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第七話  美愛は優馬に

 突然現れた優馬の妹を名乗る女の子。

 混乱する優馬を落ち着かせ、私は女の子をリビングに通した。


 本当は女の子を帰すのが一番なのだろう。

 だけど女の子は1人で来たようだ、このまま炎天下に放り出す事は出来ない。


「そこに座ってね」


「…はい」


 緊張する女の子をリビングのソファに座らせ、冷たいオレンジジュースをグラスに注ぎテーブルに置いた。


「これで汗を」


「…ありがとうございます」


 優馬は脱衣所から新品のタオルを持ってきて女の子に差し出す。

 汗を拭きながら、オレンジジュースを飲む女の子はクーラーの効いた室内でようやく一息ついたようだ。


「確か真奈美ちゃんだったよね、何歳かな?」


「7歳です」


 しっかりした返事、凄い落ち着きね。


「どこから来たのかな?」


「エクスピアリホールからです」


「エクスピアリホール?」


 エクスピアリホールって、隣の市にある多目的大ホールの名前だけど。


「そこで明日ピアノの発表会があるの」


「…そうじゃなくって」


 どこから来たのか聞いたけど、そうじゃないんだけどな。

 質問が上手く伝わらない。


「…真奈美ちゃん」


「なんですか?優馬さん」


 優馬は静かな口調で真奈美ちゃんに話を始める、ここは任せておこう。


「真奈美ちゃんが住んでるのは真名市だね?」


「…はい」


 真名市って、こから凄く遠い県の市だよね?

 優馬はなんで知ってるの。


「年賀状に書いてあったんだ」


「ああ…」


 年賀状を優馬は直ぐに破って捨てたと言ってたけど、書かれていた事は覚えていたのか。


「ビアノの発表会って、サクラ音楽教室が主催するピアノコンクールの事かな?」


「はい…そうです」


「なんでそこまで分かるの?」


 優馬はエスパーか何かなの?


「詩織ちゃ…知り合いの子が出るんで、覚えてたんだ。

 なんでも全国規模の発表会だって」


「へえ…」


 詩織ちゃんって、池田詩織ちゃんの事だろう。

 あの子の事は知っている。

 優馬のお父さんが、お付き合いしてる池田紗央莉さんの娘だ。

 詩織とは、一度だけ会った事がある。

 優馬を見る目が妖しく光っていた…絶対渡さないから……


「美愛?」


「なんでもない」


 私ったら、しっかりしろ!

 詩織ちゃんは8歳の子供じゃないか。


「コンクールに出る為に、この街へ来たのか」


「うん…」


「1人じゃないよね?」


「昨日お母さんと来ました」


「そっか…」


 優馬の母親が来てるの?

 よくも恥ずかしげもなく来られたものね!


「今はお母さんどこに?」


「リハーサルが始まったら、一緒に来たお友達のママと、どっか行っちゃった」


「はあ?」


 真奈美ちゃん1人を残して?

 あんたは母親だろうが!

 こんな年端もいかない子供を、一体何を考えてるの?  


「それで?」


「リハーサルが終わったら、友達と一緒にタクシーでホテルへ戻りなさいって」


「へえ……」


 優馬の表情が曇る。

 間違いなく怒ってるよ。


「友達とホテルに戻って、私だけ降りずにタクシーに残ったの、ホールに忘れ物したからって」


「…それで、ここに来たの?」


「うん、タクシーはお母さん達が予約したんで、お金はいらないって言ってたから」


 それは不味いよ。

 ここに来たのが優馬の母親にバレるじゃないか!


「早くホテルに戻った方が…」


「大丈夫です。

 去年のコンクールだって、夜まで帰って来なかったの」


「そうじゃなくって」


 ここに来た事が知られたら色々不味いっての!


「よくここが分かったね」


「優馬?」


 優馬は平気なの?

 これが知られたら、母親が乗り込んで来るかもしれないのに。


「もう手遅れ、仕方ないさ」


「…だけど」


 確かにそうだけど、会いたくないはず。


「…あの」


「ごめんね。

 さっきの続きたけど、どうしてここの場所が分かったの?」


「…ここに」


「これは?」


 真奈美ちゃんは肩に提げていた小さなポシェットから1枚のハガキを取り出した。


「…年賀状?」


「お母さんが失敗して捨てたのを、私がコッソリ拾ったの」


「…ふむ」


 優馬は真奈美ちゃんから年賀状を受け取る。

 捨てる時、クシャクシャにしたのだろう、皴だらけ……


「ちょっと、これって?」


「…今年のだ」


 年賀状には優馬の名前と、ここの住所が印刷され、裏面には家族の写真が…


「これって真奈美ちゃん?」


 そこに写ってたのは二人の男女と女の子の写真。

 男女は真奈美ちゃんの両親、女は優馬の母だろう。

 相変わらず綺麗な人だが、今は素直に称賛できない。

 それより、この女の子の顔が真奈美ちゃんじゃない。


「ママが言ったの、こんな写真じゃダメ、もっと可愛かったって」


「なんでそんな事を……」


 写真の真奈美ちゃんらしき女の子の目は大きく、鼻筋が通った美少女…いや優馬の子供の頃みたいな顔になっていた。


「あの人はデザイン加工が得意だった…」


「あの人?」


「母さんだよ、凄かったんだ」


「…そっか」


 なんで娘の写真を弄るの?

 普通に送れば…いや送る自体が問題なんだけど。


「美愛はなんで真奈美ちゃんが俺の妹って思った?」


「それは…少し面影が、後は真奈美ちゃんの声よ」


「声?」


「うん、優馬が声変わりする前の」


「……よく覚えてるな」


「もちろんよ」


 優馬に関して全部記憶している。

 昔のビデオ映像だって何回も見返してるから。


「…お姉ちゃん。ありがとう」


「どうしたの?」


 真奈美ちゃんは俯きながら涙ぐんでいた。


「私の娘なのに、どうしてって、いつもお母さんが」


「母さんが言ったのか…」


「なんて事を………」


 許せない!

 真奈美ちゃんが優馬と違うのは当然じゃないか!

 それを言うなら、再婚した元浮気相手のブサイク野郎に言えってんだ!! 


「真奈美ちゃんは可愛いよ!」


「…お姉ちゃん」


 子供の外見をとやかく言うなんて親失格よ。

 怒鳴りつけてやりたいわ!


「そうだ、真奈美ちゃんは可愛いぞ」


「優馬さん…」


「俺も兄ちゃんって呼んでも良いよ」


「うん…に…兄ちゃん」


 真奈美ちゃんはシャクリ上げて泣き出した。

 きっと何度も傷ついて来たに違いない。


「真奈美ちゃんのお父さんは来てないのか?」


「パパはいつも出掛けてる、最近よくお母さんとケンカしてるの、優馬…兄ちゃんに会いたいのにって」


「そっか」


 夫婦仲も良くないんだ。

 所詮不倫して夫婦になった連中の末路は、大体こんなもんだろう。


「ホテルまで送るよ」


「私も行くわ」


 話はここまで、先ず真奈美ちゃんをホテルまで送り届けよう。

 アプリで呼び出したタクシーに私達3人は乗った。


「今日の事、お母さんに言っても良い?」


「……優馬」


 どう答えるつもり?


「……いいよ」


「本当?」


「ああ、俺も覚悟を決める。

 父さんに話をするよ」


 優馬の視線に私は何も言えなかった。

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