ、真人のような迂闊なことをしては絶対にダメよ』
って言うだけなの」
「えぇ・・・」
玉希はちょっと引き気味になってきたのか、顔をこわばらせている。
それを横目に由加はおどけてみせた。
「幸せ家族北条家の秘密得たり!」
花音が「もう!」と頬を膨らませる。
「というのは冗談で、家の守り神みたいなものなのなんじゃない?それで花音が18歳になったら巫女としてあっちの世界に連れてかれちゃうの~」
「冗談ばっかり!ただの小箱だってば。18歳まであと1年だし、何かのプレゼントが入ってるとしたら真っ先に2人に知らせるね」
「北条家に伝わるお宝かも!」
盛り上がる由加に苦笑いの玉希。
花音が「でも・・・」と声のトーンを落とした。
「当たり前みたいにずっと置いてあるからもうみんな18歳になったら開けるってこと忘れちゃってるんじゃないかって思ったりするよ。見えてるはずなのに見てないみたいな」
「やっぱり変だよー。変だなって誰も思わないの?」
「うーん、どうなんだろう?変なのかな」
「絶対変だって」
「そうかなぁ」
「えー?」
あいまいに答える花音に玉希は困惑顔だ。
由加がしたり顔で声を上げた。
「ふっふっふ。花音は変なところがデフォルトよ。私は今さら驚かないぜ」
花音と由加は小学校からの長い付き合いなのだ。
「え?他にも何かあるの?あんた幼馴染だからいろいろ知ってそうだよね」
怖いもの見たさからなのか、玉希はさっきまで引いていた身を乗り出してきた。
愉快そうに口を緩める由加。
「花音て運動音痴だし、試験のヤマは外しまくるし何かと運に見放されてそうなのに変なところでツイてるのよ」
由加に評された花音は何やら嬉しそうだ。
「落として褒めてる?褒め上手?」
「いや違うから」
椅子に座りながらピョンピョン跳ねて合いの手を入れるも、軽くあしらわれてシュンとする。
「たとえば校外学習の時の、海行って岸壁から落っこちたってのに偶然浮かんでた浮き輪にすっぽりはまって助かったり、修学旅行で違う学校のバスに乗っちゃって、行方不明だ!って先生たちが大騒ぎしてたら次の平安神宮でそっちのバスからニコニコ降りてきたり」
「それって運がいい前にかなりのドジっ子じゃない?」
玉希の突っ込みに頷きつつも由加はちっちっちと指を横に振った。
「それを上回るツキがなぜか毎回オチとしてついてくるのよ」
「へえ~」
「ふふーん」
感心する玉希と、またもやご満悦の花音。
まだまだエピソードはあるぞと本格的に語ろうとする由加に聞く姿勢を正す玉希だったが、5時間目の始業ベルが鳴り、この話はそこで打ち切りとなった。
「2人とも今日部活ないんでしょ?」
花音の言葉に2人はもちろん!と声を揃える。
「ガッキー通りに行かない?」
「いいねー」
「行く行く!」
お気楽な文化部員は今日も暇を持て余しているのであった。