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奇跡は奇跡

県立病院の東棟。

医師と看護師、そして父と母の詰めかけた病室に真人と花音の2人が駆け込んできた。

ベッドには様々な管につながれた臨終期の老婦人が意識もなく横たわっている。


「おばあちゃん、どうなの?」

「今回は持ち直すのは難しいだろうって」

「そっかぁ。この前はオレたちの声を聴いたら急に目を覚まして、元気だよって笑ってくれたのに」


真人と母の話す後ろでわなわなと震える花音。

父はゆっくりと頷くと切なそうなまなざしを老婦人に向けた。


「お前たち、おばあちゃんに何か言ってあげたいことがあったら今のうちだぞ。眠っていても聞こえているかも知れないからな」

「うん」


父にうながされ、真人が祖母の枕元にそっと囁く。


「おばあちゃん、元気になってまたあんころ餅作ってよ。オレあんこ嫌いだけどおばあちゃんのなら大好きなんだから」

「ほら、花音も」


母に背中を押された花音もベッドへと歩み寄った。


「お、お、お」


衰えきった祖母の顔を見て言葉に詰まる花音。それでも嗚咽交じりに頑張って話そうとしていたが、


「お、おば・・・おばあちゃ・・・おばあちゃ・・・うわぁぁぁん!!!」


突然濁流のように目から涙を溢れさせたかと思うと、横たわる祖母に取りすがって肩を揺さぶり絶叫した。


「死んだらダメーーーーーー!」


「花音・・・」


両親は互いの顔を見合わせ、ため息をつく。


「前回と前々回は花音のあの騒ぎでお袋は目を覚ましたんだよなぁ」

「でも今日は先生もさすがに奇跡は何度も起きませんよ・・・って」


駄々っ子のように泣きじゃくる花音。真人は妹の肩を優しく揺すってなだめた。


「静かに見送ってやれよ。そのために家族みんな集められたんだからさ」


後方で困ったように視線を彷徨わせているのは北条家のこのやり取りに3度も付き合わされている医師と看護師だ。彼らの頭に3度目の正直という言葉が浮かんでいてもやむを得まい。だが、目の端に脳波計の波形を捉えた看護師の目がハッと見開く。


「せ、先生。脳波に異常が」

「ん?んん??なんだっまたか!」


額に汗をにじませて機器を確認する医師。こんな嫌な汗はオペでもかいたことがないのに!と思ったかもしれない。しかし彼は内科である。そんな彼に看護師がさらなる衝撃を与えてきた。


「心肺機能も徐々に回復しています」

「うう・・・なぜだ。なんともしぶと、いや、特異な例だなぁ」


病室の全員が注視するなか、ベッドの老婦人はうっすらと目を開くと、口から迷惑そうな声を絞り出した。


「・・・やかましくて眠っていられないよ」

「母さん!」「お義母さん!」


ベッドに泣き伏していた花音の頭の上を、両親の困惑と喜びの混ざったような声が飛び越えていく。


「おやおや、みんな揃ってお見舞いかい?」


なんとものんきなものである。

花音の性格は祖母ゆずりのようだ。


「か、母さんっ驚かすなよ。何回危篤だって呼び出すつもりだ。オレはその都度慌てて駆けつけて今や会社で笑いものだ」

「あなた、喜んでいるくせに意地悪言わないの!お義母さんが持ち直してよかった」


老婦人は息子と嫁の掛け合いを可笑しそうに笑うと、孫の花音の顔を見て思い出したように言った。


「なんだかねぇ、パアーンと跳ね飛ばされた気がして目が覚めたら花音がワンワン泣いていてねぇ」


「お、おばあちゃ・・・よがっだ・・」

「やっぱり花音か・・・」

「母さん・・・!」

「よかった。ほんとに」


涙でぐしゃぐしゃの顔で喜ぶ花音と呆気にとられた様子の真人。そして力の抜けた息子とその隣で涙を拭う嫁、自分を囲む家族の面々をゆっくりと眺めた老婦人は満足そうにうなずいた。


「わたしゃまだ行きやしないよ」


とはいえ、やはり奇跡は奇跡。そうあることではない。

北条家の4人が岐路に着いたその数時間後、誰もいなくなった病室で老婦人は眠りながら静かに息を引き取ったのだった。


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